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第五十話 過去の蟠り

「伯母上……」

 近寄って声を掛けたアレクに、クリスティーナはゆるゆると目を開いた。

「誰かと思えば、卑しい泥棒猫の母を持つレムス国皇帝ではないか。何用か。相変わらず非常識なことよ」

 掠れた途切れ途切れの声は弱々しかったが、言葉は辛辣だ。

「ご病気と聞いて、お見舞いに来ました。しかし思っていたよりも元気そうだ。口の悪さはちっとも衰えていませんね。安心しました」

 苦笑しながら手の甲に口づけるアレクを、クリスティーナは忌々しそうに見上げた。

「見舞いが聞いて呆れるわ。本当の目的をお言いっ」

 クリスティーナは激昂して叫ぶと、激しくむせ込む。

「何故このようなことになるまで、放っておいたのです? 貴女は我が国に救援を要請すべきだった。だが貴女はそれをしなかった。理由は我が母へのわだかまりですか?」

 城にいる衛兵一人とっても教育がなっておらず、この世界の常識を知らず、更に第一公妃がこのような幽閉状態にあるとなれば、この城は異国民に乗っ取られていると思ってほぼ間違いない。

「レムスの救援などいらぬ。異国のものとは言え、あやつらは我が国の国土から発生したのだ。ならば我が国の国民だろう」

「大した屁理屈ですね。しかし、それでは我が国が困るのです。あやつらは既にレムスをターゲットにしています。だが、私は異邦人の好きにさせるつもりはない。だから……私は彼らをくい止めるべく、ネメアをもらいにきました」

簒奪さんだつか。ふん、昔とった杵柄じゃな」

 クリスティーナは歯をむき出して嘲笑った。


 アレクが叔父を皇帝の座から引きずり落としたのは十年前のことだ。

 アレクとテオの母親は、前々皇帝の第五皇妃だった。母は、もともと、皇帝の第一皇妃に仕えていた女官だった。女官とはいえ、ネメア公国大公の落胤(らくいん)で、にもかかわらず、母親の身分が低かったがゆえに第一皇妃付きの女官として、輿入れの際にネメアからレムスへやって来ていたのだった。それがレムス国皇帝の目に留まり、寵愛を受け、男子を授かった。

 唯一の男児、しかも双子だった。晴れて国母となった第五皇妃だったが、その結果は、彼女にとってあまり幸せな事ではなかったのだろう。当時の母を思い出す時、悲しげな顔しか思い出せないのはそのせいだ。いつも籠の鳥のような瞳で、外ばかり見ていた姿を思い出す。母は、王宮を出たかったのだと思う。だが、アレクとテオが生まれたせいで出られなくなったのだ。

 父亡き後、本来ならば、直系長子であったアレクが皇帝を継ぐべきところを、父の弟つまりアレクやテオの叔父が継いだのは、二人の母、つまり第五皇妃の血筋が問題視されたからだった。その皇帝選定の折、アレクが皇帝になることを反対した筆頭が、このクリスティーナ伯母だった。彼女は第一王妃の後ろ盾であったが為に、身分をわきまえず第五皇妃となったアレクとテオの母親をひどく忌み嫌っていた。

 アレクとて、そもそも皇帝になりたかったわけではない。叔父が皇帝としてレムス帝国を盛り立ててくれるならば、なんの不満もなかったのだ。

 しかし、派手好きだった叔父は国庫を蕩尽(とうじん)し、足りなくなれば民から搾取し、国土を荒らした。

 民の悲鳴は、アレクの失望だった。


「泥棒猫の子は泥棒猫と言うわけか。じゃが、泥棒猫の末路は、そなたたちもよう知っておるだろうにな。そなた達の母がよい例じゃ。皇帝の寵愛など脆いもの。ちょっとした不手際や不信や陛下の心変わりですら命取りじゃ。しかも、お付きの騎士と道ならぬ間柄になるなど、恥もよいところ。さすが泥棒猫じゃな。そなたも皇帝になって、さぞ得意満々じゃろうが、足下の崖に気をつけるがよいぞ?」

 クリスティーナは呪詛のように悪態を吐き続けた。

 咳込んで言葉を途切らせたクリスティーナに、アレクはため息をつく。

「伯母上、一つだけ訂正しておきます。母は騎士と道ならぬ間柄などにはなっておりませんよ? ぬれぎぬです」

 アレクの言葉を聞いてクリスティーナは気が触れたように笑い出した。

「ぬれぎぬ? それが真実だったとしてどうなる? 陛下に切り捨てられたあの女が戻ってくるとでも?」

 第五皇妃は不貞の罪により当時の皇帝、つまりアレクの父自らの手によって切り捨てられた、ことになっている。

「……戻ってくると言ったら、どうしますか? 第一皇妃と共謀してぬれぎぬを着せた罪を、母に詫びてくれますか?」

 クリスティーナはふんと鼻でせせら笑うと、それこそぬれぎぬだと言い放った。

「仕方がない。これ以上の話し合いは無駄なようだ。貴女には、どうでもレムスへ来てもらう必要がありそうだ」

 アレクがクリスティーナに向かって手をかざすと、クリスティーナも同じように手をかざした。二人の間で激しく火花が散る。部屋の中の調度品や家具が二人を中心にした同心円状に吹っ飛んだ。破壊された扉から、轟音を聞きつけた衛兵たちが駆け込んできた。その衛兵達の前に、黒竜に変化した銭塘君が立ちはだかる。立ちはだかったと同時に、銭塘君は雷鳴のような雄叫びを上げ威嚇の炎を吐いた。

 兵士達が見守る中、アレクとクリスティーナの間の閃光は、二人の間を行きつ戻りつしていたが、やがてアレクの形成が優勢になっていった。抵抗していたクリスティーナの手のひらにアレクの放つ光が触れた途端、クリスティーナは空間の裂け目に吸い込まれたかのように消失した。

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