青井朝顔……ふざけてないぜ? 作者はいたってまじめ!
申すことなどない!
「はあ、でもよかったです。もし否定されたらどうするかと……」
「あなたは一体、私をどんな風に思っているのよ。まあいいわ、それじゃあ一緒に生活するわけでし、この辺で自己紹介としましょう」
そう言うと彼女は席を立ち、椅子の隣に並んだ。
「私の名前は神崎咲。えーと血液型はA型。好きな食べ物はヘルシーな食べ物。スリーサイズは上から百・四十・百。これからよろしくね」
平気で少女は嘘をつき席に座った。
僕がお花だけに、相手は咲……ぷぷ。ってなんか今、咲さんの影響がでたぞ。危ない、危ない、こんなつまらないことを言ってる場合じゃなかった。
彼女の自己紹介も終わったところで僕の番がきた。
椅子を引き席を立つ。
「吾輩はアサガオである。名前はまだない。血液型は――」
と、そこまで言うと「ちょっと待って」と咲さんに止められる。
「どうしたんですか?」
「どうしたんですか? じゃないわよ! なんであなた名前が無いのよ! それにその言い方! あなた夏○漱石っ! ちなみに血液型言ってみなさい!」
「えーと、血液型は葉緑型?」
「なによそれ! そんな血液型ないわよ! 緑なの? ゾンビみたいで気持ちが悪い!」
「気持が悪いっ!」
咲さんは机をバンっと叩いて抗議をしてくる。
なにも気持ちが悪いまで言わなくてもいいじゃないか。血液型に葉緑型がないのは、葉緑が体内に入っている人がいないだけであって、体内に葉緑体が流れている人がいれば葉緑型だって生まれていたかもしれない。
それをゾンビだの気待ち悪いだの……。
「そんなこと言われたって、しょうがないでしょう! 名前なんて必要なかったし、血液はグリーンなんですから!」
「いいわよ、それじゃあ名前から決めていくわよ!」
「あーはい! じゃあ名前決めてくださいよ!」
お互い喧嘩口調でテーブルに身を乗り出しながら会話をする。
共同生活が始まって一日目でさっそく先が思いやられる光景だ。咲だけに……って! ふざけたことを考えるんじゃない! 僕!
「はい! 決まりました!」
「じゃあ発表してくださいな!」
「青井朝顔よ! 由来は、あなたがお花だった頃に青い花を咲かせていたから!」
「あーそうですか! 僕はお花だったころ青いアサガオだったのか……」
僕は青かったのか、今さらながら初めて知った事実だった。
それでアサガオだった時の反映で目も髪も青と……よくできた設定だ。
「す、素敵な名前ありがとうございます。怒鳴ったりなんかいてすいませんでした」
なんだか我を忘れて怒鳴っていたのがバカバカしく思えてしまい、立ちあがっていた体を席へと着かせた。
「そ、そうね。仲良くやっていきましょう、朝顔。血液が緑の人もいるよね」
いや、それはいないと思ったが、咲さんは乱れた髪を手で綺麗に直し席へと座った。
朝顔――なんだか懐かし、くすぐったい響きである。僕も裏庭に生えていた頃は、近所のおばさんが「綺麗なアサガオねぇー」と話かけてくれたものである。けれど、今は『アサガオ』ではなく『朝顔』なので後者の名前を呼ばれたのは初めてだ。
「なんだか嬉しそうね」
そんな僕を見かねたのか咲さんが不思議そうな顔で訊いてきた。
「あ、ええ、だって朝顔なんていい名前じゃないですか。ありがとうございます咲さん」
「さ、咲さん……っ」
「ううん? 咲さんもなんだか嬉しそうですよ? どうしたんですか?」
咲さんは急に赤面状態になってニマーと笑っていた。
「いや、だってさ、咲っていい名前じゃない? 呼んでくれてありがとね」
その日から僕達の共同生活は始まった。
あれから一時間ばかしお互いのことや、これからの方針などを話してあっという間に楽しいお食事の時間は終わっていった。
正直、僕はまだアサガオだったころの影響で、だいぶ前から眠気に襲われていた。けれど、せっかくの人間になった一日目だ。これくらい我慢をしなくては。
