後日談のその後
ひと騒動終えて家に帰った朱羅は、本棚に囲まれた書斎で日課である午後の紅茶を飲みながら大学のレポートを作成していた。
少年からの予定外の呼び出しのせいで、受けられなかった試験をレポートと追試で補充する羽目になったためだ。
しかし、それを行っている当の本人の姿は机に積まれた医学書や経済書、パソコンなどが壁となっていて見えない。
「お疲れ様です」
リルが本の隙間から新しい紅茶を差し出す。
「ありがとう。まったく面倒なことになった」
リルが机の上や床に散らばる本を本棚へ収めていくと、銀髪が姿を現した。
その光景にソファーに寝転んでいるディーンが笑いながら言った。
「そうやって勉強に追われるのも、たまにはいいんじゃないのか?天才少年らしく見えるぞ」
その言葉に朱羅は視線をパソコンに向けたまま、机の上にあった本をディーンに投げつけた。
「なら、これでも読んでろ。君にピッタリだ」
投げられたのは人体の構造について図入りで書かれた解剖学の本だった。
ディーンは本の中身を見ることなく頭の下に置いた。少し硬いが枕としては高さが丁度良かった。
「こういう本は寝る前に読むもんだろ。三分で寝れるぞ」
「あら、便利な頭なのね。本を読むだけで、すぐ眠れるなんて」
突然の声にディーンが跳ね起きて銃を構える。その先では蘭雪が書斎の入り口で軽く手を振っていた。
「久しぶりなのに物騒な挨拶ね」
何重ものセキュリティーに守られた超高級マンションも、蘭雪にとっては空き家同然だったようで、平然と書斎の入口に立っている。
朱羅は視線をパソコンに向けたまま訊ねた。
「どうした?イギリスであいつと一緒に暮らしてるんじゃなかったのか?」
少年は英国諜報局に蘭雪は死亡したと報告した上に、どうやったのか蘭雪に新しい身分証と国籍を用意して同居していた。
「ちょっと、医師免許を取ろうと思って。どうせだから朱羅と同じ大学に行くことにしたの。編入手続きは済ましてきたわ」
蘭雪の言葉に朱羅ではなくディーンが声をあげた。
「入学試験をパスしたのか?」
驚くディーンに対して、リルは微笑んだまま蘭雪をソファーへ案内して紅茶を勧める。
ただし、この状況では驚いているディーンのほうが正しい反応なのだ。
朱羅が通っているのは、米国の国立有名大学で、簡単に入学できるようなところではない。第一に蘭雪はどう見ても十代前半で大学に通う年齢でもない。
「あんなの簡単よ。ありがと」
蘭雪は綺麗な仕草で紅茶を受け取り、一口飲んだ。
「美味しい。で、肝心の話を忘れていたわ。夜狼が中国マフィアのナンバー2になって、おじい様と争いをしてるの」
その情報に朱羅は驚く様子もなく平然と言った。
「それは知っている。何が言いたい?」
「夜狼とおじい様が私を探してるの。どうやらオーブが仕事をしているから、私も生きているって勘付いたみたい。でも、ここなら見つかっても簡単に手出しされないだろうから、住まわせてもらうわ」
「何?」
寝耳に水の発言に、朱羅が始めてパソコンから視線を外したが、蘭雪は当然のように言った。
「部屋は余ってるんでしょ?荷物は明日届くから」
その言葉にこの家の主である朱羅より先に部下であるリルが答えた。
「それでしたら、ゲストルームが二部屋余っております。お好きなほうを選んで下さい。こちらです」
リルの案内で書斎から出て行く蘭雪を見送りながらディーンが呟いた。
「あれは、お嬢ちゃんじゃなくて女帝だな」
朱羅はため息を吐くだけで視線を再びパソコンに戻す。ディーンは横目でその様子を見ながら聞いた。
「女帝も護衛しないといけないのか?」
「そこは本人に確認しろ」
「へい、へい」
ディーンが肩をすくめながらソファーに座る。朱羅がパソコンを操作しようとしたところで一通のメールが届いた。
朱羅が面倒そうに、そのメールを開く。すると、そこには……
『マイハニーを頼む。
オーブ・クレンリッジ』
蘭雪を早急に返品しようと考えていた朱羅は額に手を当てて俯いた。




