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第八話

 ワンピースにパンプス。そんな格好で気軽に砂浜を歩くことができずにいたら、八潮さんが「少し行ったところに遊歩道があるんですよ」なんて言ってくれたんだよね。だから私と八潮さんはそこを二人並んで歩くことにしたんだ。

 海の真横を歩けるそこは、ゴガン遊歩道? って言うらしいんだけど、ホントにすぐ側に海が見えるところだった。

 潮の匂いも、波が跳ねるのもすぐ側で感じられるし、海の上を歩いてるみたいにも感じられるからちっちゃい子供とかも楽しめるんじゃないかなってところ。でもなんていうかフンイキ満点? って感じで、デートで二人きりでいるにも良さそうな感じがしたね。まあ、他に人はいなかったから、 ホントにそうかはわかんないけど。でもその可能性で考えると、私と八潮さんもはたから見たら普通にカレシカノジョって感じに見えたかもしれない。

 けど、私たちの距離は、人が二人並んで通り抜けできる遊歩道の柵と柵ギリギリ。知り合いの距離ってこんなだったっけ? ってくらい離れてたけど、それもあんまり気にならなかった。それはたぶん、そうやって歩きながら八潮さんが話しかけてきてくれてたからなんだろうなあ。

「ミチルさんは料理がお上手なんですね」

 ふんわりした感じの笑顔を見せながら、これ以外にも「千鶴さんと仲がいいんですね」とか「敏久叔父さんのサイフには私の写真が入ってるんですよ」なんてことを聞かれたり、聞いたりしてたんだ。うん、共通の話題って言ったら、八潮さんが勘違いしてる『クジラ』と千鶴さんたちについてなんだから、それも仕方ないことだよね。

 だけど急に言われたのは褒め言葉っていうより、事実を確認してる感じのこと。そんな八潮さんに私が返せるのはこんな言葉だったね。

「そうですか? そんなことないと思いますよ?」

 お飾りの褒め言葉じゃないとは思ったけど、素直に「そうなんです」なんて言えるほどツラの皮は厚くないのです。謙虚なんです。実際私よりも千鶴さんの方が作れるメニューは多いし、キレイな細工もできるんだもん。シロートレベルで言えば、私もそこそこな腕かもだけど、それ以上にできる人が身近にいるんだもん。自慢できるほどじゃないって思うのが普通だと思うんだよね。

「いえ、でもあの日の料理は全て美味しかったですし……。それにあの量をほぼお一人で作られたんですよね?」

「ええ、まあそうですけど……」

「あの料理は本当に美味しかったですし、どれも温かいものは温かいまま、冷たいものは冷たいままでした。それは凄いことだと思いますが……」

 なんて感じに、八潮さんが言うのはどう考えてもなんかのフィルターがかかってそうな言葉。

 たぶん……ホントにたぶんだけど、八潮さんの中で私は友人たちが言う結婚したい女子な感じになってる気がした。勘違いですよって言いたかったけどそれもなんか違うような感じがしたし、とりあえず適度に返事するだけにしたんだよね。

「あー…そうですね。いっぺんに料理を並べられるように順番は考えていたましたから、そう言ってもらえるのは嬉しいです。でもそれって普通じゃないですか?」

 私にとって、それは料理を作る時に当たり前にすることだったんだよね。だから言ったんだけど、でも八潮さんはすごいと思いますよって感じの顔をしてた。八潮さんってやっぱり考えてることがだだ漏れな人なんだなって思ったなあ。

「もてなす側としたらそうしたいと思うものです。でも実際は難しい」

「難しいですか?」

「ええ、自分はですが。自分も料理ができない訳ではないのですが、あまり手際がよくないもので時間ばかりかかってしまうんです。二品ふたしな作ればどちらかが冷めてしまう──なんてことが多くて」

 そう言って、八潮さんは苦笑い。うん、笑って目尻が下がると、歳上なんだけど好青年って感じがしていい感じだと思います。本人には言ってないけど、この時の私はそんなことを考えていた。

