最終章3 『守護神、再結成。そして……③』
神箜第二学園、生徒会室。
冷房装備のないこの部屋は、真夏のこの時期には、長時間居座るのには適していない。ならば、すぐにでもクーラーをつければいいだけの話なのだが、いかんせん、この学校には、生徒会にそれをつけるだけの余分な予算が無いのである。
したがって、夏休みにも関わらず、その休みを返上して、この部屋で仕事をする生徒会役員は汗水を垂らしながら、自費で買った扇風機を回し、仕事に励んでいるのである。
そんな状況に文句ひとつも言わず、書類整理に追われる副会長の姿が今日もここにあった。
「ほのかちゃん。こんちはー!あーそびにきたよー!」
「ひっ!」
突然、肩に手を置かれたほのかは驚きのあまり、辺りにプリントをばらまいてしまう。
「あわわっ」
「ごめんね。驚かせちゃったかな?」
振り返ると、そこには元気そうに笑う和音の姿が。そして、そんな和音に溜め息をつきながら冷ややかな視線を送る詩と慧の姿もあった。
ちょうど、生徒会室は涼しい風が通るように、すべての窓とドアを開けてある。そのせいか、和音たちが生徒会室に入る気配をほのかは察知できなかったのだ。きっと、うるさい音をたてて作動している扇風機のせいもあるのだろう。
和音は、肩に抱えていた、大きなクーラーボックスをよいしょ、と床に置くと、腕をまわし疲れをとりながら、ほのかに向かってこぼした。
「相変わらず、お仕事頑張ってますねえ。こんなときに生徒会長さんはどこをブラブラしてるんでしょうかねえ?」
「むう。ホントだよ。帰ってきたら、一杯お仕置きしなくちゃね。もうっ」
ほのかも散らばったプリントをかき集めながら、和音に同調した。
真島純が姿を消してから、一週間が経とうとしていた。その間、残された守護神の七人は、話し合いの場を設け、結論として、彼を受け入れることを選択した。しかし、問題はそれだけでは終わらなかった。
純は学校にも来なければ、家にも帰ってなかった。文字通り姿を消したのだ。今はそんな行方知らずの彼を探すことに、七人は日々を終われているのである。
「何か、手掛かりは見つかった?」
「全然。今日は男子組がちょっと離れたところまで探しに行くって。それで何かわかればいいんだけど」
「そう……」
ほのかは残念そうに呟いた。
考えたくはなかったが、最悪の場合も想定できた。純が最後に残した言葉通り、純とはもう二度と会うことはない、そんな想定。ならば、もっと思い出を作っておけばよかったと改めて後悔した。純には記憶がないとしても、ほのかには記憶があるのだ。子供の頃から続く、大切で温かな思い出。
「もう、会えないのかな……」
ほのかはボソッと言った。それは本当に小さな囁きだったが、ほのかと一緒にプリント拾いを手伝っていた詩の耳には確かに届いていた。彼女は言った。
「大丈夫ですよ。私も見つかりますように、って毎晩お星さまに祈ってます。それに今日は朝の占いで『待ち人来たり』って出てましたよ。だから大丈夫です」
「ありがとう」
ほのかはそれを聞いてにっこりと笑った。彼女は再認識したのだ。支えてくれる仲間はこんなにも近くにいるのだから、それに感謝しなければいけないと。
しかし、そんな雰囲気を壊すように、和音は口を開く。
「毎晩お星さまに祈ってるって、何それかわいい。詩ちゃんってロマンチックだねえー」
「べ、別にいいじゃないですかあ!」
詩は顔を赤らめて和音に返す。明るすぎず暗すぎず。こんな雰囲気を作り出せるのも和音や詩のなせる技であり、守護神の魅力のひとつだった。
そんな大切なことを思い出させてくれる仲間は、やはり大事だ。
「と、こ、ろ、で。こんな気温ですし、冷たいものでもと思いまして、こんなものを持ってきました!」
和音は藪から棒にそう言うと、持ってきたクーラーボックスを開けて、中に入っていたあるものを取り出した。
「氷……?」
「それと、かき氷メーカー!」
生徒会室内に歓声があがる。
和音がわざわざ、荷物になるクーラーボックスを持ってきたのにはこのような理由があったのだ。 差し当たって、かき氷に必要な材料は全て和音が揃えていた。あとは、氷を機械に詰めて、ハンドルを回すだけ。ここにきて、一番ハイテンションだったのは、好奇心旺盛な慧だった。彼女は機械から出てくる小さな氷の結晶を、目を輝かせて観察していた。
「ボク、かき氷作るとこなんて初めて見た。何て……幻想的なんだ……。すごいよ和音」
