第四十四話 公式行事、前日
妃奈のいる部屋から直接見ることはできないのだけれど、各地に所領を与えられて治めている王族たちが、続々と王宮に集まっているらしい。開門を知らせるラッパの音が、時折鳴り響く。
ルテル女官長の言う公式行事は、明日に迫っていた。
王宮に戻ってから、すでに一週間が経とうとしている。あれ以来アレクとは会ってない。テオ殿下でさえ顔を合わせることがないのだ。どちらも双翠宮には戻って来てないのかもしれない。その代わりのように、第二王妃のアデルが、妃奈の部屋に毎日やって来ていた。
「妃奈、今日から私が、公式行事に必要な作法を教えるわ。時間がないからビシビシ行くわよ?」
あの日、竜妃の衣装のサイズを確かめに来たルテル女官長が退出するとすぐに、アレクの第二王妃であるアデライードは、張り切った様子でやってきた。しかつめらしい顔をしたリュシオンを従えて、やってきた。
彼女は、隣国シノン王国に嫁いだアレクの姉の子で、シノン王国の第五王女として生まれた。が、外遊中のアレクに見初められ、レムス帝国の第二王妃になったということになっている。表向きは。実際は、シノン王国の王位継承権争いに巻き込まれ、命の危険に晒されていたところを、見かねたアレクが手を回して連れ帰ったのらしい。
あれ? 第二王妃様って、確かすごく強い竜がいるコワい王妃様じゃなかったっけ? 以前、アレクはそんなことを言っていたようだけど……。
しかし、目の前にいるのは、華奢で小柄なかわいらしい少女だ。
アデルは、レムス王族の血を濃く受け継いだらしく、金髪碧眼で、アレクやテオ殿下が女性に生まれたらこうだっただろうと思うほどの美形だ。ややつり上がったキツネ目系の青い瞳。すっきりととおった鼻筋。ふっくりとした艶やかな唇は熟れたサクランボのようで、とても愛らしい。
アデルは、凄まじいという形容詞を躊躇なく使えるほどに、美しかった。
おしむらくは、十五歳にしてはやや発育不足なところだろうか。側近や本人さえ気づかぬうちに、微弱な毒を盛られていたらしく、小柄なままで発育が止まっていた。しかし、逆にそれが、彼女に妖精のような神秘的な雰囲気を与えている。
自分の立ち位置が今一つ掴めていない妃奈は、困惑する。
第二王妃ってことは、やっぱり、私は邪魔な存在だよね……。
だけど何の屈託もなく、いきなり和やかにダンスレッスンを始めたアデルに、恐る恐る妃奈が問うと、彼女は鈴のような声を響かせて笑った。
「そんなことちっとも気にしないわ。だって考えても見てよ。アレクに恋をするって、自分に恋するみたいなものじゃない? だって、アレクってば、お父様よりも私にそっくりなんだもの」
小さい頃は、アレクこそが自分の本当の父親なんじゃないかと密かに疑いさえしたこともあるらしい。
「むしろ私は、アレクの傍に、一緒にいて楽しいと心から思える王妃が居てくれて喜んでいるの。しかも、異世界出身の竜妃なんて! 私まで楽しくってしかたがないわ!」
王族同士だと腹のさぐり合いで気分が悪いし、一般人だと、どうしても距離を感じてしまうのだと言う。彼らにとって王族は元々畏怖すべき対象なので、それは仕方がないことなのだそうだ。その点、竜妃で、尚且つ異世界出身者ならば、そのどちらにも該当しない。色々訊きたいこともある。面白くてワクワクするとアデルは笑った。
妃奈もつられて笑いながら、ふとセレン妃を思い出した。
彼女は北の国の王族だと聞いている。彼女は、妃奈のことをどう思ってるんだろう。それに、第一王妃はどうなんだろう。彼女に関しては、王宮でも姿を見たこともないし、話さえあまり聞いたことがなかった。
ってか、噂さえほとんど耳にしないんだけど……。どんな人なんだろう。王族なのか、一般人なのか。それさえ知らなかった。
第一王妃はどこにいるんだろう。私のことを……どう思ってるんだろうか。そもそも私のことを知ってるのかな。
――レムス王族は謎が多い。
妃奈は一人ため息をつく。
アデルとリュシオンは、この一週間、入れ替わり立ち替わりやってきては、妃奈にレムス帝国の作法をレクチャーしてくれた。日にちがないので、どれもこれも突貫工事だ。主に、リュシオンが教養面を、アデルが作法とマナーを担当してくれた。
「妃奈様、兎に角、日にちがありません。今から、ざっくりとレムス帝国の歴史と文化を説明いたしますので、しっかり頭にたたき込んでください」
朝早くからやってきたリュシオンの講義を受ける。
どこがざっくりなのだぁぁ、と叫びたくなる。が、ここはぐっと堪えて集中する。さもないと、聞き終えた後、容赦なく降り注ぐ質問に答えられないし、答えられなければ、次の日までに読まなければならない資料が増えるのだ。寝る時間がなくなる。
午後からは、アデルにダンスや乗騎の扱い方を習う。公式行事では、竜妃は単独で乗騎に乗って行進をしなければならない場面があるらしい。本来なら儀式の際には、王族は竜に乗るのが一般的なのだが、今回の儀式には、乗騎に竜を使わないということが決まっているのだとか。
「妃奈ぁ、あなたそんな馬にも乗れないの?」
鐙に足を掛けたまま、片足でテンテンと引きずられる妃奈に、アデルの呆れた声が降ってくる。
ネプトゥヌスに限らず、妃奈は馬に人気がない。どの馬も嫌がって妃奈を乗せてくれないのだ。クシャミで嫌がらせをしたネプトゥヌスなど、乗せてくれただけまだマシな方だったらしい。どの馬も、妃奈に怯えているようなのは気のせいだろうか。
ビクビクした様子のポニーほどの小柄な馬(オレンジとピンクの斑だった)に乗った途端落馬して、地面にばったり倒れた妃奈を見おろして、アデルはため息をついた。
地面に仰向けに倒れたまま、立ち上がる気力も尽き果てた妃奈は、青空を見上げて一人ごちる。
ところでさぁ、私、竜妃になるって、いつ承諾したんだっけ?
怒濤の展開で、頭が追いついていなかったけど、竜妃として公式行事に出席すると言うことは、アレクの妃の一人になったってことなんじゃないだろうか。それって、私は結婚したって事なんだろうか。そんな人生の一大事を、こんな簡単に流れ作業みたい進めるのって、なんか違くない? ってか、そもそも誰の竜妃なの? まさかアレク以外の……なんてことは、ないんだよね。 そんな肝心なことさえ、アレクに確認できてない。
私、これで良かったのかな? もー、アレクってばぁぁぁ。
……会いたいよ。会って、話がしたい。
ようやくのことで、竜妃として、体裁だけ整えることができた行事前日の夕刻、部屋の窓から一人外を眺めていると、突然隣のバルコニーから人影が飛び移ってきた。驚いて後ずさる妃奈に、暢気そうな声が聞こえてくる。
「よっ、おねーさん。久しぶり。こんな王宮の奥深くに居たんだ~」
慎也だった。




