第252話 ミエハル伯爵②
「先日、父ゴウツークを横領の罪で王国監査院に告発しました。『魔獣の森の討伐』のために国から交付されていた補助金を、父は長年にわたり着服していたんです」
感情を抑え、冷静に。
事務報告のようにミエハル伯爵に告げる。
「父と会計担当者の処罰、そして我がエチゴール家の処遇がどうなるかはまだ分かりません。が、おそらく近日中に私が男爵位を継ぐことになるはずです。本日はその件について閣下にご報告とご説明にあがった次第です」
「なるほど」
伯爵はじっと俺の目を見て話を聞いていたが、ひと言そう言って軽く息を吸った。
「事情は分かった。だがそれは随分と楽観的な見通しじゃないかね?」
「楽観的、ですか」
「ああ、楽観的だな。横領は重罪だ。長子による内部告発とはいえ家門に対し不問とはなるまい。爵位剥奪もあり得る。そんな状況ですんなり継承できると本当に思っているのかね」
探るような目。
王室とも懇意にしているミエハルだ。
一昨日、俺が父親を告発したことをすでに知っているのかもしれない。
だがそれに対するアクションを起こす時間はなかったはず。
つまり、この質問は俺に対するただのゆさぶりだ。
動じちゃいけない。
「もちろんすんなりとはいかないでしょう。エチゴール家として父が横領した補助金は返納しなければなりませんし、罰金も覚悟しています。ですが爵位を継承できないということはないかと」
「ずいぶんな自信だ。なぜそう思う?」
「内部告発者まで罰すれば、今後告発しようとする者はいなくなるでしょう。ここで私にまでペナルティを課すのは、国として悪手ですよ」
「ふむ……」
目を細め、再び値踏みするような目で俺を見る。
一体、何を考えているのか。
「…………」
しばしの間をおいて、ミエハルは核心に斬り込んできた。
「『フリードの保護があるから心配ない』と思っているのか」
フリード伯爵。
海賊伯。エリスの父親にして旧王国から続く東部の古貴族をまとめる実力者。
新王国貴族であるミエハル伯爵の最大の敵でもある。
やはりそう来たか。
「確かにフリード伯には国への根回しをお願いしています。ですが––––」
「奴とはずいぶんと親しい間柄のようだな」
伯爵は俺の言葉を遮った。
さて、どう答えたものか。
「私がフリード伯のご令嬢を助けたことでご縁ができました。半年前にエリス嬢が盗賊に襲われた事件のことは閣下もご存知でしょう。以後、細々(こまごま)とお世話になっているだけです」
「…………」
微かに苦い顔をするミエハル。
そう。
元はといえばあの事件はミエハルとその執事ギリウルの謀略によるものだった。
こいつらは自分たちが仕掛けた罠によって、俺とエリス……つまりフリード伯爵家が懇意となるきっかけを作ってしまった訳だ。
ついでに言えば、あの事件をきっかけにミエハル領の隣のタルタス男爵も中立を捨て、明確にフリード伯側につくようになった。
まさに踏んだり蹴ったり。
これを自業自得と言わずしてなんと言おうか。
「…………」
一体どんな反応をするかと身構えていたが、敵はすぐに頭を切り替え、別の方向から迫ることにしたようだった。
「この件で私を頼ろうとは思わなかったのかね?」
「そもそも横領の可能性を指摘し、父を告発すべきだと忠告して下さったのがフリード伯でしたから。『告発するなら力になろう』とまで言われて私から断ることはできませんよ。––––もちろん閣下から同じように言われれば、私は閣下を頼ったことでしょう」
ウソだけど。
でもまあ実のところ、この男もうちの横領のことを知ってたんじゃないかと俺は思ってる。
いくらエステルが『政略結婚に使えない役立たずの娘』だったとはいえ、嫁ぎ先の調査くらいはしていただろうから。
ことによっては、娘との婚約をたてにうちの領地を乗っ取るつもりだったのかもしれないし。
ダルクバルトは経済的には大した価値のない土地だけど、テルナ川下流のフリード伯領への牽制と、帝国にとっての『水の遺跡』の価値を考えれば、うちの領地を取りにくる理由は十分にある。
ああ言えばこう言う俺に、どこか不機嫌そうに目を細めるミエハル。
可愛げなくてすまんな。
「まあいい。フリードがすでに根回しをしているなら、爵位継承はそのようになるだろう」
だから最初からそう言ってるじゃん。
「それはそうと、東部で何やら大層なことをやろうとしているようだな」
「ああ、『テルナ川水運協定』のことですね」
ついに来た。
おそらく今日の主要テーマ。
俺が発案し、フリード伯の主導で進めている一大プロジェクト。
「君はフリードにいいように使われているようだな」
「はい?」
思いがけない言葉に、俺は思わず聞き返した。
『いいように使われている』
つまりミエハルは俺のことを『海賊伯に体よく利用されている馬鹿な小僧』程度にしか思っていない訳か。
帝国との鍔迫り合いを考えればそう思われている方が都合がいいんだが……なんか腹が立つな。
「あの協定は、辺境の地であるダルクバルトにとって物流面で大きな利益をもたらすものです。決して一方的に利用されているわけではありませんよ」
俺の反論に「ふむ」と短く応じるミエハル。
そして冷ややかな視線を、俺と、隣に座るエステルへと向けた。
「では言い方を変えよう。私が、フリードにおもねる君とエステルの婚約をこのまま維持してやるメリットはなにかね?」
「っ……!」
隣のエステルが身をこわばらせる。
もしやと思っていたが、ここでそのカードを切ってくるか。
実の娘すら、こいつにとってはただの取引材料でしかないのだ。
「わ、我が領の新規事業に投資頂ければ、利益の一部を投資額に応じて還元……」
「辺境領地の事業に投資したところで、我が領の経済からすれば大した利益にはなるまい」
俺の言葉を短く切り捨て、伯爵は冷たく俺を見据えた。
「フリードの懐深くに入り込んでいる君が、今後あちらの動向や内部情報を余さず私に報告するというのなら話は別だがね」
「は?」
それは明確なスパイへの勧誘。
断ればエステルとの婚約は破棄される。
怒りで奥歯を噛み砕きそうになった俺の右手を、エステルの両手がきゅっと強く握りしめた。
(大丈夫ですよ、ボルマンさま)
彼女の温もりが、そう言っているような気がした。
スゥ、と息を吸い込む。
前世、理不尽な要求を突きつけてくる相手に、何度も浮かべたあの表情。
俺は『営業スマイル』を口元に張り付けた。
「……承知しました」
「ほう」
「義父殿のお役に立てるよう、フリード伯の動向は随時ご報告させていただきます。その程度の役目は義理の息子として当然ですから」
恭しく頭を下げる俺を見て、ミエハル伯爵は満足げに嫌らしい笑みを浮かべた。
「双方に利のある合意ができてなによりだ」
(ク◯が)
頭を下げたまま、俺の腹の中は真っ黒に煮え滾っていた。
せいぜい『極上のガセネタ』を食わせてやる。









