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『みんな、お疲れー! 今日も配信始めるぞー!』
六畳一間の部屋に、明るい声が響く。
わずかに照明を落とした室内では、モニターの光が白く浮かび上がっていた。
画面に映し出されているのは、制服姿の金髪少年のイラスト。僕の動きに合わせて手を振り、はつらつとした笑顔を浮かべている。同時接続数のカウンターには、「9」という数字が表示されていた。
――昨日より、リスナーさんが増えてる……!
たった九人、されど九人。
Vtuberとしては、けっして多いとは言えないのかもしれない。けれど画面の向こうには、たしかに耳を傾けてくれる人たちがいる。
緊張で胸が苦しくなったとき――ふと、一つのコメントが流れてきた。
『今日もルイくんのおかげで頑張れたよ!! 生きがいをありがとう!!!!!!』
名前は『ミシロ』――初配信から欠かさず見てくれる、熱心なリスナーさんだった。
ビックリマークの嵐に、思わず頬が緩む。
――よし、今日も頑張るぞ。
小さく息を吐いて、再び声を張る。
『それじゃあ、リスナーさん参加企画! 一昨日発売された新作ゲームをやってくぞー!』
そうして僕は今日も、天真爛漫な男子高校生Vtuber――『旭 ルイ(あさひ るい)』として、配信を始めた。
***
Vtuberなら、外見も性格も、なりたい自分になれる。
そんな可能性に惹かれて、僕は『旭 ルイ』になった。ルイはいつも明るくて、誰とでも気兼ねなく話ができる……という、僕の理想を詰め込んだ存在。
一方で現実の僕――鵜月 渉は、クラスの片隅で、ただ静かに呼吸をするだけの人間だ。
夏の陽光が降り注ぐ教室は、談笑の声で満ちている。
後方、廊下側にある僕の席からは、クラスメートの様子がよく見える。
昼休みのチャイムが鳴ると、みんなは椅子を移動させて、仲のいい友達とお昼を囲む。
高校二年生の一学期。クラス替えから三か月も経てば、友達もできて、気兼ねなく話せるようになる時期だろう。
けれど、その輪のどこにも入れていない生徒がいる。
他でもない、僕自身だ。
――なんで僕、いつもこうなんだろう……
十七年間、まともに友達を作れたためしがない。極度の上がり症で、人とうまく喋ることができないんだ。
僕は自嘲気味に笑って、小さく頭を振った。
――これ以上考えたらダメだ。
思考を上書きするように、別のことを思い浮かべる。
――昨日の配信、盛り上がってよかったな。
――リスナーさんも増えてきてるし、コメントでも「面白かった」って言ってもらえた。
Vtuberの自分、『旭 ルイ』のことを考えると、少しだけ自分が好きになれる。
先ほどまでの虚しさが消えていき、ちょっとした自信と、高揚感で満たされていくんだ。
『旭 ルイ』になってから、ちょうど今日で半年。
配信とはいえ、話すのも随分上手くなったはずだ。
――この調子で続けていけば、リアルでも話せるようになるよね……?
僕はそんな淡い希望を抱きながら、Vtuberとしての活動を続けていた。
Vtuberになったのは、姉の一言がきっかけだった。
「渉、Vtuberやってみない?」
最初は、なにを言っているのかよくわからなかった。
Vtuber――それはイラストやCGなどのアバターを使って、動画投稿や生放送などを行う配信者のことだ。
もちろん僕だって、Vtuberの配信を見たことはある。
でもだからといって、自分がやるのは別の話だ。しかも僕は、自他共に認める口下手な人間なのに。
「姉ちゃん、いきなりどうしたの……」
七歳年の離れた姉は、相当な変わり者だ。
どうせいつもの突飛な発言だろうと、適当にかわすつもりだった。けれど姉は僕の両肩を掴み、力説してきた。
「あたし、ようやくイラストレーターのお仕事もらえるようになったじゃん? それで、今流行りのVtuberのモデルも作れるようになりたくてさあ!」
「はあ……」
詳しく話を聞くと、彼女はイラストレーターとしての仕事の幅を広げるため、Vtuberのモデル作成に挑戦してみたいのだという。
しかし実際に使ってもらわないと、そのモデルの良し悪しもわからない。そこで身内である僕に活動してもらい、使い心地を逐一教えてほしいというのだ。
「姉ちゃんがVtuberになればいいんじゃないの?」
そう言って抗議をしたが、「あたしはイラストの仕事で忙しいから」の一点張りだった。それどころか、姉は口角を上げ、意気揚々と言い放つ。
「それにVtuberになれば、渉のコミュ障もよくなるんじゃないかと思って!」
「……えっ?」
「おねーちゃんは心配なんだよ? 渉って人の目をみて喋れないし、すぐに口ごもって会話が終わるし」
「うっ」
「でもVtuberなら、対面する必要ないじゃん。まずはみんなの前で話す練習をしてみたら、自信がついて、リアルでも話せるようになるんじゃない?」