「ところで、朝顔って物知りよね。さっきなんて軽く英語使っていたし」
と、突然咲さんが、片付けたテーブルに頬杖をつきながら訊いてきた。
軽い英語とは逃亡を試みた時に言った、グッバイのことだろう。
「ええ、アサガオだった時の記憶は何年経ってもそのまま永久保存されるので、近所のおばさん達が話していた情報や、裏庭にいる笹木さんって植物に教わったことがそのまんまメモリーされています」
「へぇーそれじゃあ朝顔頭がいいんだ」
「まあ、悪くはないでしょうね」
「で、ところで笹木さんって笹の木の笹木さんのこと?」
「え、ああ、そうですよ。六十過ぎのおじいさんですから、いろんなこと知っているんですよ、周りの植物は親しみを込めて笹木さんと呼んでいます」
「へぇー笹木ねぇー」
「うん? どうしたのですか?」
咲さんはなんだか僕の話に納得のできないような曖昧な返事をする。
「いやーね、笹木さんってちょうど十年ぐらい前に突然庭に生えてきたのよ。それも一夜にして二メートルぐらいね。そんなことを思い出していたら返事が曖昧になっちゃっただけ」
へぇー、これは新情報だった。
そういえば笹木さんはすごくたくさんのことを教えてくれる人ではあったが、自分のことについては教えてくれなかったな。って笹の木について教えるようなことも無いっちゃ無いんだけどね。
まあ、僕の話で咲さんが退屈したわけじゃなくてよかった。
話に区切りがついたところで改めて話題を変える。
「ところで今日は何月何日ですか?」
「今日? 今日は七月七日だけど、それどうかしたのかしら?」
なんとなく訊いた質問に思わぬ答えが返ってくる。
「えっ! 七月七日!」
「う、うん。そうだけど、なに? 自分の誕生日が知りたかったの?」
誕生日っ! そうだ、僕が気づいたのはそっちじゃないけど、たしかに今日が僕の誕生日なのか。初めての誕生もしっかり裸だったしたしかに人間が生まれる瞬間っぽい! ってその話はこの辺にして、
「今日、七夕じゃないですか! 早くしないと一日が終わっちゃいますよ!」
七月七日――それは夏の風物詩。
咲さんがさっき言った大抵の願いが叶う、一年に一度しかないチャンスの日。
しかもその日が僕の誕生日。それを僕達は食卓テーブルで会話を交わしながらみすみす見逃そうとしていた。
「うん、知ってるわよ。それがどうかしたの?」
「どうかしたのじゃありませんよ! 七夕ですよ! 願いごとしましょうよ!」
さも、当たり前のように動かない、咲さんの手を引いて外に出ようとする。
「嫌よ! 私もう願いごと叶ったし、近所の人に変な眼で見られるわ!」
「なに言ってるんですか! 願い事なんてたくさんあってなんぼのもんでしょう! それにこの時間帯、おばさんはうろついてないから大丈夫です!」
「わかった、わかったからじゃあちょっと待って、短柵とかがないと駄目でしょう?」
まるで小さい子をあやすかの様に言われ、食卓テーブルに着くと、奥の部屋から咲さんがピンク色の大きな画用紙を持ってきた。
その間に時計で時間を確認すると十一時半と結構時間が押していた。
「ほら、まずはこれで短柵を作って願い事を書く。それからよ、外に行くのは」
そう言うと咲は画用紙を半分に切り、ハサミと一緒に半分に切られた画用紙を僕に渡してきた。
ハサミ。これは笹木さん、その他の植物曰く、ものすごく凶器的な物らしい。このハサミと呼ばれるもので、数々の同胞が首を切られ、飾られたとか。
「おぇ……」
「な、なに、急に吐きそうになってるのよ! なにかあったのっ!」
危ない危ない、考えただけで気持ち悪くなってしまった。でも、まさかこんなところで躓くとは思いもしなかった。これはハサミに触れそうにない。
「す……すいませんけど……僕の分の短柵を作ってくれませんか?」