「いやー、そんなに誉めると照れるなー」
実際にすごいのは和音ではなくかき氷メーカーなのだが、なぜか和音は嬉しそうだった。
それから、四人は出来上がったかき氷にシロップをかけて食べて、頭がキーンとなったり、色が染み付いた舌を見せ合ったり。それは楽しいひとときだった。
「ああー、冷たかった。冷たいけど、やっぱり暑い」
「暑いですね、この部屋」
和音はだらりと机にうなだれる。外は夏真っ只中。いくら、窓を開け、扇風機を回しているとはいえ、外の空気自体が生暖かいので、体感的にはそう涼しくは感じない。
「そうだ、いいこと思い付いた」
急に慧が生き生きとしだした。慧があんな表情を作るときは、慧の好奇心をそそるものが琴線に触れたことに他ならない。そして、慧は右手を天井に向けて高くあげたかと思うと、叫んだ。
「霧雨」
途端に、生徒会室の中には小さな水滴の粒が充満した。こんなことができるのも、慧が水の元素融合体だから。そして、それはすこしずつ、部屋の気温を下げていった。
慧は得意気な顔をして話し出す。
「解説しよう。水というものは、固体と液体と気体という三つの状態がある。今ここで私は液体の水を出した。そして、液体の水というのは気体になるときに、回りの熱を奪う性質がある。いわゆる、吸熱反応だ。この性質を使って、部屋の温度を下げてみた」
「すごーい」
夏真っ只中。部屋の中には白い霧。見た目にも実質的にも涼しい演出だった。
しばらくは、その恩恵を堪能したほのかであったが、急にあることに気づき、慌てる。
「あわわっ。ストーップ。止めてー」
慧の発生させた水分は、生徒会室のプリントにも確実な被害をもたらしていた。
「出力も考えて欲しかったな」
「ごめんごめん」
慧はその顔に反省の色を浮かべた。
◇◇◇
一日の終わり、夕方。下校の時間である。
ほのかたち四人は生徒会室の戸締まりをして、学校をあとにした。
「さっきはごめんね、ほのか」
「いいの、気にしないで」
校門を出たところ、慧はもう一度謝った。
男子組からは先程、収穫なしという連絡がメールで届いた。結局、純はいまだにどこにいるのかわからずじまい。そんな現実を嘆くように、ほのかが溜め息をついたときだった。
「あ、見つけた!ねえ、ちょっと!」
校門前にいた、Tシャツにホットパンツ姿の少女が、ほのかの顔を見て声をあげる。ほのかにとっても見覚えのある顔だった。彼女はライト。ほのかを探して、わざわざここまで足を運んだのだった。
彼女は急いで駆け寄ると、口を開く。
「ジョーカー。じゃなくて、真島純って言うんだっけ?あいつの情報を知りたい?っていうか、教えてあげるから、連れて帰って」
彼女の口から出てきた真島純という単語に、ほのかは敏感に反応する。彼女は連れて帰ってほしい、と確かにそう言った。その意味を考えていたとき、ライトは手に持っていた白い紙をほのかに突き詰める。
「明日、この場所この時間に、あいつがここに行くように仕向けとくから。あとは強引にでも連れて帰ってよね。わかった?」
ライトは紙をほのかの手に押し付ける。ライトはそれが終わると、もう用事は済んだというように、きびすを返して立ち去ろうとした。
それをほのかは無理矢理呼び止める。
「待って!あなた、確か悪魔だったわよね。どうしてこんなことするの?」
「疑ってるのか?もしかして、罠だと思ってる?」
「それは……」
ライトの返しに、ほのかは口をつぐむ。
「まあ、仕方がないことなのかもね。でも、別にだまそうとか思ってるわけじゃないよ。私だって、もう悪魔の身じゃないんだし、これからはそれなりに真っ当な生き方をしてくつもりだから。でも、どんなに御託を並べても、結局、最後はわたしを信じて、っていうしかないんだけどさ」
ライトはどこか懇願するような声を出していた。それを聞いて、ほのかも拒否する気には、なぜかなれなかった。
「わかった。ありがとう。疑ったりしてごめんね」
「いいって別に」
「最後に聞きたいことが一つあるの」
ほのかは目の前の少女に対して、ずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「あなたは純とはどういう関係なの?」
ライトは一瞬だけ言葉に詰まる。
「……ただの同居人だよ。今のところはね」
ライトはそう呟いて、今度こそ振り返ることなく、神箜第二学園をあとにしたのだった。




