型にはまっているのはどちらか
魔法の実技試験が終わった後は、定例通り《筆記試験》を行うこととなった。
歴史の問題や、魔法の術式、あとは剣の扱い方などなど。
実に士官学校らしい、実戦的な問題だった。
でもまあ……正直、そこまで難易度は高くない。他の学生よりは18年のアドバンテージがあるわけだし、「剣の扱い方」に至ってはサービス問題と同義。問題的にはさほど難しくはなかった。正直な話、満点を取るのも難しくはないだろう。
だが、もちろん……これもそっくりそのまま回答したら大変なことになる。
(レナスいわく……合計の平均点は240点あたりだったか)
なるべく目立たないよう、最下位あたりの点数を取ることが肝要だ。
……いや、でも実技試験でやらかした可能性もあるからな。平均点より10点は上乗せできるよう、軽く調整をしておくか。
ちなみにだが、レナスもまた優秀な魔術師である。
彼女の本気を見たことはないのだが、少なくとも、この世界の平均よりは絶対に強い。レナスの手にかかれば、例のカカシはもちろんのこと、この学校を丸ごと破壊することさえ可能だろう。
それでも「レクターには敵わないわよぉ♡」と言ってくるのだから、本当に底が知れないけどな。
だから彼女も実技試験は無事に及第点。
筆記試験も余裕そうにしていたから、たぶん二人揃って合格できる――と思いたい。
そんな葛藤と戦いつつ、俺はなんとか試験を乗り切るのだった。
★
試験終了後。
サクセンドリア士官学校、職員室にて――
「ふむ。これであらかた採点は終了かな」
長テーブルの上座にて、ヴェール・アウグヌス教官は部下たちに投げかけた。
窓に視線を向ければ、すでに外は宵闇に包まれている。
当たり前のことだが、受験生を迎え入れるこの時期は例年忙しい。
明日には試験結果を貼りだす必要があるため、教員が総出になって採点活動に勤しむわけだ。まさに地獄の一日となるわけだが――数年前に採点のための魔道具が開発されたため、これでも幾分かは楽になっている。
あとは、有能な受験生を見逃していないか、採点ミス等がないか……全員で話し合ってから終了だ。
「ふぁぁぁぁぁあ……。疲れましたねぇ。ホント」
丸眼鏡を自身の服で拭きながらそう言ったのは――ニラフ教官。
魔術試験の試験官として、ヴェールの隣に座っていた魔術師だ。
「でもまぁ、ここまでくれば仕事が終わったも同然。いやぁ、頑張りましたねぇ、僕たち」
「ああ。――皆の者もご苦労であった。今回つつがなく試験を終えることができたのも、皆のおかげじゃ」
ヴェールは形式的な挨拶を述べると、一同を見渡して言った。
「……して、どうじゃ。今年の受験生たちは」
「う~~ん……」
数秒の沈黙のあと、ニラフ教官が難しい顔で言った。
「まあ、悪くないって感じですかねぇ。《ファイア》を的に当てられる人は例年より多かったですが……ま、良くも悪くも平均点でしょうか」
「剣技試験も同様です」
そう言ったのは、剣技試験を担当したゴラゾフ教官。
筋骨隆々の肉体がなんとも特徴的な、いかにもといった風貌をしている男だ。
「型にハマっている……とでも言いましょうか。悪くはないんですが、どうも平均的な受験生が多いですな」
「ふむ……」
それはヴェール自身も感じ取っていたことだ。
すべての受験生が、ベイリフの教えを忠実に守っているのである。魔法を使う前に「大声」を発するのもベイリフが提唱した理論で、こうすることで魔法の精度が上がるのだとか。
その結果、全員が同じように大声をあげて《ファイア》を放っていた。
試験内容的には、別に叫ぶ必要はないし、もっと言えば《ファイア》である必要さえない。なのに全員が同じような方法で、平均点を叩きだしている。
(たしかにベイリフ殿のおかげで、すべての生徒は平均点を出せてはおるが……府に落ちんのう……)
魔族の侵攻が日に日に迫っている現在、多くの生徒が平均的に強くなれるのは好ましいことだ。それは間違いない。
だが――少しずつ魔族に押されている今、平均的な生徒を生み出すことが、果たして本当に好ましい選択なのだろうか……?
そこまで考えたとき、ヴェールはふと、ある若者のことを思い出した。
「そうじゃ……ニラフ。レクターという生徒を覚えておるかの」
「へ……?」
だしぬけの質問に、ニラフ教官が目を丸くする。
「え、ええ……。もちろんです。こんな憎たらしい名前をしてるんですから……たとえ落第生であっても忘れませんよ」
「なに……?」
その言葉に、今度はヴェールが目を丸くする番だった。
「ニラフよ……‼ レクターを落第にしたのか?」
「え? は、はい……。筆記試験は平均よりやや上でしたが、魔法の実技試験は平均以下。今年は《的に当てられる受験生》が多かったので、相対的に落第となりましたが……」
その発言を聞いて、ヴェールは気が遠くなりそうだった。
「な、なにを愚かな……! お主は彼のレベルに気づかなかったのか……!?」
「へ? レ、レベル?」
「そうじゃ。他の者が気合を込め、大声を発しなければ魔法を放てないのに対し――レクターはさも当然のように魔法を発動してみせた。しかも、それなりに高威力の魔法を……!」
それこそが、ヴェールがレクターに驚いた一番の理由。
全員が《ベイリフの魔法の使い方》に染まっているなかで、彼だけはそうではなかった。試験官の前に立っても緊張の様子さえ見せず、涼しい顔で高威力の魔法を放ったのだ。しかもヴェールには、彼が手を抜いているようにさえ思えた。
――ああ、もしかしたら彼こそが、「平均的な魔法」を飛び越えて、新しい時代を作ってくれるかもしれない――
そう思ったのに。
「そ、それはそうですが……。しかし、ヴェール教官」
にも関わらず、次に発したニラフ教官の発言は、あまりに頓珍漢なものだった。
「試験内容は、あくまで《いかに正確に的に当てるか》でしょう? レクターは狙いは良くなかったですし、不合格にするのが妥当と思われるのですが……」
「な……! こ、この愚か者めが‼」
大きく怒鳴り散らすヴェール。
「少しは柔軟に物を考えんか! それだから平均的な受験生しか応募してこんのじゃ!」
「ひ、ひいいっ! 申し訳ございませんっ!!」
真っ青な表情で謝ってくるニラフ。
――本当に危ないところだった。もう少しで、あの有望な若者を取り逃してしまうところだったのだから。
「型にハマっているのは、学生だけじゃない。ワシらのほうかもしれんのぅ……」
ひとり、そう呟くヴェールだった。




