5-4(最終話)
「ど、どうぞ入って」
嵐が過ぎ去り、静まりきった家の中――僕はそわそわしながら、自室の扉を開けた。
六畳一間の空間、正面にはウェブカメラのついたパソコンと、安物のゲーミングチェア。広めのデスクの上には、スタンドマイクが置かれている。
最低限の設備で、凝った内装でもない。地味、の一言に尽きる部屋。それでも湊は、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「ここが、配信部屋なんだね……!」
まるで絶景でも見ているかのような目の輝き。湊は入るのを躊躇しているかのように、そろ、と一歩を踏み出した。
「よ、よかったらここに座って!」
僕はさっとシーツを払い、ベッドのふちに座ってもらった。僕も隣に腰かけるが、湊の隅から隅まで眺めるような視線の動きに、気恥ずかしさがこみ上げてくる。
「み、湊の部屋に比べたら、狭いし……。機材もお小遣いで買ったやつだから、そんなにいいわけじゃなくて、あんまり面白くない部屋だけど……!」
照れ隠しのためにぶつぶつと言葉を重ねるが、湊は「そんなことないよ」と力強く言い放った。
彼は僕の手をそっと両手で包み込み、真剣なまなざしで訴えかける。
「機材がどんなものとか、そういうことじゃないよ。渉がいつもここで配信してくれて、俺たちを元気にしてくれたこと自体が、本当に価値があってすごいことなんだから」
彼の真剣なまなざしに、じわじわと頬が熱くなる。
「あ、ありがとう……」
小さくお礼を告げるが、湊はまっすぐ僕を見つめたままだった。
その間、互いに口を開かなかった。
遠くから響く蝉の声が、室内の静寂をかえって際立たせている。
――さっきまで、あんなに騒がしかったのに。
今ここにいるのは、僕と湊しかいない。急に世界から切り離されたみたいに、二人きりであることを実感してしまう。
――こんなにドキドキしてるの、僕だけかもしれない。
そう思って目を逸らそうとしたとき、湊がぐっと距離を詰めて――僕の背中に手を回した。
「……どうしよう。やっぱり、爆発しちゃいそうかも」
耳元で彼の声が響いて、心臓が跳ねた。ぴったり重なる身体から、彼の熱がじりじりと伝わってくる。
「渉が好きすぎて、どうすればいいのかわからなくなってきた……。す、すごいドキドキしてるし……」
「えっ……!?」
そっと耳を澄ませると、湊の胸もどくどくと音を立てていた。
――湊も、こんなに意識してくれてるんだ……
胸がいっぱいになって、息がつっかえてしまう。
「渉、大好き……」
情を滲ませたような、低く響く声。湊はそのまま、僕の首筋に唇を落とした。
「んっ……」
ついばむような優しいキスが降り、耳たぶを撫でられる。ちょっとくすぐったくて、わずかに身を捩った。
湊の指先が薄い皮膚をなぞり、首筋を強く吸われるたびに、身体が甘く溶かされていく。初めての感覚に耐えきれなくて、僕は彼のシャツをきゅっと掴み、たまらず顔を上げる。
その瞬間、熱っぽく潤んだ視線が交わった。
湊は驚いたように息をのみ、今度は僕の唇を奪った。
「……っ、ン……、は……」
初めてのキスよりも、もっと深い。舌を絡ませて、貪るような口づけだった。
全身が熱くて、彼の腕に縋りつく。心の奥底まで、愛情で満たされていくような感覚。僕たちは互いを求めるように、何度も唇を重ねた。
「――渉、愛してるよ」
そっと唇を離した湊は、僕をまっすぐに見つめながら言った。
「……っ!」
――『旭 ルイ』としての僕は、彼の「愛してる」という言葉を、何度も聞いていたはずなのに。
そのときとは、全然違う。
嬉しくて、幸せな気持ちが溢れてくる。僕は視界を潤ませながら、再び彼の背中に手を回した。
それからどれくらい、こうして抱き合っていただろう。
狭いベッドの上で、僕たちだけの甘い時間が、穏やかに流れていた。
湊はふと腕の力を緩めると、壁の時計に目をやった。はっとなにかに気づいたようで、おずおずと口を開く。
「あの、渉……。そろそろ配信の準備、しないとだよね……?」
湊は暴走しすぎたと思ったのか、わずかに眉を下げて問いかけた。どこか名残惜しそうに、視線が揺れている。
――生配信が始まるまで、あと三十分。
今日は特別な配信だから、すでに準備はできている。けれど、それ以上に――
「ま、まだ……離れたくない、かも」
思わず本音が漏れる。
「わ、渉っ……!」
湊は感極まったように、大きく目を見張った。
うわごとのように「可愛い」と言って、何度も僕の頭を撫でてくる。
……ちょっと恥ずかしい。けど、湊のまっすぐな愛情が嬉しかった。
僕は小さく笑って、そっと彼の胸の中に頭を預ける。
こうして僕たちは配信が始まるまで、ずっと身体を寄せ合っていた。
***
『みんな、お疲れー! 今日も生配信に来てくれてありがとー!』
画面の中の『旭 ルイ』は、八重歯を見せながら、弾けるように笑った。
今日のゲームは、リスナー参加型のオンラインゲーム。リスナーさんたちと通話しながら、チーム戦をするという特別配信だ。
ゲーム内の待機ロビーには、可愛らしいアバターが集まっている。みんなでボイスチャットを繋ぎ、和気藹々とした雰囲気が流れていた。
そんななか、ひときわ熱量の高い声が響き渡る。
『ルイくんと同じチームだよ!! 俺が絶対守るから!!!!!!』
アカウント名は、『ミシロ@旭ルイくんが生きがい』。 ルイの初配信からずっと支えてくれている、最古参のファン。
――そして今、僕のすぐ隣にいる人だ。
『まさかルイくんとゲームができる日がくるなんて……。はあ、幸せ…………』
ミシロさんは、こらえきれないというように、うっとりと呟く。
その瞬間、配信のコメント欄が一気に加速した。
『でた! ミシロさんw』『てか、イケボすぎない?』『イメージと違いすぎる』
流れていくコメントに、つい吹き出しそうになってしまう。
『それじゃあ、そろそろゲームを始めるぞー!』
いつもの明るいトーンでそう告げると、湊とばっちり目が合った。
――実は初めてのリスナー参加型配信で、うまくできるか心配だった。
けれど彼と視線が交わった途端、すうっと肩の力が抜けていく。ただ隣にいてくれるだけで、驚くほど自信が湧いてくるのがわかった。
ゲームが始まると、お互いに声を掛け合いながら対戦をしていく。リスナーさんたちの楽しそうな声が、僕の心を躍らせた。
やがてゲームが終わり、マッチングが解除される直前。
ボイスチャットを通じて、ミシロさんの声が聞こえてきた。
『今日の配信、最高だった! ルイくん、世界で一番愛してる!!!』
相変わらずの「ガチ恋」の熱量に、思わず頬が緩む。
僕はゲームの合間に、一瞬だけマイクを放して――
「僕も」と、湊の耳元で囁いた。
END