 でもホントに八潮さんは好青年で、好印象を私に与えたんだよね。

 だって自分に会いたかったとは言ってたけど、見てわかるような下心のないイケメンさん。しかも料理ができて、笑顔が優しい上に言葉遣いも丁寧。合コンでの対面だからなのかな、私がこれまでに会って会話したことのある男の人たちって、たいてい話し出したらすぐに軽口とか、タメ口とか使い出したりするんだもん。そういうのがないってだけで、男の人でも全然好印象になれるんだね。すごいなあなんてことも考えていた。うん、私の頭の中はかなり平和だったのです。否定はしません、できません。

 この段階で、私は千鶴さんの計画に半分以上落ちかかって──や、もう落ちてたのかもしれない。だってそうでなきゃ、私が自分から八潮さんの話題に乗ろうとはしなかっただろうし……。私、ちょろい子なのかな……。

「へえ、八潮さんも料理なさるんですね」

「まあ休日くらいしかできませんが、たまに友人に馳走することもあるんですよ」

「へえー。男の人同士でもそういうことするんですね! でもいいですね、自分の手料理を振る舞える男の人って」

 なんて友人に馳走するって言い方も、友人って言ってた時の目が優しかったのも、なんだかすごく八潮さんらしいって思えて、勝手に笑顔になりながら言っちゃってたんだよね。この時の私は、八潮さんのことなんて車の中での会話分くらいしか知らないのに。

「そうですか? でも本当にたまにですし、殆どが酒のツマミのようなものばかりなんですよ。自分にはミチルさんが作ってくださったような、手の込んだものは作れませんし、見栄えも今ひとつになってしまうんですよね」

「でもそうやって料理なさるだけすごいと思いますよ? ウチの父とかはキッチンにすら立ちませんから」

「ウチの父もそうですよ。自分は三兄弟の末なのですが、兄たちは父と同じで……なので実家で料理をするのは母と自分だけですね」

「八潮さん、三人兄弟なんですか? しかも末っ子なんですか? なんだか八潮さんのイメージと違いますね」

「そうですか? 自分はかなり末っ子気質だと思いますよ?」

「末っ子気質って……ワガママとか、お母さん子だとか、甘え上手だったりとかですか?」

 短髪で、質実剛健って感じで、でも笑顔がいい感じの八潮さんが末っ子気質。うん。聞いた時はすっごくイメージと違うって思った。それが顔に出てたのかな。八潮さんは苦笑いしたまま、でもちょっと照れたような感じで言ってきたんだ。

「大体そんなところです。自分は兄たちと少しばかり歳が離れていたので、存分に母に甘えた子供時代を送りましたね。まあ、今も母は大事ですが」

「へえ……」

「………………」

「………八潮さん?」

「その、母は大事だと思いますが……。その、自分はマザコンではないですよ?」

 小さい頃の八潮さんも今の八潮さんとおんなじ感じなのかな~なんて考えてたんだけど、それが気になったのかな。八潮さんがちょっと首を傾けながら言ってきたんだよね。

 末っ子で甘えた子供時代を送ったなんて言われても、私的にはそれが『マザコン』には繋がってなかったんだ。だって私の周りの子達は、私が千鶴さんを大事にするみたいにみんな『お母さん』を大事にしてたからね。性別に違いがあろうと、そこでヘンな偏見を持ってなかったんだ。どっちかっていうと羨ましいって方が多かったからね。

 だから八潮さんが言い訳みたいに言ってきたことがなんだか気になっちゃって、だから自分が思うことをそのまま言ってみたんだよね。ちなみによくある下心的なものはなかったよ? こう、相手によく思ってもらおうとかそういうのはね。

「……お母さんが大事で、好きでなにかおかしいところがあるんですか? だって血が繋がってるんですよね? 普通の人ってお母さんとかお父さんのこと好きなものじゃないんですか?」

 自分の『お母さん』を大事だって思えることはおかしなことじゃない。それは私だってわかってることだったから、だから言ったんだ。

 例え母より千鶴さんの方がより大事だって言っても、私だって母のことは嫌いじゃない。むしろ尊敬してる分父よりは好きだと思うから。それに自分を産んでくれた母をそう思えなきゃ、自分が生まれてきたことすらイヤになっちゃうもん。だから言ったその言葉に、八潮さんは驚いたみたいだった。……マザコンに間違えられたことでもあるのかな?

