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009.ぼっち、また美人と出会う


「……はぁ……。

 戦ってる時は、気にならないけど……一息ついて正気に戻ると、大きいトンボやゲンゴロウと戦ってるのって、わりと正気とは思えないよね……」


 誰に言うでもなく、リリィはぼやく。

 そもそも、探索者なんて仕事そのものが、正気の沙汰ではないのかもしれないが。


「……そう思ったら、ダンジョン怖くなってきた……なんで、わたし、怖いのに何度も潜っちゃうんだろう……なんか、剣も重く感じちゃうよね……いや、実際重いんだけど」


 ふとした時に、こうやってダンジョンや探索についてぼやいてしまうのは、もはや癖だ。実際にそう思ってはいるのだが、だからといって探索を辞める理由にはならない。


 さておき、二階にさえ降りてしまえば、鉱石カエルの生息地はすぐだ。


「でもまぁ、ここはジェルラビが出てこないから安心……かな」


 色んなダンジョンの低層――特に入り口や階段周辺に生息していることの多いジェルラビは、ゼリー状のまん丸ボディに、ウサ耳風の触手と、ウサ尻尾風の触手の生えた、可愛いモンスターだ。

 モンスターとしては最弱ながら、その見た目の愛らしさから、探索者以外から愛されている。


 ある種のマスコットとかゆるキャラ扱いで、グッズがでてるぐらいだ。

 おかげで町中で怖いあんちくしょうの顔をやたら見るハメになってしまい、ジェルラビが苦手なリリィとしてはシンドい限りである。


 さておき、二階降りてすぐ右手の方にある紫陽花の壁と木々に円形に囲まれた、それこそモネの池を思わせるような場所。


 そんな池の(ふち)を右周りに進んでいくとある岩場。そこの隙間を縫って奥にいくと、このダンジョンらしからぬ、岩と泥濘(ぬかるみ)だけで構成されたようなエリアがあった。


「うん。いるいる……相変わらず怖いし気持ち悪い……」


 鉱石カエルの群生地。

 ただ鉱石カエルを倒せるだけ程度の探索者が迷い込めば、ここに大量に隠れているカエルたちから袋だたきにされかねないような場所。


 鉱石カエルだけで構成されたモンスターハウスのような場所――と言えば、ゲーム好きには通じるかもしれない。


 そんな場所へ、リリィは自信なさげに、けれど躊躇(ためら)いはなく、踏み込んでいく。


「……ひぃ……!」


 ギロリと、カエルたちの視線が一斉にリリィに向いた。

 思わず喉の奥で悲鳴を上げるリリィだったが、それでも構えも警戒も解かない。


「やっぱりこわいよぅ……ううぅ、でもお金も、ご飯も、欲しい……」


 ぶつぶつとぼやいていると、しびれを切らした一匹がリリィに襲いかかってくる。

 

