22 竜士特殊処理隊 偽りの航路
次の日の朝、指がくすぐったくて見ると、エレンが金の指輪をルザロワの右手の薬指にはめていた。
「え、何この指輪」
「婚約指輪の代わり。石付きは一緒に行って買おう」
「こんやく、ゆびわあ、婚約⁈」
ルザロワはやっと目が覚めて起き上がった。
『う、腰と股関節痛い』
「今度の休みにでも、ルザロワの叔父を紹介してくれよ」
「はあ?何で婚約したことになってるの?」
「お前が承知したから」
「狡いって!僕の意識があんまりない時に言わせたんだろう⁈最初から狙ってたな!」
ルザロワは半泣きになった。
「無理です、僕の前には絶壁の障害が立ちはだかっているんです。それを超えるのは無理です」
「何だよ、それ。まあ、仮に叔父さんからの強固な反対があったって最終的には結婚する」
「叔父さんだけじゃない。最も強力な…」
ルザロワは口篭った。
何故ヘイリングは障害にしかならないのだろう。
「まだ、何かあるのか?」
「うん、そうですね」
「大丈夫、何があっても結婚する」
「エレン、強気すぎ」
「絶対諦めない。ルザロワ、愛してる」
「エレン」ルザロワは顔を赤くして両手で覆った。
エレンはルザロワの手を外させて押し倒した。
「続きして欲しい?」何回もキスをされてから抱きしめられた。
「勘弁して下さい。もう充分です」
ああ、やっぱりエレン先輩には勝てないなあ。
もしかしたら、エディも説得してくれるかも、いや、それは僕の責任だ、と色々考えながら、やっとエレンを追い出した。
身支度を整え、第13分隊控え室に向かった。
任務開始時間を前に、「行ってきます」とキリーはやや尊大に、コップは面倒くさそうに言った。
「あなた達は我が第13分隊の代表なんですから、きちんと手伝ってきて下さい。絶対喧嘩しては駄目ですよ!」
「向こうが吹っ掛けてくるし」コップが言い返した。
「挑発は無視無視!任務遂行が第一!」
「はーああ」
「キリー、コップ、信じてます。気を付けて行ってらっしゃい」
ルザロワは不安でいっぱいだったが、二人はルザロワの頭をそれぞれぽんぽん叩いてから行ってしまった。
第13分隊の控室のテーブルで残った隊員強制全員参加のお茶の淹れ方講習が開かれた。
ルザロワがまず手本を見せて、皆に振る舞った。
クッキーを付けると我先に手を出そうとするので叱りつけて、正しいお呼ばれ方も教えた。
順番にやっていったので、良い加減腹がお茶でタプタプになった頃、大隊長の部下の一人が呼びに来た。
大隊長の部屋に急いで来いと言う。
ルザロワは茶器の後片付けを任すと部下の後に付いて走って行った。
部屋に行くと、第3分隊の隊長が後からやってきた。茶色の短い髪と眼鏡を掛けた茶色の目をしたすらっとした体躯のスプレンド人である。確か40代だ。
ダニエル・スカイと名乗った隊長にルザロワも名乗り返す。
「問題が起こりました」
二人を前にしていたが、ジャスコナートはルザロワを見て言った。
「輸送に行った第1分隊の2隊員と、第13分隊の2隊員、計4名が向こうの基地に到着してないと連絡が来ました。荷物もです」
「事故に巻き込まれたのですか?」
ルザロワは焦って突っ込んだ。
「だいぶ離れた場所を飛んでいたと、目撃情報が有ります。霧が発生し、一時的に降下した後行方がわからなくなったらしいです」
「そんな!今探してくれてるのですか?」
「今、向こうの基地にいて、帰投時に捜索する許可を出した」
「13分隊も加わってもよろしいでしょうか?」ルザロワは思わず言った。
「そう思って呼んだ。第3分隊に付いて捜索して欲しい」
「ルート沿いに行ったら宜しいか?」
スカイ第3分隊隊長が尋ねた。
「ああ、不明になった地点まで行って、そこから散開して3時間後に帰投して下さい。天気が雷雨になる予報だから急いでください」
竜飛行に雷雨はまずい。
「すぐ行こう。竜飛行場で集合だ」
「了解しました。13分隊は後2名出します」
「本当に少ないな。まあ、邪魔しなければ構わない」
スカイ隊長も、第13分隊に良いイメージは持っていなさそうだ。
