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Vtuberをしていたら、美形生徒会長が僕のガチ恋ファンだった  作者: 七瀬おむ
第3章 これって本当に「友達」ですか?

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12/12

3-4

 贅沢なランチの時間は、あっという間に過ぎていった。


 店を出ると、心地よい風が頬を撫でる。会計を済ませてくれた湊にお礼を伝え、僕たちは再び歩き出した。


「時間もちょうどいいし、コラボカフェに行こうか」


 湊は地図アプリを一切開かず、迷いのない足取りで進んでいく。


 並んで歩く間、ぽつぽつと会話を交わす。けれどコラボカフェに近づくにつれて、湊の横顔がだんだんと強張っているのが伝わってきた。


 ――なんか……緊張してる?


 僕にとってはあの高級なレストランのほうが緊張するけど、湊は違うのだろうか。


 角を曲がると、目当てのコラボカフェの看板が見えた。店頭には予約の人たちが列をなしている。どうやら客席が入れ替わるタイミングらしい。


 女性人気が高いゲーム作品のコラボというのもあって、並んでいるのは女性ばかり。そんなところに僕たちが入ったものだから、彼女たちが一斉にこちらを――いや、湊に視線を寄せていた。


「あの人カッコよすぎない?」「待って、シン様に似てる」という声が聞こえてくる。ちなみにシン様というのは、ゲームでも屈指の美形キャラだ。


 湊も、きっとこの視線を感じているだろう。


 ――ここまでじろじろ見られたら、居心地悪いよね……


 ちらりと彼を見上げて、声をかけようとしたときだった。


「……渉、どうしよう。ルイくんが実際にここに来たと思うと、頭がおかしくなりそう」


 湊はぽつりと呟き、胸のあたりをぎゅっと握った。


 どうやら周囲の視線なんて、今の彼にとってはまったく関係がないらしい。


 ――これ、いつもの湊だ!


 オタク全開の反応で、逆に安心してしまう。

 湊は落ち着きなく周囲を見回し、ぶつぶつと呟く。


「とりあえず、この回にルイくんはいなさそうだね。昨日もこの店舗前で観察してたんだけど、男女二人ってほとんど見かけなかったんだ」

「……ん?」

「いたとしてもあきらかに年齢層が違ってたし、やっぱり来週以降に予約する予定なのかな。まあ会ったら会ったでどうすればいいかわからないし……」


 彼は緊張のせいか、ノンブレスで語っていた。黄色い声を上げていた女性たちもぎょっとしている。


「ちょ、ちょっと待って……」


 そんなことより――……今、「昨日も」って言わなかった?


「湊、まさか昨日もコラボカフェに行ったの!?」

「いや、中には入ってないよ。俺はただ一日中外で観察して、それっぽい人がいないか見てただけ」

「そっちのほうが怖いよ!」


 いつもは口に出さないのに、気づいたらツッコんでいた。

 湊は驚いたように目を丸くしたあと、慌てて口を開いた。


「あっ、もちろんストーカーってわけじゃないよ? 本当は家で大人しくルイくんの配信を見るつもりだったんだ。でも、もしかして会えるかもしれないって思ったら、いてもたってもいられなくて——」


 まったく言い訳になっていない気がする。

 僕が反応に困って、曖昧に笑ったとき——ちょうど、コラボカフェの扉が開いた。


「みなさま、お待たせいたしました。三時からのお席が準備できましたので、中にお入りください」


 湊ははっと表情を引き締めた。僕もすぐに後に続いて、スマホの電子チケットを掲げる。


 店内に足を踏み入れると、ゲームの世界観に合わせて、ファンタジー風の内装が広がっていた。


 店員さんは湊に見惚れるような視線を送り、明るい声で座席を案内する。


「それではお客様、こちらの席にどうぞ!」


 店員さんに指定されたのは、奥にある窓際の二名席。

 案内された瞬間、湊と僕は同時に息をのんだ。


 ――ここって、前と同じ席!?