「……ぜぇいッ!」


 かけ声とともに剣を振り上げる。

 一太刀にて縦に断ち切り、真っ二つになった鉱石カエルが宙を舞う。


 落ちる前に素早くSAIで回収して、剣を構え直す。

 単独(ソロ)で群れと戦う場合、この回収作業が非常にネックになる。


 ただただ倒せばいいのであれば気にする必要はないのだが、素材としてモンスターの角や皮などの部位、あるいは肉などが欲しいとなると急激に難易度が上がるのだ。


 なぜなら、死んだモンスターは放置しておくと、黒いモヤとなったあとでダンジョンに吸収されるように消滅する。


 だから素材が欲しい場合は、その消滅より先に、回収する必要があるというワケだ。


「可能な限り、倒して、回収する……!」


 舌が伸びてくる。

 粘着力の高い先端に触れないように、伸びきった舌の中程を掴む。

 そのまま勢いよく引っ張って、舌を伸ばしたカエルを引き寄せ、切り裂く。


 完全に両断せず、半ばまで切り裂いて絶命させたあと、即座にSAIで回収。

 続けて飛びかかってくるカエルを複数匹まとめて切り払う。


「カエル気持ち悪い……けど、倒しやすいの、助かる……!」


 言葉とは裏腹に、どことなく戦闘大好き系(バトルジャンキー)な顔をしながらリリィは大剣を背負うように構えるのだった。


 なお、この鉱石カエル。

 このダンジョン内の出現モンスターの平均ランクより一つ二つ上の強敵なのだが、リリィは気づいていなかったりする。


   ・

   ・

   ・


 一方の麗麻――


「葉っぱ?」


 地図についている道順を見ると、この葉っぱの上を示しているようだ。


 少しだけ不安になって、手近にあった握りこぶしほどの大きさの石を葉っぱの上に投げた。

 大きく揺れたものの沈むことはなさそうだ。

 ふと思って、地図に印のついてない似たような葉っぱへ、同じような石を投げる。すると葉っぱは大きく歪んで、石はそこから零れて池の中へと沈んでいった


「初見ダンジョンだし、地図に印のついてる葉っぱだけ使おう。うん」


 落ちたらびしょ濡れだけではすまないだろう。

 モンスターとかも泳いでるっぽいし。


「よし、進んでみるか」


 おっかなびっくり葉っぱの上に飛び乗ってみる。

 不安定ではあるが、沈む感じはなく、難しいが踏ん張れないワケでもない。


「気をつけていけば、なんとか」


 そうして、葉っぱと葉っぱの間にある岩の上に飛び乗り、次の葉っぱへ。

 そのタイミングで、池からまん丸い魚が飛び出して、襲いかかってきた。


「……! このッ……!」


 咄嗟(とっさ)に銃剣を構えて、先端の刃で魚を突き刺す。

 さらに銃剣を振るった時、視界の端に巨大なトンボのようなモンスターが映った。


 ほぼほぼカンのまま振り向きながら、刃にささってピクピクしている魚をトンボの方へと振るって、投げる。


 そのまま銃剣を構え、ダンジョン内でのみ使える不思議なチカラ――マナを武器に込めた。


 どうやらカンは合っていたようだ。空中で投げた魚がトンボとぶつかる。


 その瞬間を見極め――


武技(アーツ):バーストバレット!」


 ――スキル宣言と共に、弾鉄(ひきがね)を引く。


 炎を纏った弾丸が銃口から吐き出され、空中でもつれたモンスター二匹のうちの魚に直撃。瞬間、小さな爆発が起きて二匹まとめて吹き飛ばし、池に落ちていく。


 倒せたかどうかは定かではないが、トンボは羽が燃えていたし、魚の方もかなりの火傷を負っていた。すぐに復活して襲ってくることはないだろう。


「今のうちに、ここを越えなきゃ」


 息を吐いて気を取り直すと、不安定な葉っぱの足場に四苦八苦しつつ、対岸へと移動した。


「ここ……確かに、乞田川ダンジョンの低層程度の強さだけど、足場のせいで難易度が段違い(ダンチ)なんだけど……」


 もちろん、こちらの方が高い。


 地面に銃剣の先端を突き刺して発動するようなスキルもあるのだが、葉っぱの上だとちゃんと使えるか分からない。

 足場が悪い上に、取れる選択が狭まるのはかなり厳しい。


 それに葉っぱの上だと、銃を構えるのにも安定感がなくて照準(エイム)に問題が出る。


「あと、モンスターとの遭遇(エンカウント)率が高い気もする……」


 見た目は綺麗なのに、全然落ち着けないダンジョンだ。


「リリィちゃん、ここをソロでふつうに進んでいけてるんだよね。すごいな」


 自分との実力差を感じつつ、麗麻はそれでも自分の実力でもまだ進めると判断する。


「弾もマナも余裕がある。うん。もうちょっと行ってみよう」


 武器に使う銃弾や、自分の体内に宿るダンジョンで特殊能力(スキル)を使うのに必要なエネルギー『マナ』の残量を確認。