「そ、そうですね。母親が一番だと言わないまでも、大事なものだと思いますし、自分は大事にしてるつもりですね」

 真剣な目で私のことを見ながら「一番とは言わないまでも」って言ってきたのはどこかおかしいと思うのですが、それをこの時の私は気づかなかった。だって『お母さん』を大事だって言えない八潮さんだとなんかイヤだって思ったから。もちろん人としての好感の問題だよ?

 好青年なフンイキがする八潮さんが、親を大事じゃないって言うのは私の中でのイメージと違ったんだもん。それでおかしいって思うのは、別にヘンじゃないよね?

 妙な感じで力説しちゃったからかな。私と八潮さんは歩くのを止めていた。ほんの少しだけ立ち止まって無言でいたけど、八潮さんが海を見て、それで言ったんだ。

「自分を甘えさせてくれた母は料理上手で、それを見るのが自分は好きだったんです」

 ぽつりって感じの小さな声で。その声と、寄せては返してく波の音が、二人のあいだにあるヘンな空気を流してくみたいだった。だから私も海を見ながら返したんだ。お日さまがキラキラしてる水面がキレイで、心が落ち着いてくる感じがしたなあ。

「──そう、なんですか?」

「ええ。なのでそんな母のように料理を作れるようになりたいと思って、高校になる頃までずっと母の手伝いをしていたんです。その名残で今も料理は好きなんです。まあ、それほど上達はしなかったですし、今は実家に帰っても母と共に台所に立つことはないのですが」

「一緒に作らないんですか?」

「母曰く自分が台所に立つと邪魔なそうで、やるなら洗い物だけでいいと言われてしまって。実際はそれもさせてもらえはしないのですがね。……たまの休みで帰郷しているのだからと考えてくれているんでしょうね」

「優しいお母様なんですね。羨ましいです」

 『お母さん』が大事なんだなってわかる、ホントに柔らかい笑顔で八潮さんは笑ったんだ。なんだかすごく羨ましかったのは、そんな『お母さん』の優しさを私があんまり感じたことがなかったからだね。だって私にとって母は生みの親って感じで、『お母さん』っていうと千鶴さんになっちゃうから。それがイヤだなんて思ったことはないけど、やっぱり他人ひととの違いについては考えちゃうよね。まあ、それも慣れたと言えば慣れたんだけどさ。

 めいっぱい羨ましいって思ってるのが声に滲んじゃったのが自分でもわかったから、だからちょっとそれをごまかすみたいにして、私は笑って言った。

「ウチの母はめったに作りませんし、作ってもかなり独特な味付けなんで、お世辞にも美味しいって言えないんですよねえ。まあ作ってくれるだけマシなのかもですけど」

 って。うん。たぶんうちの母は、おばあちゃんのお腹の中に料理ができる器用さを置いてきたのだと思う。だってホントに、本気ですごい味つけなんだもん。肉じゃががお酢も入れてないのに酸っぱいってどういうことなんだろう。

 軽口っぽくそう言ったのに、八潮さんはマジメな顔してこう聞いてきた。

「それじゃあご自宅では皆さんの分をミチルさんが?」

「えー…と、父も母も家ではほとんど食事をしないので、普段は一人分だけですね」

「え、あ……申し訳ない」

 それに私もついマジメに答えちゃって、二人とも無言になっちゃったんだよね。

 うん、ツルって言っちゃったものはもう元には戻せないし、私は苦笑いして八潮さんを見上げて言ったんだ。どうにも八潮さんが気にしてるってわかったからさ。

「気にしないでください。昔からのことなので、謝られても逆に困っちゃいます」

「ですが……」

 ヒラヒラって手を振って、なんでもないことなんですよ~って感じで言ったの。なのに八潮さんはそれを鵜呑みにはしてくれなかったんだよね。うん、ホントにマジメなんだね八潮さんは。

 だから私もマジメに答えることにしたんだ。

「平気ですよ。普段は一人で作って食べてますけど、たまに千鶴さんのところにお邪魔してたりしますし、ホントにたまにですけど父や母とも食事することもありますから」

 これは中学に上がる頃には当たり前にしてたことで、もっと言えば小学生時代だって母の手料理を食べた記憶は片手で足りるくらい。いっつも通いのお手伝いさんの作ったご飯食べてたからね。

