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008.ぼっち、水車小屋ダンジョンを進む


 中沢池公園は、U字型に近い形をしたゴルフ場の敷地の、その隙間にあるような縦長の公園だ。


 今は時期ではないが、花菖蒲(ハナショウブ)紫陽花(アジサイ)が綺麗な場所で、運が良ければホタルも見ることが出来る場所である。


 もっとも、花にもホタルにも興味がない――あるいは興味を持つキッカケがなかったともいえるが――リリィからすれば、それはどうでも良い話。


 公園の最奥には釣り堀があって、その手前には水車小屋がある。


 これは本物の水車小屋だ。


 下をくぐることのできるアーチ状の水路から水がこぼれて、水車を回す。

 近くの池や、そこから流れる小川などからの水に対するダムの役割ももっている。

 その制御装置などのあるこの小屋は、ダンジョンではない。


 ではダンジョンは……と言えば――


「うーん、何度見ても頭がおかしくなりそうな入り口」


 本物の水車の手前にある広場のような小さな空間。

 砂利の広がるその真ん中に、水車小屋がある。

 外の水車も完備していて、止まることなく一定のペースで回っている。回っているのだが、そこは小川や池といった水場ではなく、砂利の地面そのもの。


 ダンジョンの入り口であるこの小屋の水車は、まるで砂利なんてないかのように、貫通して回っているのだ。


「ま、いいんだけど」


 ともあれ、水車を無視すればただの小屋だ。

 ただこれは、ダンジョンの入り口を囲うようにあとから作られた小屋ではなく、そもそも入り口が小屋の形でここに出現したものだ。


 日本人の感覚的にはすごい奇妙な感覚を覚える位置にある扉をあけて、小屋へと入る。

 小屋の中は狭く、大きめの機械が置かれているのだが、この機械もリリィの常識と当てはめると奇妙な感じがする。


 とはいえ気にしてても仕方がないので、その機械の手前に大きく口を開ける階段を見る。

 階段のせいで装置を操作する場所がないのだが、所詮はダンジョン。考えるだけ無駄だろう。


 階段を降りると、学校の体育館を思わせるくらいの広さをした、木造ロッジ風の正方形空間が現れる。


 ダンジョン定番のエントランスなのだが、リリィはこのダンジョンのエントランスはあまり好きではなかった。


 影がなく、どこもまんべんなく明かりが当たっているせいで、居場所がないような気がするのだ。

 洞窟とか森の形をしたダンジョンのエントランスのように、形が歪で、影の濃い場所があるようなエントラスの方が好きだ。


 ともあれ、エントランスを抜けて、さらに下へと向かう階段を降りる。


 すると、目の前に広がっているのは水田あるいは湿地帯のような風景の場所だ。

 満開の紫陽花による壁が複雑に立ち並び、水菖蒲や、睡蓮(スイレン)などの咲く綺麗な池や、田んぼなどが広がっている。


 ダンジョンのある公園の植生をベースにした、迷路化したモネの池とでもいうべきか。

 美しい光景ではあるのだが、リリィはあまりダンジョンの美しさなどには興味がなかった。


 道は、道幅の広いあぜ道。あるいは、あぜ道そのものが迷路のように入り組んで存在しているというべきか。

 加えて、このダンジョンでは池に浮く巨大な葉っぱの上にも乗れたりする。


 もっとも、あぜ道にしろ葉っぱにしろ足場としてはあまり良くないので、そういう意味では探索難易度の高いダンジョンだ。


「……まずは、二階を目指そう」


 リリィはこのダンジョンによくやってくる。

 二階に生息している鉱石ガエルというモンスターを倒すためだ。


 鉱石ガエルは、背中のイボが鉱石になっている、ゴールデンレトリバーくらいの大きさのカエルである。


 背中の鉱石は色々と使い道があるとかで高く買い取ってもらえる。

 しかも、ダンジョン食材としてその肉も一部から人気があるので、他のダンジョンではレアモンスター扱いされており、その出現を確認されれば、腕利きたちのターゲットにされやすいモンスターだ。


 ……となれば、腕に覚えのある探索者たちがこのダンジョンに集まりそうものなのだが、しかし、このダンジョンは人気がない。


 そもそも住所的にアクセスの悪い場所にあることも理由だが、それ以上に人気の少ない理由がある。


「よっと!」


 リリィが飛び乗った、池に浮かぶ巨大な葉っぱ。

 池の上には似たような葉っぱが多く浮いており、それでいて全ての葉っぱに乗れるワケではないのだ。


 けれど、先へ進むにはこういう上に乗れる葉っぱを利用して、移動しなければならない。

 落ちたところで死ぬことのない池ではあるが――それでも、ピラニアのような魚モンスターを筆頭に、ゲンゴロウのようなモンスターなども、少ないながら泳いでいる場所だ。


 さらには、あぜ道の狭さや、広い場所でも地面は泥濘(ぬかる)んでいたり、滑りやすい砂利だったりと、とにかく足場が悪い。


「わっ、と」


 足場を気にしつつ、リリィは剣を振るう。

 池から飛び出してきた、まん丸いトビウオのようなモンスターを切り払う。

 その隙を狙って強襲してくるトンボのようなモンスターへ、残心(ざんしん)からの振り上げで両断した。


 そしてこんな感じで、池や上空からモンスターが奇襲してくる。


 池や小川から飛びだしてくるのは、このまん丸いトビウオだけでない。

 ヤゴやゲンゴロウ、アメンボのようなモンスターも池や小川に生息している。


 当然それらも、こちらを獲物だと認識すれば襲ってくる。


 ロケーションが悪いことは元より、他のダンジョンと比べるとモンスターとの遭遇率や強襲率が高いのも人気のない理由である。


「え~っと、こっち……だ」


 葉っぱを飛び移りながら、迷いのない足取りで、ダンジョンを進んでいく。


「ここの砂利は滑りやすいから気をつけないと」


 そう一息ついたところに、リリィの頭と同じくらいの大きさのテントウムシのようなモンスターが二匹、近づいてくる。


「ここで迎え撃つ」


 足場の悪さを気にしつつ、池や小川から飛び出してくるモンスターを警戒しなければならないのに、このようにトンボや、テントウムシのようなモンスターが頭上から襲ってくることがある。


