第10話 芝露月町
金四郎が落ち着くのを待って長谷川邸を出た二人は芝露月町の遠山邸へと向かう。
「私が銕さまを義父に紹介せねばならないと思うのですが、どう紹介したものでしょうか。」
「実はな、永井主計様より遠山景好様への紹介状を預かっている。実はそれを取りに長谷川の家に戻ったのだがな、義母が出迎えるとは思わんかったよ。嫌なもん見せちまって悪かったな。」
金四郎は一瞬だけ思案顔になると、歩く銕三郎の正面に廻って深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。」
既に実兄の紹介状が用意されていることから、金四郎は銕三郎が実兄の永井主計より頼まれて自分の後見をしてくれることになったのを察し、心より感謝しての拝礼だった。
「金坊、お前さんホントに七つかぇ。末恐ろしいとはこのことだなぁ。」
銕三郎は先に金四郎を遠山邸に帰宅させ、少し時間を置いて遠山邸を訪ねると、応対に出た中間に永井主計からの紹介状を手渡し、金四郎の義父である遠山景好との面会を請うた。
「お初にお目にかかる。拙者、長谷川銕三郎と申す。」
「遠山景好でござる。長谷川殿の御高名は存じておる。永井様からのご紹介とのことでお会いさせて頂いたが、当家に何用で。」
(悪名の高さを”御高名”とはな。)
遠山景好は皮肉も交じえて言外に招かれざる客であることを醸し出すが、銕三郎は単刀直入に本題へ入る。
「ご当家嫡男、金四郎殿を暫しお預かりしたい。」
「何故でござる。」
困惑の色を隠しきれぬ遠山景好を意に介さぬまま銕三郎は畳み掛ける。
「永井主様と私は剣の同門なのでござるが、その永井様より金四郎を鍛えてやってくれと頼まれたのでござる。先日、往来で金四郎殿をお見かけしたが、あれなら鍛え甲斐がござる。だが、まだ七つとあっては我等の道場へ迎えるにはいささか幼い。ゆえに、入門前に拙者が預かって基礎的なところを鍛えてやりたいのであるが、如何か。」
困惑が解けぬままの遠山景好は長考に入った。
(放蕩無頼の悪名高き”本所の鬼銕”と同じ道を選べば金四郎も不祥事の一つや二つ犯すだろう。それを理由に金四郎を廃嫡しても、永井主計様から鬼銕を紹介されての結果なのだから永井家も反対できまい。しかし…)
目を瞑り逡巡する遠山景好は銕三郎がニヤリと口角を上げたのに気付かない。
「よろしければ、金四郎殿の弟御、房五郎殿も預かりますが、如何か。」
思いもよらない提案にギョッとする遠山景好。実子の房五郎まで鬼銕の舎弟にされては堪らない。
「や、房五郎はまだ幼く華奢である。金四郎のみ、宜しくお願いしたい。」
「承った。では、暫くの間、金四郎殿をお預かりする。どんなに長くとも、五日に一度はご当家に帰宅させるゆえ、ご安心を召されよ。」
「五日に一度の帰宅…。長谷川殿、金四郎をお預かりくださるのではないのか。」
「お預かりいたす。されど、金四郎殿はご当家の嫡男、長く家を空けることは憚れるかと。それにまだ七つでござる。好きな時に当方を訪ねて頂ければ鍛えて差し上げようし、また好きな時にご帰宅頂いて結構でござる。」
つまるところ、遠山景好ならびに遠山家は金四郎に外出と外泊の自由を与えただけである。
金四郎を飼い殺しにし、実子の房五郎へ家督を継がせる機会を窺うつもりでいた遠山景好、銕三郎に謀られたことに気付くも時すでに遅かった。
この後、金四郎は銕三郎の生家である巣鴨の名主の家に匿われ、幼き日の銕三郎と同様、栄養ある美味しいものを食べ、農家の子たちと泥にまみれて遊び、乗馬を覚え、銕三郎に剣を学ぶ。そして時折、遠山家に廃嫡の理由を与えぬために芝露月町へ帰宅すると、生来の生真面目さのまま勉学に励む。
年が経つにつれて壮健かつ逞しくなり、地頭の良さに理論武装と世間智まで兼ね備えた金四郎に、遠山家の者達は何らの手出しも出来なくなっていくのだった。
明和7年(1770年)
長谷川 平蔵 (25)
遠山 金四郎 (6)




