『夢操の檻』 第九部:鋼の雨と青き残像 第2話
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3. 雲海の静寂、地獄の幕開け
作戦説明が終わると、機内には耐え難いほどの緊張が満ちた。 パイロットの背中は汗で濡れ、操縦桿を握る手が小刻みに震えているのが見える。ハルは無言で端末を叩き続け、ミナは自分の短剣の刃を指先でなぞりながら、虚空を見つめていた。
ヘリが、巨大な積乱雲の壁へと突入した。 窓の外が真っ白に染まり、プロペラの轟音だけが脳を揺らす。時間は、永遠に引き伸ばされたようにも、瞬きする間に過ぎたようにも感じられた。
(……怖い。死にたくない。リナ、僕は……)
アキトの胸の鼓動が、ヘリのエンジンの鼓動と重なる。恐怖が喉の奥までせり上がってきたその時――。
雲を抜けた。 そこには、陽光を反射して白く輝く、海上の怪物都市が横たわっていた。
「――全機、降下開始ッ!!」
無線から怒号が響いた瞬間、空は地獄へと変貌した。 「対空砲火! 弾幕が来るぞ!!」 ハルの叫びと同時に、機体が激しく傾いた。海面から突き上げるような無数のオレンジ色の閃光が、空を網の目のように引き裂く。
「落ちた機体がある!」 アキトは窓にへばりついた。隣を飛んでいた大型機が、翼を根元から引きちぎられ、火を吹きながら墜落していく。
別の機体は、青い半透明の光を放って砲弾を弾き返していた。 「……あれは、特殊能力……!」 だが、その光の盾も限界を超えれば、壊れてしまう。中の人間ごと無惨に弾け飛んだ。
アキトのヘリと並走していた一機の機内が見えた。 そこにいたのは、青い瞳をした美しい青年だった。年齢はアキトより少し上か。アメリカ人風のその兵士は、必死な形相でアキトに向かって何かを叫び、手を伸ばしていた。
プロペラの音と衝撃波で、その声は届かない。
次の瞬間、彼の体を巨大な砲弾が貫通した。 「あ……」 魂が抜けるのが見えた。光を失った青い瞳が、アキトの視界を一瞬だけ掠め、真っ逆さまに海へと吸い込まれていった。
「……っ、ああ、あああ!!」 アキトの目から、止めどなく涙が溢れ出した。誰かが死ぬ。名前も知らない誰かが、僕の隣で、たった一瞬で消えていく。そんな当たり前の絶望が、アキトの心臓を握りつぶそうとしていた。
4. 混沌の中への一歩
ドォォォォォン!!! 凄まじい爆発音が空気を震わせた。中央司令塔が、無人機の特攻を受けてゆっくりと崩れ落ちる。
「今だ! 着陸する、振り落とされるなよ!」
ヘリがアスファルトを削るような衝撃と共にメインストリートに接地した。ハッチが開いた瞬間、仲間たちは弾かれたように外へ飛び出していった。
アキトは機内の床にへばりついたまま、震えが止まらなかった。
外からは、勇ましい叫び、絶望的な悲鳴、そして絶え間ない銃声が津波のように押し寄せてくる。 メインストリートは、すでに凄惨な戦場だった。ヘリを盾にした簡易要塞の周辺には、敵味方問わず無数の死体が瓦礫のように転がっている。
その中を、自分よりも小さく見える子供たちが、泥にまみれて銃を抱え、必死に走り回っているのが見えた。
(……何をしてるんだ、僕は。何を、守られてるんだ)
リナは死んだ。あの青い目の青年も死んだ。 世界はこんなにも残酷で、不平等で、泥臭いのに。 自分だけが震えている姿が、滑稽で、情けなくて、我慢ならなくなった。
「……はは、……あはははは!」
アキトの喉から、乾いた、ヒステリックな笑い声が漏れた。 もう、悲しむのは飽きた。怖がるのにも疲れた。 アキトは愛用のハンドガンを震える手で掴み、立ち上がった。
「行ってくるよ、リナ」
アキトは、硝煙と血の匂いが渦巻く光の中へ、狂気を孕んだ笑みを浮かべたまま踏み出した。
ご覧いただきありがとうございました。
巨大海上要塞『ニューマザーズ』への突入、そしてアキトにとってあまりにも過酷な初陣の幕開けとなる回でした。
今回、特にこだわって執筆したのは、戦場の「生々しいまでの残酷さと圧倒的な物量」、そしてそれに直面したアキトの「心の決壊」です。
隣を走るヘリの、アメリカ人風の青い瞳の青年。ほんの一瞬だけ視線が交わり、助けを求めるように伸ばされた手が、次の瞬間に砲弾で無惨に引き裂かれ、海へと消えていく……。
便利な異能も、都合のいい奇跡も起きない本物の地獄を前に、アキトは恐怖の限界を超え、悲しみと恐怖に「飽きて」しまいます。
絶望が反転し、ヒステリックな笑みを浮かべながら、愛用のハンドガンで硝煙の渦へと足を踏み出すアキト。
まだ何者でもない、ただの16歳の少年が、裸の狂気だけで戦場へと踊り出るこの一歩の泥臭さと痛みを、そのまま感じていただければ嬉しいです。
狂ってしまった少年は、この地獄の戦場で何を目撃するのか。
「アキトの泣き笑いに鳥肌が立った……!」「この泥臭いディストピア戦記が読みたかった!」と思ってくださった方は、ぜひ下方の【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆→★★★★★)】をポチッと押して応援していただけると、ここからの激戦を執筆する最強の弾丸になります!
硝煙と血の匂いの中、少年の銃口が火を噴く次回を、どうぞお楽しみに!