 手早く倒して、SAIの中へと倒したモンスターを閉まっていく。

 倒したモンスターは放置していると、黒いモヤになってダンジョンに吸い込まれ、消えてしまうのだ。


 このテントウムシ型モンスター、トライスターバグの硬い甲皮はなんか利用できるとかで、それなりの価格でギルドが買い取ってくれる。だから、お小遣いの為にも、放置するのはもったいない。


「うーん、このダンジョン……個人的には美味しいと思うんだけどなぁ……」


 リリィはそう独りごちながら、SAIでモンスターの死体を回収していくのだが――とにかく、ロケーションが悪いという事実に、彼女は気づいていない。


 モンスターそのものの強さはさほどでもないのだが、駆け出しや調子に乗った探索者が痛い目を見る要素てんこ盛りというのもあって、このダンジョンは非常に人気がないのだ。


 リリィのように道を把握し、足場の悪さを理解し、水中や空中からの強襲も脅威と感じないのであれば、確かに穴場かもしれないが。

 あと、やっぱりリリィは気にしていないのだが、純粋に住所がアクセスしづらい場所にあるというのも要因としては大きいかもしれない。


「よし。階段到着」


 紫陽花で出来た壁というかアーチのようなものの下に口を開けた階段。

 降りる前に周囲を見回し、階段周りに異常がないのを確認してから、リリィはそこを降りていく。





 一方その頃――


「水車小屋の怪しい方がダンジョンってそういうコトかぁ……」


 地面を素通りしながら回転している水車を見ながら、麗麻は思い切り苦笑を浮かべる。


「ゲームの異常(バグ)みたいな光景をリアルで見せられると、めっちゃ怖いっていうのは新しい発見かも」


 水車の隙間に生身の人間とかが挟まったらどうなるか少し興味はあるが――


「ただでさえバグってるのに、さらにバグらせるような行動は危ないから、今はやめとこ」


 好奇心はある。だが、好奇心で(じぶん)を殺すつもりはない。


 小さく息を吐いて気を取り直すと、小屋の入り口を探す。

 水車の裏側正面に傾いた扉があったので、そこを開けて中に入る。


「……入ってきた位置と、内部の扉の位置が明らかに食い違ってるの気持ち悪い」


 中央付近から入ってきたのに、どうして内部の扉は端っこにあるのか。

 ダンジョンが異空間だからとはいえ、この不一致感というのは、なんとも奇妙だ。


「……しかも、よく分からない機械たちが、それっぽいシルエットの、全然なってない画像っぽくて、これも怖い……」


 まるでどこか、ボタンの掛け違いの発生した並行世界や怪異世界にでも迷い込んだような気分になってくる。

 機械に表示されている文字が、平仮名や漢字あるいは英語のような見慣れた文字のようで見たことのない字ばかりというのもあるだろう。

 AIに生成させたイラストなどに出てくる店の看板とか、それっぽい商品ロゴの存在しない奇妙な文字と言えば伝わるだろうか。

 あれをリアルで目の当たりにすると、居心地の悪さがすごい。


 ダンジョンなのだ。気にしてても仕方がないのだが、性分なのかついつい色んなものにツッコミを入れてしまう。


「プライベートだから、撮れ高気にしなくていいはずなんだけどな~」


 自分自身の行動に苦笑しながら、麗麻は階段を降りてエントランスへ。


「ひっろ。広いのに何も無いってそれはそれで怖いな」


 ともあれ、エントランスで左腕に腕輪として付けているSAIから、愛用の銃剣(ベイオネット)を取り出す。

 今日はプライベートなので、メイド服はなしだ。


 靴もダンジョン探索用の鉄板仕込みの編み上げブーツに履き替える。


 ちなみに、着ている服は、通っている学校の学生服そっくりだが、じつはダンジョン素材でオーダーメイドした、探索用装備だ。

 放課後にいちいち着替えて探索するのも面倒で作った品ながら麗麻的には悪くないと思っている。


 完全に余談ながら、配信で使っているメイド服もオーダーメイドした探索者仕様である。


「さて」


 ここのことを教えてくれた瀬羽の話では、足場が悪い上に水中や頭上から強襲してくるモンスターが多いとのことだ。


「あたしでも行けるなら、会いに行く。やばいと思ったら今日は諦める。

 リリィちゃんとお話しする機会があるのは今日だけじゃないんだから無理はしない。

 ……よし」


 目を伏せ、自分に言い聞かせるようにそう口にしてから、麗麻はエントランスの階段を下っていく。


 そして――


「うっわ~!? なにここ! すっご! めっちゃ綺麗……! 映えスポット全開の絶景ダンジョンじゃん! 今度配信でも来よう! すごいすごーい! きれ~!」


 ――思わずはしゃぎながらも、それでもモンスターへの警戒はなくさずに、麗麻はゆっくりとダンジョンを歩き出した。



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