第一章2 炎龍
「……どうしてこうなった?」
目の前に広がる光景に言葉を失いながらも、ひと時の安全を確保した彰は、徐々に冷静さを取り戻し始めていた。
「まずは状況を整理……えーと、転んで、落ちて、それから……もう思い出せないな。
とりあえずサバイバル生活は免れそうにない。ナイフも火もないし……武器と火は必須だな。
こんな意味わからんまま死んでたまるか」
ぶつぶつと呟きながら、森の中を歩き出す。
先ほど遭遇した銀色の獣は、地球の虎やライオンより何倍も強そうだった。
それを一口で噛み砕くドラゴンがいるこの世界——いったい、どれほど危険な生物が棲んでいるのか。
「ポケットのスマホは……うん、やっぱり圏外か。まあ、水に落ちても壊れてないだけマシか。電源切っててよかった……」
独り言をこぼしつつ、森を探索する。
しばらく歩くと、岩壁の奥にぽっかりと口を開けた洞窟が現れた。
まるで、何かの生き物の巣のようにも見える。
先ほどの恐怖がまだ抜けきらず、足がかすかに震えていた。
それでも、意を決して洞窟の中へと足を踏み入れる。
中はひんやりしていたが、進むにつれて次第に熱気が増していく。
周囲を見渡すと、岩壁から大小さまざまな結晶体が突き出ていた。
赤みを帯びたものと、紫色に光るもの——どうやら二種類あるようだ。
「アッツ!」
試しに拾った葉を赤い結晶の上に置くと、瞬く間に燃え尽きて灰になった。
隣の紫の結晶を手に取ると、ひんやりと冷たい。
あたりを見渡すと、槍の穂先のように鋭い形の紫結晶をいくつか発見した。
そのうちの一本を手に取り、赤い結晶へと勢いよく振り下ろす。
——パキンッ。
赤い結晶はまるでクッキーのように割れ、紫の結晶は一欠けもしていなかった。
「これは……武器になるな」
彰はそう呟くと、ボロボロになった左袖を破り、紫結晶の柄を布で巻きつけた。
簡素だが、自分の手で作った“最初の武器”だった。
さらに洞窟を奥へ進むと、広大な空間にたどり着く。
そこには——
「なんだ、あれ……」
目の前の光景に息を呑む。
そこにいたのは、先ほど見たドラゴンよりも二回りは大きな存在。
全身が赤熱し、呼吸に合わせて炎が漏れ出している。
あまりにも高い体温ゆえ、周囲の空気が触れただけで燃えているのだ。
「おお……火をまとったドラゴン……! かっこいい!」
思わず声をあげた瞬間、ドラゴンの瞼がわずかに開いた。
——ゾクリ。
熱気の中で、背筋を氷が這うような寒気が走る。
「やば……目、覚めた? あんなのに見つかったら、喰われるどころか焦げる……」
足を静かに引きながら、洞窟の出口へと引き返す。
武器は手に入れた。ここに長居はできない。
ようやく外に出たその瞬間——
狼に翼が生えたような獣が、三体。まるで待ち伏せしていたかのように、森の影から現れた。
空は夕焼け色に染まり、体力も限界に近い。
昨晩から何も食べていない身体は、もう動きが鈍い。
胃のあたりが痛むほどの空腹に、足取りがどんどん重くなる。
「逃げ切るのは無理そうだな……腹をくくるか」
一番近くの一体へ斬りかかる。だが、かわされ、別の一体が左腕に噛みついた。
「ぐっ……!」
激痛に耐えながら、彰は紫の刃を獣の喉に突き立てる。
肉が裂ける感触、温かい血の飛沫。手が滑り、武器をうまく握れない。
それでも武器を引き抜き、残った二体に構える。
その気迫に、二体のうち一体が怯み——もう一体が唸り声を上げて襲いかかってきた。
彰は両手で武器を構え、迎え撃つ。
振り抜いた刃が、ボスと思しき個体の目をかすめた。
甲高い悲鳴を上げ、残りの二体は森の奥へと逃げ去っていった。
息を荒げながら辺りを見回すと、遠くの木々の間に、城のような建物が見える。
「……城? 建物があるってことは、この世界にも知的な生き物がいるってことか。
さすがに、いきなり襲ってくる連中ばかりじゃない……はずだよな」
彰は果実のようなものを拾い集めながら、城の方へと歩き出した。
左腕の傷は痛み、血に染まった紫の刃が光を反射する。
心臓は早鐘を打ち、呼吸は荒くなる。
恐怖に押しつぶされそうなはずの体が、しかし不思議と研ぎ澄まされていく。
痛みも、緊張も、すべてが生の実感となり、戦う自分を意識させる——胸の奥で高鳴る奇妙な昂揚感。
勝利の余韻と達成感が、恐怖を溶かし、熱い血の感覚と混ざり合う。
怖いはずなのに、口元が自然と緩む——笑ってしまっていた。
初めて手にした武器を握りしめ、
少年は、憧れ続けた世界への最初の一歩を踏み出した——。
読んでいただいてありがとうございます、引き続き面白かったら感想をぜひ。
(2020/03/31改稿)