「邪魔はしません!」ルザロワは二人に向かって言い放った。
「まあ、ガードナー隊長が着いてから、第13分隊の任務達成率は100%になったので、不安はだいぶ消えた」
「ありがとうございます」
「それなら、良いですけど」
スカイ隊長と別れて控え室に行き、内容を伝えると、流石にザールも「行きます」と立ち上がった。
全員で竜舎に向い、マイクとトムが三匹の様子を見てからそれぞれの竜に騎乗した。
渡された飛行ルートを飛び、不明となった地点の付近を散開して探し回った。
空は一層暗くなり、ルザロワが単騎、下を見ながら飛んでいるとアスナが吠えた。
前方に目を凝らすと、こちらへ向かって竜が飛んでくる。
静止して待っていると近付いて来たのは、コップだった。
「コップ!」ルザロワが叫ぶとアスナも吠えた。
「隊長!早く応援呼んでくれ!キリーが捕まってる!」
「え?どう言うこと?」
「早く!俺ら捕まってて、キリーが囮になってる間に逃げ出したんだ」
よく見ると、コップの片頬が赤く腫れ、服も乱れている。
ルザロワは慌ててミュラー、スカイ隊長に魔石通信で連絡を取ると、コップと共に現場に向かった。
「俺ら、最後尾をついて行ってたんだけど、急に霧が発生しだすと、前の奴らがどんどん航路を外れていくから後を追って行ったんだ」
「また勝手な事して!」
「だっておかしいだろ?呼び戻そうとしても無視して最速で行くから、こっちも最速で付いてったら」
コップは咳き込んだ。飛んでいる竜士の会話は大声になるので長時間は難しい。
魔石通信機は隊長クラスしか携帯していない。全員に持たせてくれていれば…とルザロワは悔しい気持ちになった。
「この辺だ、あいつら降りたの!あ、いた!」
乗り手のいない竜が三匹、旋回している。
下を見ると人間が固まっている。
「行くぞ!急着陸のついでに一掃!」
「え?」
返事を待たず、ルザロワは言った通りアスナを急降下させて固まっていた人間達に突っ込んだ。
着地したアスナは、逃げ惑う人間を追いかけては鼻先に引っかけたり、咥えては、上に放り投げている。
アスナから降りたルザロワは固まっていた人間の中心に倒れたキリーを見つけて駆け寄った。
「キリー!大丈夫ですか⁈」
ルザロワはソードを電撃モードにして、動いてる人間を全員払い除けた。
キリーは後ろ手に縛られて倒れていたが、切れた口から血の混じった唾液を吐きながら、「何とか」
と呻いた。
上を脱がされて、あちこち蹴られたり殴られたりしていたようであざや切り傷が痛々しい。
ルザロワは縄を解くと、竜の鞍に装備されている消毒薬で、キリーの傷を洗った。
「何人かは倒したけど、途中で油断して」
「何でこんな所にこんな人数が?荷物はどうしたの?」
ルザロワが上にいる竜達に指笛を鳴らして「降りてこーい」と叫ぶと三匹は素直に降りてきた。
だが、輸送している荷物が無い。
「こいつらが分けて持って行こうとしてた」
「単なる備蓄品を?」かばんが落ちていたが、それでは携帯食を少々運べるくらいだ。
ルザロワは不審に思ってカバンを開けると中に袋が入っていたので取り出した。
中を開けるとさらに薬を処方された時の小さな紙包みが沢山入っている。
「何かの薬っぽいけど?」
竜達が上を見上げて鳴き始めた。
「皆来てくれた!」
スカイ隊長が真っ先に降りてきた。その後ミュラー隊長も来た。
「これは、一体どう言うことだ?」
ハッとして辺りを見渡すと、輸送用の木箱は壊され、中は散乱してるし、人はもっと散乱している。
「丁度キリーが襲われていたので、制圧を」
「その中に第一の隊員も居たんだが」
「あ、それ、俺とコップ」
キリーが全く悪びれずに言った。
グオッと吠える声がしたので見ると、アスナが陸竜と竜車を引き連れて来ている。
「アスナ、どこから陸竜を連れてきたんです?」
「そこで待ってたのか」
スカイ隊長の部下が人を引きずりながらやって来た。
「ヤクの売人だそうです」
「何だと⁈」
「これでしょうか?」
ルザロワが袋と紙包みをスカイに渡した。
