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第四十六話 公式行事、前日宵の口

 知らせに来た女官とリンが慌ただしく出て行くと、妃奈は窓から外の様子を探る。外は夜遅い時間にもかかわらず、松明たいまつが明々と焚かれ、いつもよりざわざわしている。城中が浮き足立っているのが、妃奈の居る部屋まで伝わってきていた。

 やっぱり、私も行けるようアデルに直接お願いしよう。

 外の衛兵に案内を頼もうとドアノブに手を掛けると、施錠(せじょう)されたのかドアノブが動かない。

 え? あれ? いつの間に鍵が?

「あのぉ、ここを開けてもらえませんか? 誰か居るんでしょう?」

 ドアをドンドン叩いてみたが、外からの返答はなかった。

 人手が足りなくて見張りの兵が居なくなったのかな? それで、代わりに施錠していったんだろうか?

 妃奈は考え込みながら部屋の中を行ったりきたりする。

 窓から出るのも無理そうだよね。

 以前、妃奈が窓から歩廊に出たせいで、空気取りのために窓を半開きにすることはできても、外には出られないように固定されていた。

 仕方がない。

 妃奈は部屋の隅の床板をはがし始めた。以前、アレクが城下の街に連れて行ってくれた時に脱出した抜穴だ。城の外まで行くのは、距離もあるし、無理かもしれないけど、近くの施錠されていない部屋に移れば、そこから脱出できるかもしれない。

 その時、ふいに背後から慎也の困惑した声が降ってきた。

「ちょっと、おねーさん、何してるの?」

 後ろから声を掛けられて、妃奈は驚いて飛び上がった。

 うわっ、びっくりした! 慎也がいることを忘れてた。

「私もネメアに行こうと思って。アレクを、陛下を助けに行きたいの。だから、ここを出るよ」

「どうやってネメアまで行くのさ?」

「アデルに一緒に行けるように頼んでみる。それがダメなら、自力でなんとかする」

 紫竜を呼べばなんとかなるような気はする。竜ってどれくらいの速度で飛ぶものなんだろうか。新幹線ほどのスピードはでなくても、空を飛べば最短距離をとれるぶん速いはずだ。関東から北海道、うん、きっと何とかなる。

 地理的にこの国を把握できたせいか、楽観的になっていた。

 いっそのこと、最初から紫竜を呼ぼうかな?

 アデルが自分を連れて行ってくれる気はあまりしない。アデルは妃奈がいかに役に立たないかを知っている筆頭だからだ。

 だけど、紫竜に乗るのに、アレクみたいにバルコニーから飛び乗るなんてのはハードルが高すぎるし、慎也みたいにバルコニーづたいに跳び移るのだって無理だ。せめて歩廊に出られれば……。とにかく、この部屋からでなきゃ何も始まらない。

 今の時点で、この部屋から出る方法はただ一つ、地下しかない。

 でも地下には、蜘蛛のポムポムがいるんだよね。ポムポムは竜も食べるのかな……。微妙だ。ってか、本当に私、竜なのかなぁ。

 未だに信じられない。

 と、とにかく、手近な部屋に移れればいいんだもんね。なんとかなるよ、きっと……。

 タイルの端に指を掛けて思いっきり引き上げる。

 重い。めっちゃ重い。

 歯を食いしばって力を込めていると、ふいにタイルが軽くなった。

「へぇぇ、こんな所に抜け道があるんだ……」

 慎也が手伝ってくれたらしい。タイルの下に広がる闇をのぞき込みながら感心したようにため息をついた。


 一報を知らせに来た女官に、アレクの安否を問いつめると、女官はこう告げた。

「陛下におかれましては、突如起こったネメア城下での小競り合いに巻き込まれたご様子で、戦闘中に負傷されたようでございます。クリスティーナ様から、その知らせがたった今届いたのです」

 女官は、そこから声を潜めた。

「実はこれは妃奈様にはお知らせせぬ方が良いとリュシオン様にはおっしゃるのですが、陛下の負傷はかなり深刻なご様子で、血塗れたマントが逆召還されてきたのです。そのマントは貝紫色の、陛下しか身に着けることを許されていないマントで、陛下のものに間違いないと……。本来、そのような事態ならば、一刻も早く陛下ご自身を逆召還すべきところを、そのようなマントだけ返すというのは、いささか剣呑だと……」

 妃奈は瞠目して口を押さえた。

「アレクは……陛下は、どうしてそのような場所にいらしたのですか?」

「陛下はネメアのクリスティーナ様に呼び出されたのです。公式行事の前に、直に話したいことがあるからと……」

 そんな……アレク!

 体が勝手にがくがくと震えてくる。

「今、アデル様がネメアに向かう準備をされております。そこでアデル様はネメア出身であるリンに同行するようにと……」

「分かりました。すぐに参ります」

 リンは女官に頷くと、動揺する妃奈の手を取って、小さく笑った。

「妃奈様、私、行って参ります。大丈夫ですよ。妃奈様はここで待っていてくださいませ。陛下はきっとご無事ですよ」

「私もっ! 私も行きたいです。私も連れていってください」

 リンの(そで)を掴んで懇願する妃奈の手をやんわり外しながら、リンは妃奈の目をのぞき込んだ。

「いけません。妃奈様に万が一のことがあってはなりません。ネメアとは国交があるとはいえ、我が国とはまだまだ不安定なつながりの国です。妃奈様をお連れして何かあれば、止めなかった私どもは叱られますし、何よりも陛下が悲しまれます。アデル様ならクリスティーナ様と同じレムス王族ですし、ネメアも無体なことはしない筈です」

「でもっ!」

「妃奈様、あなたはあなたにしかできないことをなさいませ。あなたにできることは、陛下のお戻りを出迎えることくらいではありませんか?」

 って……そりゃね、私には、それくらいしかできませんよ。馬にだってろくに一人で乗れないし……。しかし、なんかその言い方、棘があるなぁ。

 リンにそう言われて、一瞬カチンときたものの、その場はいったん引いた。事実だから反論できなかったとも言うけど……。

 リンの後ろ姿をぼんやりと見送る。

 だけど、一人になった途端ブンブンと頭を振った。

 やっぱ無理。大人しく待ってなんて、とてもしていられない。

 ――そちは決して無茶をしてはならぬぞ?

 アレクの不安げな顔も脳裏を横切ったけど、再度首を振る。

 だから~、アレクが怪我をしたなんて聞いて、じっとしてられないっつーのっ!


 妃奈は、地下の暗闇に向かっておずおずと声を掛ける。

「ポムポム~、ポムポム居る? 居ないよね。ちょっとだけ降りるけど、気にしなくていいからね~」

 そう妃奈が言い終わるか終わらないうちに、ドンッと背中を押されて、彼女は暗闇の中に落下した。

「うわぁぁぁぁ」

 ドサッと落ちた妃奈の隣に、やはり何か叫びながら慎也も落ちてきた。

「いってぇぇぇぇ、チクショー、誰だよ押したの!」

 痛くて声も出せずに倒れていた妃奈が、ようやくの思いで起きあがると、頭上で床板が閉じられるのが見えた。

 誰か居たの?

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