姉の提案は、彼女の性格と同じく楽観的なものだった。
――そんなにうまくいくわけがない。大体、僕の配信なんて誰が見るんだ。
そう思いつつも、「リアルでも話せるようになる」という提案に、惹かれている自分がいた。
「じゃあ早速だけど、どんな『ガワ』がいい!? せっかくVtuberなんだし、超イケメンでもいいからね!」
黙りこむ僕を見て、姉は同意したと判断したらしい。
気づけばキャラのデザインについて質問攻めを受け、あっという間に事が進んでいた。
そうしてこの会話から一か月後――彼女の手で生み出されたのが、『旭 ルイ』である。
金髪に着崩した制服、少しだけ吊り上がった目尻。ころころと変わる表情は、活発で人懐っこそうな印象を受ける。笑うと八重歯が見えるのは、姉の趣味らしい。
外見に合わせて、話し方も工夫した。声は二トーン高く、地声とは似ても似つかない。
――姉の思いつきから生まれた、僕とは正反対の存在。
けれど配信を重ねるうちに、『旭 ルイ』はもう一人の自分であり、大切な居場所になっていた。
――――キーン、コーン……
ふいに、チャイムの音が鳴り響く。
「……っ!」
弾かれたように頭を上げ、時計を見た。すっかり物思いに耽っていたら、昼休みが終わっていたらしい。
すぐに先生が入ってきて、生徒たちに着席を促した。
――そういえば、今日は席替えをするって言ってたっけ。
次は五限のロングホームルーム。これまで騒がしかった生徒たちも、どこか緊張した様子で席に着いた。
――席が変われば、友達を作るきっかけになるかも……!
現実に引き戻された僕は、ごくりと息をのみ、姿勢を正した。
「それじゃあ、新しい席に移動してくれー」
ついに迎えた席替えの時間。
生徒たちはくじを引き、新しい席へと移動していく。
僕も黒板に描かれた座席表を見比べていると、どこからともなく黄色い声が上がった。
「ちょっと待って! 湊くんとめっちゃ席近い!」
「がち!? 廊下はさんで隣じゃん、羨ましー!」
きゃあきゃあと騒ぐ女子たちを横目に、移動して窓際の席に腰かける。
緊張しながら、周囲を窺う。ぞろぞろと席が埋まっていくが、僕の周りには女子しかいない。
まだ来ていないのは、隣席だけ。
――さすがに男子が一人もいないって、ないよね……?
僕は祈るような気持ちで、隣席をちらちらと見ていた。そしてついに、右横から透き通るような声が響く。
「鵜月くん、よろしくね」
見上げると、先ほどまで女子に騒がれていた張本人――白鷺 湊くんが立っていた。
窓から吹き抜ける風を受け、艶やかな黒髪が揺れている。
――まさか、隣の席って白鷺くん……!?
白鷺くんはこの学園の生徒会長であり、誰もが見惚れてしまうほどの爽やかイケメンだ。しかも文武両道で、有名企業の跡取り息子。そんな超ハイスペックなのにもかかわらず、優しくて……みんなから好かれる人気者だ。
彼は色素の薄い目を細め、柔らかな笑みを浮かべた。
「席、隣になったからさ。今まであんまり話せなかったから、嬉しいな」
「あ、えっと、はぃ……!」
緊張のあまり声が上擦って、まともな答えができなかった。白鷺くんの爽やかさを直視できず、目を逸らしてしまう。
僕、なにやってるんだろう! せっかく話すチャンスだったのに……!
自己嫌悪に陥っていたが、もう一度話しかける勇気はなかった。だって……
――白鷺くんは、僕の憧れの人だから。
一年生の頃、全校集会で生徒会のメンバーとして壇上に上がり、堂々と話をする姿に目を奪われた。
二年生になって同じクラスになり、彼がどれだけみんなに好かれ、僕にないものを持っている人かを知った。
実はVtuberとして活動するとき――「こんな人になりたい」と、一番に思い浮かべた人物でもある。
けれど、白鷺くんそのままはハードルが高すぎる。だから「明るくて、親しみやすい人気者」という要素を重視して、『旭 ルイ』という僕なりの理想のキャラクターを生み出したんだ。
白鷺くんは僕との挨拶を終えると、ゆったりと隣席に腰かけた。脚が長すぎるのか、古びた椅子と机は少しだけ窮屈そうだ。
彼が席に着くやいなや、周囲の女子たちがわっと騒ぎ出す。
「湊くん、これからよろしくね!? 湊くんを毎日近くで見られるなんて、最高……」
「はは、ありがとう。こちらこそよろしくね」
「湊くんっ……! カッコよすぎるぅ……!」
同じクラスメートのはずなのに、推しのアイドルに遭遇したような反応をされている。
普通なら不思議に思うような光景だが、相手が白鷺くんなら納得してしまう。
――いきなり憧れの人が隣なんて、ハードルが高すぎる……!
近くの席の人に話しかけようと意気込んでいたけど、こんな状況じゃ無理だ。白鷺くん相手に、僕なんかがお近づきになれない。
――やっぱり現実は、なかなかうまくいかないなあ。
僕は身体を縮こまらせて、そっと息を吐いた。