 まぎれもなく、姉と一緒に座った席だった。配信でみんなに見せた料理の写真も、ここで撮影している。


 湊がそのことに気づかないわけはなく――彼はその場で立ち止まり、大きな手で口元を覆った。


 感極まっているのか、涙目になっている。彼は何度も深呼吸して、そっと座席の肘掛けに指先を這わせる。


「ここに、ルイくんが座って……」

「湊! と、とりあえず座ろう!?」


 限界化している彼を慌てて呼び止め、押し込むように座らせた。


 まさか席まで同じになるなんて、思ってもみなかった。


 湊に遊びに誘われて、舞い上がってここまで来たけど……もしかしてこれ、相当恥ずかしいんじゃないのか!?


 だって、このコラボカフェに来たのは、画面の向こうの『旭 ルイ』じゃなくて、僕自身なんだ。


 そんなにうっとりされたら、まるで生身の僕に向けられてるみたいで……


「み、湊。なに頼む?」


 なんとか意識を逸らそうと、即座に声をかける。湊はメニューすら見ずに、はっきりと言った。


「俺は『碧空の誓いクリームソーダ』と『シン様の漆黒チョコケーキ』にするよ」

「それって、ルイが頼んでたやつだよね……」


 口元を固く結び、表情を変えないようにするので精一杯だった。


 十分ほど待っていると、次々とカラフルなドリンクやスイーツが運ばれてくる。


 ついに料理が揃うと、彼は素早く料理の配置を変えて、スマホのカメラを向けた。


「はあ……。こうやって撮れば、配信で見た写真とまったく同じだなあ。本当にルイくんがここに来たんだって、実感してる……」


 どろどろに溶かしたような声で言われて、鼓動が激しくなる。


 目の前でこんなのを見せられて、一体僕はどう反応すればいいんだろう。


「へ、へえ」と曖昧な返事だけしかできない。


 湊は大人っぽい余裕がなくなり、すっかり目が蕩けていた。


「まさか同じ席に座れるなんて幸せすぎるな……。――って、あ……」


 しかし湊は、突然ぴたりと動きを止めた。


 彼はぼんやりと、向かい側の窓を眺めていた。それを見たとき、僕はなんとなく察してしまった。


 ――たしかこの窓に、姉ちゃんの姿が反射してたんだっけ……


 僕の予想は案の定当たってしまったようで、湊は切なげに目を伏せた。


「…………本当に家族だったらいいんだけどなあ」


 息を吐くのさえ苦しそうな声。幸せの絶頂から突き落とされたような、絶望を滲ませた瞳。


 たった一枚の写真から別の人物の存在を特定して悲しむなんて、ちょっと変な人だってことはわかっている。


 それなのに、こんな彼の表情を見ていると、罪悪感で胸が強く締めつけられる。


 ――『旭 ルイ』に姉がいること、言っておいたほうがいいんじゃないか……?


 さすがに姉がいるだけで特定にはならないだろうし、そのほうがいい気がしてきた。実際に僕に恋人なんかいないし、悶々と悩む彼を見ていたくないし……!


 別にこのままでもいいはずなのに。僕はなぜか、彼のために誤解を解く方向に動こうとしていた。


 そうだ、今日タイミングを見計らって、「一日中姉ちゃんと出かけてた」って、『ツブヤキ』に投稿してもいいかもしれない。


 現実の僕のアリバイ作りにもなるし、一石二鳥なんじゃ……!?


「……渉? もうたくさん撮ったから大丈夫だよ。食べよっか」


 僕がぼうっとしている間に、湊は元の調子に戻ったらしい。


 彼はスマホをポケットに入れると、ケーキに口をつけた。嬉しそうに頬張る姿は、大人っぽい恰好とは裏腹に可愛らしい。


「そういえば、渉。今日ってまだ時間ある?」

「……え?」

「コラボカフェの後、俺の家に来ない?」


 完全に油断していたところに、とんでもない提案がきた。

 湊は目を丸くする僕に気づかないまま、楽しそうに言葉を紡ぐ。


「ちょうどすぐ近くだし、どうかなって。実家だけど、親は仕事で海外にいるからゆっくりできるよ」

「ち、近く? 湊の家って、どこ……?」

「ああ、ここから歩いて五分くらいのマンションだよ」


 ――まさか表参道に家が!?


 僕は衝撃のあまり、目を剥いて固まってしまった。


 たしかにお金持ちだとは聞いていたけど、こんな大都心に実家?