 でもその頃にはもう、私の将来の夢はできてた。だから、そのお手伝いさんとか千鶴さんとかに教えてもらって料理をし出したのはいい思い出だね。はじめは失敗ばっかりだったけど、だんだん上手く作れるようになってきたから、通いの日数を減らしてもらって、高校の頃にはもう自分のご飯もお弁当も自分で作るようになってた。うん、それが今の私に繋がってるわけだから、やっぱりいい思い出だよね。

 そう言っても、一人で食べるご飯が楽しいって言い切れるほど人が嫌いなわけじゃないんだ。だから私は八潮さんを見て、笑って言ったんだ。素直な感想ってやつをね。

「でも……そうですね。いつも一人でご飯食べるのが多いので、あの日はいろいろ驚きましたけど楽しかったです」

「そう、ですか? それは嬉しいのですが……ですが、昔から一人で食事をしているというのは──やはり寂しくないですか?」

「ううーん……寂しくないとは言えなかったです。でも寂しいとか言ってるヒマはなかったんですよね。そんなこと言ってるヒマがあったら、一品でも美味しい料理を作れるようになることの方が大事だったんで」

「……そう、なんですか……」

 静まる空気。気にしてないのに八潮さんはすっごく気にしてるのがわかっちゃって、どうしたらいいの! ってめちゃくちゃ悩んだ。

 だってホントに私は気にしてないんだよ? だってもうずっとなんだもん。むしろ誰かとご飯食べるなら、父とか母とかよりも千鶴さんちでとか、友人たちと食べたいとか思っちゃうくらいなのに。うん、父と母が集まった時の夕食は──ひつぜつに尽くしがたいので、割愛するけど。

 私があんまり感じてない『寂しさ』ってやつを、八潮さんは勝手にだけど感じて、そんで落ち込んでる。これって私の答えが悪かったせいなのかな? わかんないけど原因の一端は私にあることだけはわかった。だから私にできることは──って考えて、でも浮かばなくて、焦った私はとりあえず声を出してた。

「あ、あの!」

 思わず片手を上げて、それで八潮さんを見ながら。うん、小学生に戻った気分がしたのは気のせいだと思いたい。

 キョトンとした顔した八潮さんを見て、なにを聞いたらいいのかまったく浮かばないままの私の口は勝手に動いていた。

「八潮さんはクジラが好きなんですか?」

 そう、私の口ってば勝手にこんな質問をしてた。

 もっと二人の共通になりそうな敏久叔父さんの話だとか、あの日にいた人とは同期なのか──とか聞けたはずなのに、こんなことを聞いてたんだよね。うん、ホントに私の口は勝手に動きすぎてたと思う。口はワザワイの元ってホントなんだね……。

「え、ええ。そうですね、好きです」

 唐突かつ勢いのある私の言葉。それに八潮さんはちょっとドモリながら答えてくれた。マジ律儀な人ですね、八潮さんって。

 でも、その言葉を言った時に見せられ表情かおがいけなかったと思うのですが。『好きです』って言いながら、真っすぐこっち見て笑うのは止めてください! って言いたくなった私はおかしくないよね? 勘違いする気はまったくないし、このお見合いを未来に繋げようなんて思ってなかったんだから、それで正解だよね?

 困るくらいに優しそうな笑顔を見せられて、思うことを素直に口にもできなくなった私が答えられたのは、しどろもどろな返事だけ。うん、質問しといてなんて返事をしてるんだとは思うけど、それも仕方ないことだよね。

「そ、そうなんですか……」

「ええ。鯨は自分にとって馴染み深い存在で、いつの間にか好きになっていて」

 またふんわりした笑顔を見せながら、やっぱり真っすぐに私を見ての言葉。

 勘違いするほど自意識過剰じゃないつもりだけど、普通の人なら勘違いしちゃうと思うね。だってイケメンさんが笑顔で『好き』って言ってくるって……告白されてるって勘違いしちゃっても仕方ないんじゃないかな。まあ、私も違うってわかってはいるんだけど、でもなんだかものすごーく慣れない状況になってる気がして、妙に顔が赤くなってた気がしたね。

 好きだとか、付き合ってくれだとか、合コンでなら何回も言われたことはあるよ。でもだいたいがお酒の席でのことだったし、言ってくる人が八潮さん並のイケメンさんだったことはなかったし……。うん、照れちゃうのは自然の摂理だと思うんだよね。

