第250話 ダルクバルトの後継者②
「……え?」
予想もしなかった婚約者の大胆な行動。
押し倒してきた彼女を呆然と見上げる。
そんな俺の胸に、彼女は倒れこむようにして顔を埋めた。
「……ボルマンさまのしたいようにされてください」
「ええっ?!」
「同じ敷地で暮らすことが決まったときにカエデから言われました。もしそういう状況になって『困ったら』急所を打って逃げるように、と」
あいつめ。
人をなんだと思ってやがる。
「こ、困らなければ?」
エステルが顔を上げる。
優しく俺を見つめる青い瞳。
「わたしが思うようにせよ、と」
「は?」
「わたしの判断を尊重すると言ってました」
絶句する。
いや、それはダメじゃないか。
何言ってんだあの皇女。
固まった俺にエステルは––––
「ボルマンさま。あなたがしたいようにされてください。わたしを慰みものにしたいならそれでも構いません。どんなボルマンさまでもわたしは全部受けとめますから」
透き通った瞳で俺を見つめ、微笑む彼女。
その言葉に、我に返った。
「……っ」
なにやってんだ、俺。
両親を国に売った自分への嫌悪感。
吐き気を覚えるような気持ち悪さ。
その苦しさを彼女にぶつけてしまった。
最低だ。
「––––ごめん」
「?」
エステルがわずかに首を傾げる。
「ごめん。俺が悪かった。だから……今まで通り君を大切にさせてくれ」
目を細めるエステル。
「それでいいんですか?」
「ああ」
「本当にいいんですか?」
「あ、ああ」
「それは……残念です」
「え?」
目を伏せる婚約者に、思わず聞き返す。
「せっかくボルマンさまに消えない傷をつけて頂けると思ったのに」
「き、傷って……!」
エステルは動転する俺を見ると右の人差し指で俺の左胸に触れ、どこか泣きそうな顔で笑った。
「そうしてわたしも、ボルマンさまの心に傷をつけるんです。そうすれば今後なにがあってもお互い相手の傷を想いやることができるでしょう?」
「そんなヤンデレみたいな……」
「やんでれ?」
再び首を傾げるエステル。
「誰かに恋焦がれ、相手に倒錯した愛情で迫ることを、前世ではそう呼んでた」
「そうなんですか?」
「大体そんな感じだったと思う」
正確じゃないかもだけど。
するとエステルは自嘲気味に微笑んだ。
「それならわたしは『やんでれ』ですね。ボルマンさまと出会ったあの時から––––約束を交わしたあの夜から、わたしのすべてはボルマンさまのもので…………この身と心にボルマンさまの証を刻んで欲しいと思ってますから」
「し、証って……」
あまりの言葉に再び言葉を失う。
が、続けて彼女は思わぬことを口にした。
「だから、悲しいです」
「?」
「ボルマンさまの悲しみを、つらさを、分かち合って頂けないのが、すごく悲しいです」
エステルの目から、ほろりと涙がこぼれる。
「わたしをどうして下さっても構いません。それでボルマンさまのつらさが少しでも和らぐなら。でも隣にいるわたしを置いて一人で悲しまないでください。あのとき『共に生き、共に歩んでほしい』と仰ったじゃないですか。それは『共に喜び、共に悲しむ』ということじゃないんですか? わたしにはあなたの悲しみを、つらさを、受け止めることはできませんか?」
ぽろぽろと涙を流すエステル。
温かい雫が、俺の頬に落ちる。
––––ああ、俺は馬鹿だ。
大馬鹿野郎だ。
そうだ。
俺は彼女と共に一生を歩むと誓った。
そして彼女もまた、俺と共に一生を歩むと誓ったんだ。
それは共に泣き、共に笑うということ。
互いの悲しみを、つらさを、喜びを、分かち合うということ。
一体俺は、何を勘違いしてたんだろう?
「エステル……っ」
身を起こし、彼女を抱きしめる。
「ボルマン……さま?」
「ごめん、エステル。バカでごめん。独りよがりでごめん。––––俺の話、聞いてくれるか?」
「……ええ、ええ。もちろん、です」
泣き笑い、俺の背に腕をまわすエステル。
そうして俺たちは互いに抱き合い––––長い口づけを交わしたのだった。
その後。
俺たちはソファに隣り合って座り、話をした。
父親を告発し、恩人もろとも牢屋送りにしてしまった親不孝ものの話を。
そして、その割り切れない感情の話を。
エステルは俺の手を握り、最後まで話を聞いてくれた。
そして––––
「おつらかったですね。ボルマンさま……」
そう言って抱きしめてくれた彼女の胸で、俺は咽び泣いたのだった。
☆
翌朝。
俺と仲間たちは宿のエントランスにいた。
「まもなく闘技大会行きの馬車が出発します。ご乗車の方はお急ぎくださーい!」
宿のボーイが乗車を促す。
「それじゃあ行ってくるぜ!」
こちらを振り返り親指を立てるジャイルズ。
「おう。王都の連中にお前の力を見せつけてこい」
俺はジャイルズとこぶしを突き合わせる。
「ほら、乗り遅れるわよ」
「お、おうっ!」
エリスに急かされ慌てて馬車に向かうダルクバルト地域防衛隊の隊長。
「俺たちの代わりにそいつの応援、頼んだぞ!」
「––––そっちも頑張って」
俺の声にカレーナが頷き、不敵に笑ってこちらを指差した。
「おう!」
仲間たちを乗せた馬車が出発する。
その影を見送った俺とエステルは、たがいに目を合わせた。
「それじゃあ、俺たちも行こうか。君の父上のところへ」
「はいっ」
ワルスール・クルシタ・ミエハル伯爵。
うちにスパイを送り込んできた潜在的敵対者。
そして、帝国と繋がる裏切り者。
俺とエステルは今日、彼に俺の男爵位継承の件を報告に行くのだ。
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久しぶりに新作を投稿してます!
①長編
『びんを投げる。推しを拾う。 〜盗賊の子分に転生した隠キャ、不遇ヒロインを助けたらフラグが立った』
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②短編
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