 問題ないと判断すると銃剣を背負い直し、麗麻は地図を確認すると奥へ向かって歩き出した。


   ・

   ・

   ・


「んー…相変わらず、キリがない……」


 三十匹ほど倒したあたりで、リリィはそうぼやいて、下がっていく。


「この岩場から抜けると追ってこないのはありがたいけど……」


 ひとまず、逃げ切って一息つく。


「これだけあれば、少しまとまったお金になる……ご飯、食べれる」


 よし――と、気合いをいれてから、元来た道を引き返して歩き出す。といっても、上へと向かう階段はすぐそこだ。


 倒せた鉱石カエルの成果にホクホクとした気分になりながら階段を上がりきる。

 すると――


「あ、リリィちゃんだ。やっほー!」

「……ッ!?」


 あの美人さんが、どうにも疲れた様子でそこにいた。

 すぐに逃げだそうと思ったものの、その疲れている様子が気になってしまったリリィは、動きを止めて、彼女を観察する。


 とはいえ、気になることではあるので、一つ訊ねた。


「どうして、ここに?」

「んー……何となくリリィちゃんを追いかけて?」

「なんとなく……なんだ」

「そ。なんとなく。ちゃんとお話ししたいなって」

「…………」


 今まであまりされたことのない反応だ。

 リリィはどう返していいか分からない。


「ただ、今は別の意味でリリィちゃんに会いたかった」

「別の、意味……?」

「うん」


 にへらっとした顔を引き締めて、美人さんがうなずく。

 そのシリアスな空気に、リリィは少し気持ちを引き締めて答えを待つ。


「実はさ、乞田川ダンジョンの上層と大差ないって聞いたからここに来たんだけど……」

「あー……」


 リリィは即座に理解した。

 確かに出現モンスターの強さなどは乞田川ダンジョンの上~中層と大差はない。

 ただ、ここのダンジョンは足場の悪さや、死角から襲ってくるモンスターが多いので、とにかく疲れるのだ。


 美人さんは、それで疲弊してしまったのだろう。

 リリィとしても美人さんをここに残して帰るのは気が引ける。

 誰かと一緒に動くのは怖いけど、それでこの人が死んでしまうのはリリィは望んでいないのだ。自分を気に掛けてくれる人に死んで欲しいとは思えない。


「わかり、ました。一緒に、帰りましょう」

「……良かったぁ。さすがに断られたらどうしようかなって思ってたんだ」


 本当に安心した様子の美人さんに、リリィも少しだけ嬉しくなる。

 人とお話ししたり付き合ったりするのは怖いし苦手だし嫌いだ。

 けれど、こうして自分が何かをしたことで、相手が笑顔になる瞬間は好きなのだ。


「前回といい今回といい、助けられてばっかしで、ダメダメだね。あたし」

「あ、いえ……その、えっと……」


 少し落ち込んだ様子の美人さんに何と声をかければいいのか分からず、あわあわしているリリィを見て、彼女は笑う。


「まぁともあれ、面倒を掛けるけどよろしくね。

 あ。そだ。あたしは、宗尾(ソウビ) 麗麻(ウラマ)。麗麻でいいからね~」

「あ、はい。ウラマさん。えっと、最果(モトクワ) リリィ……です。よろ、よろしく……」

「うん。リリィちゃん。改めてよろしくね」


 そうして二人はエントランスに戻るための帰路につく。


 その途中、ちょうと階段と階段を繋ぐルートの中間地点にあたり。

 円形をした広い中州のような、砂利の広がる乾いた場所。


 そこに、女性が一人立っていた。


「リリィちゃん、あの美人……知り合い?」

「ううん。知らない人。ウラマさんは?」

「あたしも知らない人だな……」


 この期に及んで、また知らない人が増えるのか――とリリィが思っていると、そこにいた女性は、鉄鋲(てつびょう)が組み込まれた、恐らくはモンスターの皮製の穴あきグローブを両手に付け、構えた。


「……ウラマさん、下がって……」

「え?」

「よく分からないけど、あの人……()る気……」


 そう言いながら、リリィが剣を構えるのを見て、麗麻は素直にうなずいて下がる。

 本当は一緒に戦いたい麗麻だが、自分とリリィの実力差は大きい。


 そのリリィが、麗麻に言ったのは「構えて」ではなく「下がって」だ。

 つまり、目の前の女性との戦いにおいては、麗麻は足手まといなのだろう。


「どうして……そんなにやる気なんですか?」

「強いていえば、お仕事……かな」

「仕事?」


 女性の答えにリリィが首を傾げた直後――


「……ッ!」


 ――女性はとんでもない速度で踏み込み、一瞬で間合いを詰めるとリリィに向けて拳を振りかぶった。


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