少年の名前
映像を頭の中で見た蘭雪は全てを悟った。
これは前世の記憶だ。しかも自分が死んだ時の。
自分が何者なのか。何故、この世界に生まれ変わったのか。全てではないが、自分がやらなければならないことを思い出した。
蘭雪が静かに瞳を開けると、白い天井が目に入った。そこにムーンライトブルーの瞳が心配そうに覗き込んでくる。
「体の調子はどう?」
蘭雪が無言で体を動かすと、思っていたより体が軽かった。少し頭痛はするが気になるほどでもない。
蘭雪はベッドに座ると、少年を見上げて言った。
「悪くないわ。それにしても、あのサバイバルナイフがフェイクだって、よく覚えていたわね」
蘭雪は自分の胸に突き刺したサバイバルナイフを、少年がローマ案内していた時に一度だけ見せていた。正確に言うと少年の手に突き刺していたのだが。
少年は軽く笑って頷いた。
「これでも記憶力はいいほうなんだ。胸から出た血も血糊だったから、蘭雪が考えていることが分かったんだ」
「これで私が死んだって騙されてくれたら良いんだけど。ところで、おじい様はあれからどうなった?」
「黒狼は自分の国に帰ったよ。朱羅の話だと、かなり消沈していたらしいから、しばらくは大人しいんじゃないかな?ただ、オレが生きているって知ったら、蘭雪を探し回るだろうけど」
「そうでしょうね。そうなったら、その時に考えるわ。で、夜狼は?」
蘭雪の言葉に少年が俯く。
「夜狼は行方不明。腹心の黒服を数人を連れて姿を消した」
「そう。まあ、夜狼の思考は今回のことで、ある程度把握できたから、次からは早々に対処するわ」
蘭雪は興味なさそうに周りを見た。クリーム色の壁に医療機器が並んでおり、ここで検査、治療をしたことが分かる。
「ところで、ここは何処?まさか普通の病院ってことはないわよね?」
「当然。ここはアクディル財閥の医療研究施設ローマ支社ってところ。機密保持はバッチリだよ」
「私はどれぐらい寝てた?」
「半日ぐらい」
「そう。ミカエル……今は朱羅だったわね。どこにいるの?」
「記憶が戻ったのか!?」
耳元でいきなり叫ばれて蘭雪が耳を押さえる。
「五月蝿い。強制的に思い出させられたのよ」
「全部、思い出した?」
「全部じゃないわ。重要なところを部分的に思い出しただけ」
「頭痛い?」
「軽くね」
蘭雪の言葉に、少年が胸の前で腕を組んでうんうんと頷く。
「オレなんか強制的に全部の記憶を一回で思い出させられたんだぞ。おかげで一ヶ月間、全身の痛みと頭痛で動けなかった。あれは辛かったなぁ」
「で、朱羅はどこ?」
しびれを切らした様子の蘭雪に少年が楽しそうに笑う。
「呼んでくるから待ってて」
少年が体を反転させドアの方へ歩こうとしたところで、服の裾を引っ張られてバランスを崩した。
「何?」
少年の問いに、蘭雪が俯いたままモゴモゴと何かを言うが聞き取れない。
「どうしたの?聞こえないって」
蘭雪は勢いよく顔をあげると、少年に掴みかかった。
「だから!ウリエルの今の名前はなんなのか?って聞いてるのよ!」
「オレの……名前?」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている少年に対して、蘭雪が頬を赤くして怒鳴る。
「そうよ!」
「……そっか。まだ名前言ってなかったもんな」
少年は蘭雪の耳元に口を近づけると、そっと囁いた。
「オレの今の名前は――――――」
蘭雪はその名前を不機嫌そうに、でもどこか幸せそうに聞いた。