 だからこんなに、この街の雰囲気とも合っていたんだ。僕みたいな庶民とは、住む世界が違いすぎる。


「す、すごいね……」

「そんなことないよ。ただ、今日はせっかく家の近くまで来てもらってるし、夕方まで渉とゆっくり話したいなって」

「えっ……。そ、それは、嬉しいけど……」


 今まで友達と外出することもなかったんだから、当然家に行くのも初めてだ。


 だけど、友達の家に行くのって、こんなにドキドキするものなのか……?


 ただ嬉しいだけじゃない。湊が友達になってくれたときとは別の緊張感に、全身が包まれていた。


 彼はただ新しくできた友達を、家が近いからと誘ってくれただけだ。それなのに僕は、なんでこんなに緊張しているんだろう。


 湊は僕が迷っているのを察したのか、慌てて声を上げた。


「いきなり誘っちゃってごめん。実は最近、ルイくんの配信のために、最新のスピーカーと大型スクリーンを買ったんだ。だからその……ルイくんの今日の生配信、一緒に見たいなと思って」


『旭 ルイ』の生配信。


 その言葉を聞いたとき、はっと現実に引き戻された。


 ――それ、僕が湊の家に行ったらできないよね!?


 たしかに今日は、夕方から配信を予定していた。だから今日もコラボカフェから帰ったら、配信の準備をするつもりだったのだ。


 もちろん今日の配信を休めば、時間は作れる。だけど突然中止したら、リスナーさんが残念に思うかもしれない……!


 頭の中ではぐるぐると考えが巡って、答えがでない。


 湊は頭を抱える僕を見て、心配そうに顔を覗き込んだ。


「ごめん、難しかったら無理しないで。俺も今日いきなり言っちゃったし……」

「そそそ、そういうわけじゃなくて! 少し予定を、確認しないとっ」

「そっか。全然時間があったらで大丈夫だよ」


 結局、すぐに答えることができなかった。


 スマホを手に取り、カレンダーアプリを開くふりをして、すぐに閉じた。


 この後の予定なんて、僕がどうするかを決めるだけだ。それなのに、なんでこんなに迷ってるんだ。


 ――僕と『旭 ルイ』で、分裂できたらいいのに……


 意味のない現実逃避をしながら、デザートの最後の一口を平らげた。湊もドリンクを飲み干し、特典のコースターを鞄にしまっている。


「お客様。まもなく終了のお時間となります」


 店員さんが客席を回り、声をかけ始める。


 ――もうそんな時間か……


 名残惜しく感じながら、なにげなく窓の外を見た。夕方に差しかかっているからか、昼間の強い日差しはなくなり、分厚い灰色の雲が空を覆っていた。


「……ん?」


 ぽつ、と窓枠に何かが当たる。

 湊も気づいたようで、「雨?」と小首を傾げた。


 僕たちがぼうっと見つめている間にも、雨粒はどんどん大きく、激しさを増していった。


「これ、夕立かもね」


 湊が困ったように呟いた。


 今日は一日中晴れの予定だったのに、傘なんて持ってきていない。


 店内のお客さんもざわつき始めたころ、無情にも店員さんの声が響いた。


「まもなくご退店のお時間となります。お忘れ物にお気をつけください」


 次の予約客が待っているので、早く店を出ろということだろう。僕たちは促されるまま、急いで店を出た。


「雨、すごい降ってるね……」


 案の定、外は横殴りの雨が降り、アスファルトの地面が水しぶきを上げていた。


 コラボカフェの建物の前には、次の予約枠の人たちが軒下に並んで、なんとか雨を凌いでいる。この小さな屋根では、いつまでも雨宿りをすることはできない。


 途中でコンビニに寄って傘を買っても、駅に着く頃にはずぶ濡れになるだろう。


「渉、どうする?」

「えっ?」

「俺の家来るなら、シャワーとか貸すし、服も乾かせるけど……。次の予定があるんだっけ?」


 激しい雨音のなか、僕は選択を迫られた。


 ――そうだ。このままずぶ濡れで帰ったら、風邪も引いちゃいそうだし、生配信の準備だってまともにできない。


 リスナーさんには申し訳ないけれど、今日は生配信をお休みして、明日にずらしたほうがいいだろう。


 想定外の雨に、背中を押されたような気がした。言い訳じみた言葉を並べて、彼の家に行ってもいい理由を作り出す。


「……湊の家、お邪魔してもいい?」


 僕がそう言うと、彼は嬉しそうに頷いた。


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