「それっぽいな、どこにあった?」
「誰かのカバンの中です。そんなの運んでたんですか?」
「そんな訳無いだろう!普通に食料と、テントの筈だ」
ミュラーが焦って言い返した。
「確認しましたか?」スカイ隊長が尋ねた。
「それは、この二人が…」
力無く返事が返ってきて、スカイ隊長は苦い顔をした。
「俺と副隊長で二人を拘束したまま帰投する。あとは、ここのものを全て回収してから、第13分隊も頼めるか?一緒に」
「クリス・ワイラーとコプティーソ・イオスは負傷したので、先に帰らせて下さい。私と後二人で後始末に参加します」
スカイはキリーとコップの様子を見て「許可しよう」
と言ったのでそうさせた。
ルザロワと、ヒュー、ザールは残って荷物の回収を行った。
あらかた回収して、帰ることになり、それぞれの竜の所へ向かっていると、ザールが小声で笑い出した。
「どうしたの?」
「いやね、帰ったら、うざいミュラーと副隊長はいなくなってると思うと嬉しくて」
「二人とも?」
「当たり前だろう?自分の隊の隊員が麻薬の運び屋だったんだ。責任を取って降格になる」
「麻薬の運び屋って決まった訳じゃ。知らずにとか」
「最初から取引のために離れて行ったんだろ?決まりですよ!」
「エレンまで、副隊長まで責任は無い」
「ジョジャは甘く無いですよ」ザールは上機嫌だ。
「まさか」ルザロワは不安になって口の中で言った。
ミュラーには初対面で散々言われたが、ザールほど憎んでいない、と思う。
それより、エレンはどうなるんだろう?最速で副隊長までなったのに。
どうせ帰ったら、ジャスコナートへ報告に行かねばならない。
「あー、憂鬱だなあ」
ルザロワは鬱々としながら二人を連れて戻ったのだった。
雨がまもなく降り始め、雷が鳴り始めた。
帰るまで保ってくれてありがたく思った。
帰って水を一杯飲んだだけで、ジャスコナートの部屋へ行った。
中へ入ると、ジャスコナートの机の前に、項垂れて立っているミュラーがいた。
「遅くなりました」
ルザロワはエレンがいないので若干ほっとして、少し離れてミュラーの横に立って敬礼した。
「第1のマクガイヤ副隊長、第3のスカイ隊長、第13のキリー副隊長から報告を受けた。第13分隊はよくやった。二人には褒章金が出る」
ルザロワは予想もしなかった成果に、思わず笑顔になる。懲罰に慣れた隊員達には良い刺激になる。
「ありがとうございます。喜ぶでしょう」
「ガードナー隊長、あなたは訓告。やり過ぎだ」
「え⁈部下が多勢にやられてたんですよ?助けなければ死んでいたかもしれないのに。卑怯者には情けは要りません!」ここ大事、とルザロワは強調した。
「やれやれ。それは個人の感情です」
ジャスコナートは、肘をついて自分の握り拳を顎に当てて、何か考えているようだった。
「シリウス・ミュラー第1分隊隊長、今回の処罰で解任だ」
「解任⁈そ、そんな!今回の事は全く予測できませんでしたが」
「軍に帰りたまえ。エレン副隊長は降格、隊長付き補佐官とした。これは本人にはすでに伝えている」
ルザロワはエレンが処分を受けたことは悲しかったが、第1分隊に残されたのに安堵した。
「私も減給処分を受けた。全く前代未聞だ。隊員が麻薬の運び屋だったとは!」
「本当に、そうだったのですか⁈」
ザールの言った通りだったが、信じたくは無かった。
「残された荷物を見たか?すでに監察官に第1分隊全員の聞き取り捜査をさせており、早い全容解明を進めさせています。
ガードナー隊長も、各隊員に個別面談して下さい。これ以上、悪の関与は無いと思いますが念の為です」
「早急に致します。ジャスコナート大隊長のお考えはわかりました」
ミュラーは青褪めた表情で口を噛み締め、直立不動だったが、握った拳は震えている。
ルザロワはとばっちりで辞めさせられるミュラーに少しは同情した。
ジャスコナートの処分の仕方は当然だが、これまでの第1分隊の働きなども全く考慮されず、言い方も事務的だ。
この男に情など求めてはいけないと、改めて思った。