「な、なんだかわからないけど、気分が悪そうだからいいわよ」
それから五分後。
「いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ! なに書きます? なに書きます?」
「なんだかわからないけど、いきなり回復したわね……」
咲さんは僕の分と自分の分を作って、ペンを握っていた。もちろん僕もペンを握って、もう松尾芭蕉の如く、小さい正方形の短柵という紙に願い事を書こうとしていた。
しかし、ここまできてあれだが、僕には願い事など浮かばなかった。
それもそのはず、僕は今朝までただのアサガオ――一つの植物に過ぎないのだから、願いなどというものを抱かなかった。強いて言っても雨が降りませんようにとか、一日でも長く生きれますようにだ。
「詰んだ……」
「もう! なによ、さっきから具合悪そうになったり喜んだり落ち込んだりって、ついていけないわよ!」
そんな僕を見かねたのか咲さんがペンの先をこっちに向けて怒っていた。
「いやぁ、気づけば僕、願い事とかなかったんですもの……そりゃ、落ち込みますよ」
「なら、別に願わなければいいじゃない。無理に願う必要ないのよ?」
と、言われてもこの紙に願えば叶うかもしれないのに、願わないなんてことはできまい。
ペンで何やら一生懸命字を書いている咲さんを見つめる。
咲さんは友達ができないと言っていた。それは恥ずかしがり屋のせいで、裏を返せば友達が欲しいという意味だ。いや、友達が欲しくないなんて人はいないだろうからそれは当り前か。
そして、あくまで僕の推測だが『友達が欲しい』みたいなことを願ったのだろう。そしてそれはどういう経緯か僕が人間になって友達設定で現れた。
じゃあ、咲さんは僕一人で満足しているのか? いや、そんなはずはない。友達なんていうものは多くてなんぼのもんだ。決して一人で十分なんてことはあるまい。
「ねえねえ、咲さん。咲さんは友達いっぱい欲しいですか?」
僕の目の前でインク独特の臭いをふるわせながら字を書いている咲に訊いてみる。
「え、私? そりゃ友達いっぱい欲しいわよ。ていうか朝顔と友達作りしてもらうつもりだったし」
「え! 初耳ですよ! 友達作りするのですか?」
「うん、そうよ? なにか文句でも?」
咲は下を向いたまま当たり前のように言うと「できた!」と大声を上げて短柵を掲げた。
うん、この調子だと友達がたくさん欲しいに間違いなさそうだ。なら、こう書いても問題ないだろう。
僕もペンを持ってさっさと短柵に書くことにした。
「よし、できた」
「えーと、どれどれ?」
「ちょっとやめてくださいよ! 見ないでくださいー!」
書き終えて手を離した隙に覗きもうとしてくる咲さんを封じて、その内に短柵を回収する。
「いいじゃない、結局なんて書いたのよ?」
「嫌ですよ。それよりそろそろ時間が危ないので行きましょう」
別に七夕が今日の零時をもって終了ってわけではないのだが、七月七日が七夕であって七月八日は七夕じゃない。言うなれば、シンデレラの魔法が解けてしまうようなもんだ。もし零時を回ってしまうと、なんだかお願い事が叶わなくなってしまうのではないかと、思い急ぎ足で裏庭に回った。
途中、後ろからなんとか短柵を覗こうと頑張っている咲さんがいたが無視をする。
裏庭と聞いたら影に当たっているというイメージをするかもしれないが、ここの裏庭は、お昼にはこれでもかってぐらい日は当たり、風はあまり当たらないとすごく植物(主にお花)には環境のいい場所だ。
そして一番端に生えている三メートルはあるだろうとおもわれる笹木さんの場所へと行く。
「へい、笹木さん。この間まで、隣にいたアサガオですよ! 人間になりました!」
…………。
もちろん返事は返ってこない。なんだか馬鹿みたいだ。
「ほら、馬鹿やってないで早く吊るすわよ」
そう言って咲は僕が吊るすのを待っている。
