第206話 ねらわれた封術士
エリスがいなくなった世界。
それはつまり、ゲーム『ユグトリア・ノーツ』の世界だ。
俺が襲撃に鉢合わせすることなく、盗賊に襲われたエリスは歴史の闇に葬り去られる。
3年後。ゲーム本編のスタート時には、ローレンティア王国に帝国流封術の芽はなく、相変わらず昔ながらのオルリス流封術が使われている。
そんな未来。
まさか、と思ってはいた。
以前、俺が推測したように、ミエハル側の目的が隣のタルタス男爵領の併合であれば、意図してエリスに手を出すのは得策ではない。
エリスを害されたフリード伯爵は、あらゆる手段を使って盗賊の背景を探ろうとするだろう。
はっきりした証拠は見つけられなくとも、ミエハルに疑いの目を向ける可能性はある。
その流れでミエハルが隣領を吸収することになれば、伯爵は必ず横やりを入れるはずだ。
つまり、エリスを狙うのは危険なフリード伯爵を引っ張り出す結果となるため、目的に沿わない。
したがって、エリスが襲撃されたのは偶然だった。
そう考えていたのだ。
だが。
もしもあの襲撃の目的が『王国で帝国流封術を研究する天才封術士の抹殺』であったなら、どうだろうか?
ミエハルの執事は、帝国の間諜だった。
後々の帝国による侵攻の際に障害になるかもしれない、帝国流封術の芽を摘んでおく。
それが目的だったとしたら?
襲撃に失敗し捕縛された盗賊たちは、暗殺された。
そんな盗賊に一人だけ被害者エリスの元同級生が混じっていたら、調べる側はどう思うだろう。
怨恨か。
金銭目的か。
それともそれ以外か。
いずれにしてもカレーナや、二人の共通点である王立封術院の関係者に疑いの目が向くのは間違いない。
かなりの捜査撹乱になるはずだ。
☆
「閣下は、エリス嬢襲撃の首謀者の目的は何だとお考えですか?」
俺の問いに、伯爵は訝しげにこちらを見た。
「タルタス男爵の失脚。……そう仄めかしたのはお前じゃなかったか?」
そう。
タルタス男爵を助けるためにケイマン卿に託した手紙。
そこに俺は『黒幕がタルタス卿失脚を目的としている可能性がある』と書いた。
だが……
「確かに俺もあの時はそう思っていました。ですが今になって振り返ると、違う可能性を考えずにはいられないんです」
「違う可能性? なんだそれは??」
片眉を上げ、首を傾げる伯爵。
俺は腹を決め、その言葉を口にした。
「ローレンティア王国での帝国流封術普及の阻止……つまり、『エリス嬢の暗殺』です」
「なん……だと?!」
伯爵は大きく目を見開いた。
傍らに控える老執事も、ぎょっとした顔で俺を凝視する。
「実は今、俺がミエハル領に潜入させているカレーナは、あの事件で盗賊の一味として捕らえた封術士なんです」
「……そういえば、貴様が奴隷として引き取った娘がいた、という話があったな」
「はい。彼女は王都の冒険者ギルドで指名依頼を受け、騙されて盗賊と一緒にいました」
「それで?」
本当は早く要点を聞きたいのだろう。
が、伯爵はそんな思いを顔には出さず、ただ先を促す。
「ここに、一つの証言と、一つの事実があります」
俺は姿勢を正し、あらためて伯爵と向き合った。
「一つ目の証言は、ミエハルの執事に関するものです。今回の件で問題の執事を見たカレーナは、その声としゃべり方が、半年前に王都で彼女を騙した『王家の使い』を名乗る仮面の男とそっくりだと言いました」
「勘違いである可能性は?」
俺の目を覗き込むように問う伯爵。
「もちろんその可能性はあるでしょう。ですが今のカレーナは高レベルの『隠密』スキル持ちです。人の声や話し方、仕草を観察する力は、普通の人よりあるはずです」
「なるほど。それで、もう一つの『事実』というのはなんだ?」
鋭い目でそう尋ねる伯爵の目を見返して、俺は言った。
「カレーナとエリス嬢は、王立封術院の同級生です」
「なに?」
眉をひそめる伯爵。
「半年間ですが、二人は封術院での在籍期間が被っています。……またこれは余談ですが、クラスメイトに絡まれていたエリス嬢をカレーナがこっそり助けたこともあったようです」
例のオレンジ事件のことだ。
エリスを助けたカレーナが騙されて彼女を襲い、今は信頼できる仲間になっている。
人の縁というのは本当に奇妙なものだ。
「ふむ……」
考え込む伯爵。
俺は話を続ける。
「そのニアミス以外、二人にはほとんど接点はありませんでした。が、大事なのは『同級生だった』という点です。仮にエリス嬢が誘拐され、現場に残された盗賊の死体がエリス嬢の元同級生だということが分かれば、閣下はどう思われます? ミエハルを疑いますか?」
俺の問いに伯爵はしばし目を細め、
「……まずは背後に封術院の関係者がいることを疑うだろうな」
低い声でそう言った。
俺は話をまとめる。
「盗賊の黒幕にミエハルの執事がいた。その執事は帝国の間諜だった。襲われたエリス嬢は王国で唯一の帝国流封術の研究者だった。黒幕の執事は、エリス嬢の同級生を騙して彼女を襲わせた。……これらの情報から何が読み取れるか、ということです」
「…………」
黙ったままテーブルを睨みつけるエリスの父親。
だが、その拳は固く握られ、微かに震えていた。
しばしの沈黙のあと、伯爵は顔を上げた。
「貴様の家の警備体制はどうなっている?」
「全体としては、普通の田舎領主の屋敷と変わりません。突出しているのは、王都守備隊の隊長だったクリストフくらいです。ですが閣下が訊きたいのは、エリス嬢が暮らすエステルの屋敷のことですよね?」
「……そうだ」
唸るように返す伯爵。
「エステルとエリス嬢の部屋は屋敷の2階にありますが、二人の部屋の間にカエデ皇女の部屋があります。カエデ皇女は非常に優秀な禁術使いで危険察知能力が高いですから、今はまだ大丈夫だと思います」
「そうか」
ふう、とため息を吐く伯爵。
そして、はっとしたように顔を上げた。
「貴様いま、『今はまだ』と言ったな」
「はい。申しました」
俺は静かに頷く。
「ということは『そのうち危なくなる』ということか?」
「カエデ皇女が遺跡の『鍵』であることを知り、どうやら工作員二人が失敗したらしいと気づいたミエハルの執事は、どんな手を打ってくると思われますか?」
「……自らの手の者を忍び込ませ、情報収集をするだろうな」
「忍ばせる先に、たまたま以前害し損なったターゲットがいたとしたら?」
「っ!!」
ガンッ!
エリスの父親は、固く握ったこぶしを目の前のテーブルに叩きつけた。
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