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もと天使たちの過去話  作者:
翡翠が求めるもの

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約束

 ディーンがリルの方を見ると、抱擁を終えて少しだけ離れた二人が会話をしていた。


『リル、また痩せたでしょ?』


 レイラの確信を含んだ言葉にリルが苦笑いをする。


 その顔にレイラがため息を吐いた。


『だから心配なのよ。しっかりしてるように見えて、中身は子どもなんだから』


 レイラの容赦ない言葉にリルが笑う。


「それを知っているのは貴女だけですよ」


 その言葉にレイラは静かに首を横に振った。


『それじゃあダメよ。私はもういないんだから』


「……レイラ……」


 リルの表情にレイラは微笑んだ。


『死んだ私より、生きている貴方のほうが私の死を受け入れられないと思う。でも少しずつでいいから受け入れて。貴方は私の姿を見ることは出来ないけど、私はずっと貴方のそばにいるから』


 その言葉に今度はリルが静かに首を横に振った。


「無理です。私は……貴女のいない世界で生きられない」


 リルの助けを求めるような声に、レイラは黙ったまま何も言わない。


「私は貴女と眠るために、ここに来ました。ともに連れて行って下さい」


 そう言ってリルがレイラに手を差し出す。だが、レイラの手が動くことはなく、茶色の瞳も薄い蒼の瞳を見つめたまま動かない。


 ただ、その瞳は対象的だった。


 景色が透けて見える茶色の瞳は儚い印象を与えるが、実際はとても強く輝いている。

 一方の薄い蒼の瞳はハッキリと見えるのに、今にも消えそうに虚ろっている。


 二人の間に硬直した時間が過ぎていく中、ディーンはいつの間にか歩き出していた。


「いい加減にしろっ!」


 怒鳴り声と同時に鈍い音が響き、リルの軽い体が揺れる。


「おまえは生きてるんだよ!生きてるおまえがそんなんだと、彼女がゆっくり眠れねぇだろ!おまえは、これ以上彼女を苦しめたいのか!?」


 リルがゆっくりと俯いていた顔を上げる。白い頬は赤くなり口からは血が滲んでいたが、声はしっかりしていた。


「ですから、私も死にます」


 その言葉にディーンの声がさらに大きくなる。


「それが彼女をよけい苦しめることになるって、分かっているのか!?」


 大きく開かれた薄い蒼の瞳に、怒りに燃える琥珀の瞳が映っている。


 ディーンは畳み掛けるように言った。


「考えてみろ!もし、おまえが死んで彼女が生きているとしたら?でも、彼女がおまえを追って死んだら?おまえはどう思う?」


 ディーンがリルの胸ぐらを掴み、顔を近づけた。


「彼女より先に死んだ自分が許せないだろ!彼女にそんな想いをさせていいのか!」


「!?」


 リルはずっと考えていた。


 何故、自分ではなくレイラが死んでしまったのか。独り残された世界で、どうやったらレイラの元に逝けるのか、と。

 こんな自分をずっと側で見ていたレイラの気持ちを考えたことなどなかった。レイラもずっと苦しんでいたのだ。こんな自分のせいで。


 そのことに気づいた瞬間、固まったように動かなかった薄い蒼の瞳が揺れ、そのまま涙が溢れだした。そして涙はすぐに雫となり、ボロボロと頬を落ちていく。


 そんなリルの姿を見て安心したようにレイラが言った。


『やっと、泣いてくれたわね』


 リルがディーンに殴られても黙っていたレイラが口を開いた。


『ずっと、そばにいたのよ。私が死んで苦しいのに泣かずに独りでいるときも。私はずっと隣で見てた。見ているしか出来なかった』


 レイラが雪に足跡をつけることなくリルに歩み寄る。


『私はもう何も出来ない。けど、あなたには生きて欲しい。私を求めて死なないで。私を理由に、生きることから逃げないで』


 そこまで言ってレイラはディーンを見た。


『ありがとう。私が言いたかったことを言ってくれて』


「あ、いや、つい……勢いというか……」


 レイラの笑顔にディーンは今までの威勢が嘘のように、どうしていいか分からずに視線を泳がす。


『リル』


 茶色の瞳が薄い蒼の瞳を見て微笑む。


『これ以上、私を惨めにさせないで』


 その言葉にリルも涙を流したまま微笑んだ。


「はい。すぐには無理ですが、少しずつ頑張ってみます。次に貴女に会うときは、胸を張って会えるように」


『そうね。待ってるわ』


 レイラはまったく動かない朱羅へと近づいた。


『朱羅、ありがとう』


 閉じられていた翡翠の瞳がゆっくりと開く。


「もう、いいのか?」


 朱羅が顔を上げるとレイラは満足そうに笑った。


『ええ、すっきりしたわ。ずっと朱羅にしか姿が見えないのは結構ストレスだったけど』


「俺も自分のことで手一杯だったんだ。許せ」


『わかってる。悪いけど、最期にお願いね』


「ああ」


 朱羅が水晶をかざすと、レイラの足元が淡い光とともに消えだした。


『あ、そうそう』


 レイラは振り返ってリルを見ると朱羅の髪を指差した。


『朱羅の髪を切っといて。これじゃあ、せっかくのいい男が台無しよ』


 確かに朱羅は事故があってから一度も髪を切っておらず、伸び放題になっている。


 レイラの言葉にディーンが盛大に笑った。リルも思わずつられて笑ったが、朱羅だけは怪訝な表情をしている。


『あと、そこの逆毛』


 ディーンはいきなり指差されて笑顔が硬直したが、レイラはニッと口角を上げて言った。


『リルのこと任せたわよ。それと、リル。ただ生きるだけじゃダメだからね。ちゃんと幸せになるのよ』


 そう言ってレイラは満面の笑みを残して消えた。


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