「そ、そうなんですか……」

 なんとか返事はしたけど、八潮さんのことを真っすぐに見れなくて、自分の履いてるパンプスを見てた。それ以上なんにも言えないまんまでね。

 もちろん歩き出すとかできるわけもなかったのです。

 だってこんな慣れない状況になにを言えばいいのかなんて、私にはわからなかったんだもん。私、対男の人の経験値、最高に少ない自覚があるもん。自慢にもならないってわかってるけどさ。下心がアリアリな人の言葉なら、話半分以下に聞けるよ? だけど、こんな『好青年』ってフンイキを出してる八潮さんの言葉を疑えなかったんだ。八潮さんはウソをつかない人なんだろうなって感じに思ってたから余計にね。これって八潮さんの人徳ってやつなのかな。

 あとになって思えば、この時の私はユッコが『乙女心』を養えって貸してくれた少女マンガにいっぱい出てきてたシーンみたいだったかも。もちろんその当時の私にそんな自覚はなかったけどね。

 二人ともなんだか無言になって、たぶんたっぷり5分くらい経ったかな。小さく、でもしっかりした声で八潮さんが言ってくれたんだ。

「…………鯨が、ですからね?」

 って。たぶん八潮さんもなんか空気がおかしいってわかったんだろうね。

 だからその助け舟? みたいな言葉に乗っかって、私もちょっとはしゃいだ感じで言ってみたんだ。でも今だから言える。アレは失敗だったんだろうね。

「そ、そうですよね! クジラですよね!」

 めいっぱい笑顔で、おバカな子を全面に出して言ったんだけど、私と八潮さんはそのあとしばらく無言になった。それはいい思い出と言えるのでしょうか。うん。わかんない。

 とりあえずもっかい話し出すこともできないまま、二人で遊歩道を歩いた。時間にしてたぶん15分くらいかな。そうしたら遊歩道も終わりになって、そこから先は民家です──って感じになったから、やっぱり無言で駐車場まで戻ったんだ。その頃には妙に恥ずかしく感じてた空気もちょっとはマシになってて、また八潮さんからの声がかかったの。でも、その言葉はちょっと困っちゃうようなものだったんだ。

「────ミチルさん」

「はい、なんですか?」

 ちょっと──ううん、かなり溜めてから呼ばれた名前に答えれば、八潮さんはすっごく真剣な顔してた。だからなにかマジメなことを言われるんだなってすぐにわかったんだ。けど、なにを聞かれるのかまではわかんなかった。

 歩くのを止めてじーっと八潮さんを見てたら、言われたのはこんな言葉だった。

「ミチルさんは結婚するつもりがないとおっしゃっていましたが、それはどうしてなのか伺ってもよろしいですか?」

 結婚する気がないってことは言ったけど、その理由は言ってなかった。だからこうやって八潮さんが聞いてくるかもしれないことは考えてた。だけど今まで話してきた感じは、お見合いっぽくなくなってたから聞かれないかもしれないとも思ってた。

 でもこうやって聞かれて、答えないって選択はなかったな。だって言ったらたぶん結婚しましょうなんてことは言われないだろうって思えたから。

「……たいした理由じゃないですよ?」

「構いません。もし聞かせ頂けるなら、自分はそれを知りたいです」

「……楽しい話じゃないですよ? それでも聞きたいですか?」

 真っすぐに私を見る八潮さんに、私は正直に聞いてみたんだ。そしたら八潮さんは真剣な顔のまま、コクリって頷いた。

 それが自分が結婚したいと、もう一度会いたいと思ってくれた私だからなのか、それともただの興味なのかはわからなかったよ。でもホントに真剣な目をしてくれてるから、だから私は、自分が結婚をしたくない理由を全部言うことにしたんだ。

 隠してるつもりはないし、言うことに迷いはなかった。誰にだって真っ正直に言えること──そう思ってたから。それを相手が受け入れるか、そうじゃないかはその人の考え方次第だから、言うだけならいくらだってできることだったし。

 お日さまが沈みはじめてて、少しづつ暗くなってく砂浜。元々少なかった人の姿はいつの間にかいなくなってた。ホントに私と八潮さんの二人だけになってたんだ。ある意味でカップルのための時間みたいになってた。そんな中で夢も希望もない話をするなんて、たぶんおかしかったんだろうね。

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