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もと天使たちの過去話  作者:
翡翠が求めるもの

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病院

 とある病院の個室。


 モニター音が規則正しく時を刻んでいる中で、朱羅は目の前に眠るアクセリナを見ていた。


「おい、連れて来たぞ」


 無造作にドアが開けられてディーンが病室に入ってきた。その隣にはアクセリナの主治医であるアントーン医師がいる。


 アントーン医師はジェット機が墜落したとき、朱羅とアクセリナが医療用ジェット機に運ばれてきた時にいた医師だ。アクディル家の専属医師であるため事故以前より朱羅との面識もあった。

 ただ今はアクセリナの治療に専念しているため、髪を切る時間さえなく、金茶の髪はボサボサに伸びて、無精ひげが生えている。


 アントーン医師は朱羅を見て、眠そうに欠伸をしながら声をかけた。


「坊主、久しぶりだな。体調はどうだ?」


「体は問題ない。それよりカルテを見させてほしい」


 ディーンから事前に目的を聞いていたアントーン医師はパソコンを起動してアクセリナのカルテを出した。

 朱羅はそれを手馴れた様子で操作しながら、レントゲンやCTの映像、採血などの検査データを見ていった。

 その様子をアントーン医師が隣で黙って眺めている。


 ディーンは朱羅から数歩下がったところで二人の姿を見ていた。

 本当ならリルもこの場にいるはずなのだが、朱羅から精密検査と休養を強制されて別の病室で点滴中だ。


 パソコンでカルテを読み始めた朱羅にアントーン医師が口を挟む。


「坊主、カルテが読めるのか?」


 確かに普通なら五歳児が医学語を読めるとは思えないが、朱羅は当然のように言った。


「あぁ。これぐらいなら問題ない」


 本当にカルテに書いてあることを読んで完全に理解しているのであれば、普通は天才児だと騒ぐところだが、アントーン医師は豪快に笑って言った。


「よく勉強したな。ちょっと前までは注射の針を見るだけで泣き出すような赤ん坊だったのに。あの事故の時から、すっかり変わっちまったな。坊主」


 朱羅が視線をパソコンに向けたままで素っ気無く言う。


「坊主は止めろ」


 朱羅が否定した言葉をアントーン医師が面白そうに使った。


「で、坊主はこの状態をどう考える?」


 その口調に朱羅は視線をパソコンからアントーン医師に向けた。


 アントーン医師の表情は豪快に笑っているが瞳は真剣だ。五歳の子ども相手ではなく、一人の人間として朱羅を見ている。


 それを感じた朱羅は率直に意見を言った。


「現在の医学では何も出来ない。現状維持が限界だ。何故、眠っているのか解明できないのだからな」


 その言葉にアントーン医師の片眉が上がる。


「原因が分かっているような言い方だな」


「ああ」


 朱羅は軽く頷いてアクセリナに近づいた。アントーン医師は何も言わずに朱羅の行動を見守っている。


「体に損傷がなかったのが、せめてもの救いだ。でなければ、命さえも助けられなかった。本当に彼女のおかげだ」


 そう呟いて朱羅は水晶のネックレスを首から外して、アクセリナの額にかざした。水晶が淡く光り、翡翠の瞳がアイスブルーへと変化する。


「思ったより深いな……」


 朱羅の眉間にしわがより、瞳が険しくなる。朱羅は体を硬直させたままディーンに声をかけた。


「おい、ディーン」


「ん?なんだ?」


 近寄りがたい雰囲気を発している朱羅にディーンが軽い足取りで近づく。


「しばらく眠るが俺の体には何もさせるな。検査もだ。誰にも触らせるな。リルにもそう伝えろ」


「は?」


 ディーンが言葉を理解する前に、朱羅の瞳の色がアイスブルーから翡翠へ変わる。同時に膝から崩れるように朱羅の体が倒れた。


「おい!?」


 ディーンが慌てて朱羅の体を支える。朱羅の瞳はしっかりと閉じられ、全身の力が抜けていた。


「どうした?」


 アントーン医師が朱羅に手を伸ばすがディーンがそれを遮る。


「悪いな、先生。触らせるなってことだから。とりあえずベッドだけ貸してくれないか?」


「おまえさん、それでもSPかい?主人が倒れたら普通は医者に診せるだろ。……まあ、いい。こっちに簡易ベッドが……」


 と、そこまで言ってアントーン医師の言葉が切れた。視界の端に信じられない光景が映ったのだ。


「……どうなって……いや、そんなことはどうでもいい。おい、分かるか?声は出せるか?」


 アントーン医師が話しかけた先には白銀の瞳を開いたアクセリナがいた。


 ディーンも朱羅を抱えたままアクセリナの様子を見るが、瞳が開いた以外に変化はない。


 アントーン医師がナースコールを鳴らしてスタッフを呼ぶ。


「手が空いているスタッフは集合しろ!まずは……脳波だ。脳波検査機を持ってこい!」


 こうしてアントーン医師がスタッフを呼び集め、広かった個室は人で埋まり様々な検査が始まった。


 その様子をディーンは朱羅を抱えたまま眺めていた。


「ここにいても、邪魔になるだけだな」


 完全に忘れられたディーンはとりあえずリルの病室へ移動した。






 ディーンが個室に入ると、抱えられた朱羅の姿を見て点滴中のリルが慌てて体を起こした。


「どうしました!?」


「あー、いや問題ないから寝とけ。しばらく寝るって、こいつが言ったんだ」


 そう言ってディーンは備え付けのソファーに朱羅を寝かせると、今までのことを説明した。


「……と、いうわけなんだが、どう思う?」


 経過を全て話し終わったディーンはリルに意見を求めた。


 だがリルは平然と首を傾げて逆に訊ねてきた。


「どういうことですか?」


「だから、どうして突然アクセリナが目を覚ましたんだと思う?あいつは何をしたんだ?」


「ああ、そのことですか」


 リルが訳知り顔で頷く。黙って答えを待っているディーンにリルはニッコリと笑って言った。


「本人に聞いて下さい」


「は?」


 見事に期待を裏切った言葉にディーンの口が半開きになる。ポカンとした表情のまま理解できていないディーンにリルは説明を付け加えた。


「私が知るわけないでしょう。以前にも話しましたが、私達は私達の仕事をするだけです」


「理解はできなくても納得できるようになるっていう、あれか?」


「よく覚えていましたね」


 まるで先生が生徒を褒めるような言い方にディーンは脱力した。


「性格変わったな」


「そんなことないですよ。隠していただけです」


 リルのしれっとした言い方に、ディーンは脱力していた体に力を入れて立ち上がり、ニッと笑った。


「おまえ、性格悪いだろ?」


「やっと気づきました?」


 お互い顔を見合わせたまま数秒の沈黙。そして盛大な笑い声が病室に響いた。


 その盛大な笑い声にも目覚めない朱羅の意識はここになかった。



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