最終章5 『守護神、再結成。そして……⑤』
真島純は逃走した。
だが、この逃走は決して戦略的なものではない。ただの突発的な、思い付きの、一時の感情に任せた逃走だった。彼は怖かったのだ。そして、迷ってもいた。だから、その迷いを振りきるかのように、ひたすらに逃げた。そして、この状況を一番理解し、誰よりも早く反応したのは、他でもないライトだった。
「早く追いかけなさい!こんなチャンス、たぶん二度とないんだからね!」
「言われなくても」
ライトはもう、悪魔ではないので純のような人間離れした行動はできない。したがって、こんな風に誰かに頼ることしか、純とは対等な関係を作ることができなかった。そんな彼女がここまでする理由を問われれば、それは純のため、と答えるしかない。彼の嘘を、偽りの仮面を壊す必要があった。
孝樹と和音はボーンによる鎧をその身に纏い、真っ先に純を追いかけ始める。その間に光流は、青龍を召喚し、その背にほのかたちと乗り込むと、空へと舞い上がる。
そして、真実をめぐる最初で最後の追いかけっこが始まった。
◇◇◇
緑の閃光が純の横を掠める。その光に見覚えはある。あの砲撃の光だ。
純はスピードを落とし、屋根のひとつに足をつけた。彼は、和音たちと違って、跳ぶことはできても、飛ぶことはできない。その差が、決定的な違いとなって、確実に和音たちとの距離を縮めていく。
十五メートル、十メートル、五メートル……。
純が先程まで足をつけていたところに、緑の砲弾が着弾する。そして横切る二つの影。
「どこに行くつもりなのかな?カッコ悪いよ」
「邪魔だ!どけ!」
純は和音に向かって拳を振り上げる。その拳に迷いはなかった。和音は斬撃で、それを受け流しつつ、同時に次の攻撃に入る。しかし、純の反撃にあい、剣をあっさりと折られる始末だった。
だが、和音は笑っている。気が付くと純の視界から孝樹の姿が消えていた。
「うぉぉぉおおおっ!」
純はそう雄叫びが聞こえた上方向に視線を移す。孝樹が速度をあげて迫ってきていた。かわそうとして方向を変える純。しかし、それも罠だった。今度は幾重もの鎖が和音の周りに出現し、二人を縛っていく。束縛。これで純は身動きがとれなくなった。
「へへっ。残念でしたっ!捕獲完了」
目の前に迫る和音の視線に、純は耐えがたいような自責の念に駆られていた。それは純自身のパワーとなり、次第に鎖はミシミシと音をたて始める。
「あれっ?」
次の瞬間、鎖は決壊、純は再び自由の身となった。
「ごめんっ!和音……!」
純は目の前で驚いた表情を見せる和音に、そう謝罪の言葉をかけると、間髪入れず彼女の横脇腹に、強烈な蹴りをお見舞いした。めりっ、という音と共に、和音は声ともならない音をたてて崩れ落ちる。
「何しやがる!そこまでして逃げる必要性がどこにあるって言うんだ?」
再び、逃走を図った純の両足に孝樹はそう言いながらしがみついた。
「はなせ!孝樹!」
「嫌だね」
孝樹がどうしても離そうとしないので、純がバランスを崩し、そのまま二人仲良く屋根から転げ落ちるはめになった。しかし、純は何とかして空中で孝樹の手から逃れると、孝樹を踏み台にして、再び空へとジャンプした。
「砲撃!」
離れ際に、孝樹の放った捨て身の攻撃。その緑の閃光は純の左肩部分に被弾した。しかし、純はその痛みに耐えながらも、怯むことなくその場を離れていった。
純は再び逃走した。
しばらくは、誰にも遭遇することはなかった。けれども、純はわかっていた。きっとまた誰かが自分を邪魔しに来ることを。そして、その予測はすぐに当たることになった。
「慧か……?」
視線の先に見えるひとつの人影。それを確認すると純は再び表情を歪めた。そして、彼女は純の方に指先を向け、口を動かす。
「水宮殿」
同時に、純は水の球体の中へと閉じ込められた。水の抵抗で満足に四肢を動かせないのはおろか、酸素を遮断され、おまけに視界もよく見えない。何とか、もがき、あがき、水宮殿の中から上半身を出す純。しかし、酸素を肺に送る純に待っていたのは、炎の鉄槌だった。
「燃やせ!炎華業王剣!」
たちまち、純の体は炎に包まれる。もう一度、水宮殿の中に潜ろうとすると、左手首をつかまれた。先程負傷した左肩もおまけに痛む。誰の手かを確認するまでもなく、刻の腕だとわかった。そして、炎の中から姿を現す刻。
「歯を食いしばれ!すぐに眠らせてやる!」
刻はそう言って右拳を握る。しゅっと風を切る音がして、純の顔に痛みが走る。
「刻ぃぃぃぃぃ!」
純がそう叫び、意識を失ってないことを確認すると、刻は再び拳を振り上げる。しかし、それよりも早く、純は彼の胸ぐらをつかむと、思いっきり投げ飛ばした。叫び声をあげながら、刻は、慧へとぶつかる。
二人が追ってこないことを確認した純は、再び逃走した。
左腕を負傷し、体全体が炎に包まれた。純はそんな負傷した体を引きずりながら逃げ続けた。しかし、今度純の目の前に現れたのは、壁だった。それは比喩的な意味では決してない。物理的な意味での壁が目の前に立ちふさがっていた。
「こんなことができるのは、詩くらいだな」
そう呟きつつ、純は右手で壁を叩く。その部分を中心として、ヒビが入り、その亀裂は瞬く間に、広がって、壁は崩れ落ちた。けれども、その先に待っていたのも、また新しい壁。その先にもきっと、また壁があるのだろう、と彼は思った。だから、がむしゃらに破壊し続けた。まるで何かのしがらみをたちきるかのように破壊し続けた。
その先に待っていたのは、光流だった。
「四獣召喚。青龍、白虎、朱雀、玄武。現実召喚!」
純を取り囲むように現れたそれらのモンスターをみて、純は苦笑いするしかなかった。
「光流。お前は俺を恨んでもいいんだぞ。いや、恨むべきだ」
「そんなことはしない。もう決めたことだ」
なにかを諭すように、そう言葉を投げ掛ける光流に対し、純はなんとも言えない気分になった。もうやることはひとつしかなかった。
「うりゃぁぁぁあああ!」
目の前の白虎に対して、純は拳を振るう。しかし、力なきその攻撃に、白虎はびくともしなかった。光流は合図を送る。とたんに、四獣の一斉攻撃が始まる。純は為す術がなかった。
そして、純は物理的にも、精神的にも負けた。
そんな彼のもとにやって来る、一人の少女。
「ほ……のか……」
純の目に見えたのは、優しく微笑む連城ほのかの姿だった。