きっと吊るしたあと、僕の短柵を覗く気なんだろう、だがそんな甘い考え僕にはお見通しだった。
「いえいえ、咲さんからどうぞ、僕は後からやりますから」
「あら、そう。それじゃあ朝顔肩車して」
「え? 肩車?」
「うん、肩車」
咲は平然とした顔で言う。
その、とても口にはしづらいが、咲さんはその、短めのスカートなのだ。夏は暑くてスカートを穿く気持ちはわかるのだが、スカートを穿いている女の子を肩車するというのはとてもエッチな感じがして、その僕に短柵を見られたくないという気持ちはわかるけど、それじゃあ……。
「ほら、はやく!」
「は、はい!」
咲さんが背中を引っ張って急かしてくるので、思考が停止し、慌ててしゃがみ咲さんが乗ったのを確認すると一気に立ちあがった。
「うわぁー、高いわねぇ! 朝顔もうちょっと前に行って」
「は、はい!」
左右を見てみると、白いもちもちとした肌、まるでおもちみたいだ。
「朝顔重くない? もし重くても我慢するのよ?」
上からそんな声が聞こえてくるが、なにを言っているか理解ができない。
まさか、人間になってこんなに早く、桃色のハプニングが起きるとは。
咲さんはなにやらもぞもぞ動くし、その度に左右のおもちは動くし、ほんと、
「大変だ」
「うん? どうしたの朝顔? なにが大変なの?」
「え? あ、ううん、なんでもないです、それより吊るしましたね、それじゃあおろしますよ?」
「うん」
おおっと、まさか考えていたことが口から出てしまうとは、これまたビックリ。もし、僕の考えていたことが咲さんに知られてしまうと、煮られてしまう。
なんとか、咲さんを下におろして自分の分の短柵も咲さんには見られないような高い位置につける。
笹木さんには悪いが、今年一年だけもう一度地獄と感じられる短柵吊るしを味わってもらおう。うん、たった二つだから大丈夫。
「よし、それじゃあお家に入りましょう」
「そうですね」
そうして僕達は何事もなかったかのように、部屋に入り、もう定位置とかした席に座って咲さんがお茶を入れて来るのを待った。
「それにしても、なんだか今日は本当に大変だったわね」
「ほんとですよ。まさか自分が人間になるとは思ってもみませんでしたからね」
そんなことを言いながら咲さんがお茶の入ったコップを二つ持ってきて、僕の前に置く。
それを僕は「ありがとう」と言ってなんも躊躇もなく飲んだ。
そんな姿を見てなのか、
「朝顔って入浴剤のお花はダメなのに、そのお茶のお茶っ葉やさっきの晩御飯のサラダは大丈夫なのね」
と訊いてきた。
「ええ、だってこのお茶っ葉はお茶っ葉になることを望んでいただろうし、あのサラダに入っていたものは食べてもらうことを望んでいただろうから」
「へぇー、それってつまり朝顔は植物と会話ができるってこと?」
咲さんはお茶をすすりながら、少し関心をしながら僕に訊いてくる。
「いいえ、違いますよ。勘です、勘。もし、自分ならって考えただけです」
まあ、植物だった時に、周りから聞いた情報もあるのだけれど、それはあえて言わないことにした。
「なんじゃそりゃ」
咲は呆れたように言うと、一気にお茶を飲み干す。
「そういう咲さんは、ここで一人暮らしを?」
「ええ、そうよ。私は一人でもできる女だから一人暮らししているの」
そう言う彼女の表所ははっきりと嘘ですと書かれていた。
喜怒哀楽が表情に出やすいとは思っていたが、喜怒哀楽だけではなく、苦嘘笑泣も出やすい人なんだな、と思った。喜と笑が似ているようなきがするがその辺は気にしないでいただきたい。
咲はすっからかんになったコップをもつと、キッチンに向かい、「パジャマに着替えてくる」と言って奥の部屋に行ってしまった。
「さて、僕はどこで寝ればいいのやら」
僕も一気にお茶を飲み干し、キッチンにある二つのコップを洗って待つことにした。
えへっ、長かった?