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エピローグ

ウインドマリーの空は相変わらず蒸気に薄く汚され、町全体が鈍い色に染め上げられている。

その景色は街で一番高い建物…『時計塔』の上層部から見ても変わるものでなく、むしろごみごみとした街並みを一望できるぶん、薄汚れて見えた。

しかしそれでも妙に気分がすっきりと感じるのは、アレクサンドライトの心持ちが晴れているせいなのだろうか?時計塔最上階の窓を開けて、しばし慣れ親しんだウインドマリーを堪能していた機械人はここ数か月のうちに起こった騒動の顛末を思い返し、すっかり綺麗に補修された歯車をきりりと回した。


「アレクー!そっちは終わった?あ、サボってる?」

「サボってねーよ。ちょっと外見てただけだ」


階段を上がってくる聞きなれた足音と弾む軽口に少しだけ笑って返しながらアレクサンドライトは肩越しに振り返る。

時計塔内に設置してある狭い階段から姿を現したのはティリ。新調したばかりの工具箱を右手に下げているとことを見ると、階下の調整はもう終了したようだ。最上階のメンテナンスを開始がてらに、アレクサンドライトの様子を見に来たのだろう。

今日一日彼女の助手を仰せつかっているアレクサンドライトは、窓からさらに上をふり仰いで「この上も見ておくんだよな?」とティリに訊ねる。


「そうだね。上の方はアレクにお願いするよ。…うーん、他にもどっか見ておかなきゃいけないところはあったかな?」

「今日はお前が任せられたんだ。しっかり仕事しねえとな」


床に置いた道具箱の中から仕事のメモを取り出す少女は、己の言葉に苦笑しながら頷く。

この巨大な『時計塔』の整備は、この日から彼女に任されることになっている―――以前クラスタイン氏の置時計修理の依頼から色々と仕事をこなしていたティリ自身の腕が認められたためでもあるが、今現在ウインドマリーの機械工たちが忙しいからだ。

それは彼女の祖父、トストもまた例外では無い。

ウインドマリーの名だたる職人たちは今、ウインドマリー辺境伯の指揮のもと、あの地下に眠っていた巨大施設の解体と再利用に勤しんでいる。ロイロットの婚約破棄騒動から始まった一連の事件から数か月、様々な話し合いを重ねてようやく着手出来たのだ。


「トストは上手くやってるかな?」

「エリウット様が一緒だもん。大丈夫だよ」

「そうだな、あいつ案外兄ちゃんよりしっかりしてたもんな」


今現在、ウインドマリーの辺境伯はロイロットからエリウットに交代している。

兄、ロイロット・ウインドマリーは今までの騒動の責任を取り、辺境伯の座を退いた。しかし表舞台から退場したわけではなく、弟のサポートに尽力するとともにテトラトル、リングリラ両国を行き来する日々である。

ウインドマリー家を見る世間の目は今回の騒動で厳しいものになったから、彼が辿る道はきっと苦難が多いだろう。

リリーナ・フレイムミルとの婚約も一旦保留にされているが…彼彼女らの間には何らかの絆があることはアレクサンドライトもティリも知っている。婚姻と言う事実がなくとも、二人は協力して国のために生きていくのかもしれない。

ロイロットとリリーナ、そしてエリウットたちが築き上げた未来がこれから良いものになることを祈らずにはいられなかった。


「ウインドマリーはこれからどうなるんだろうな…」

「…また大きな戦いにならなくて良かったよね。たぶん、いろいろと難しいこともあるんだろうけど」


51年前の事故の事実は両国民に多大なショックを与えたし、国交に亀裂が入りかけたのもまた事実。

互いの国に対しての不満も膨れ上がった。

それでもウインドマリー家の兄弟、そしてリリーナとその父親が両国の和平に尽力している姿を、知っている者も多い。事実は包み隠さず語られ、ゴードンを含めて事件に関わりながらも隠蔽してきた者たちには罰を与えられたことも伝えられた。

もちろん、両国にくすぶっていた過激派の一派は既に身柄を拘束されている。


何より二つの国には、もう二度と戦で血を流したくないと思うものが多い。


「このまま何も起きなきゃいいけどな」

「そうだね。あんな思いはもうこりごりだよ。…でも、何かあったら三人で遠くに行って、そこで機械のお店でも開こうか?」


肩を竦めて言ってのけたティリに、アレクサンドライトは少しだけ意外に思って彼女を振り返った。

少女は緑色の目を細めて悪戯っぽく微笑むと、「みんな一緒が一番だもん」と言った。

確かにティリの夢を叶えるのは生まれ育ったウインドマリーで機械工をしているのが一番だろうが、…まあ別にここじゃなくともいいのかもしれない。

三人で一緒にいられるのが、自分たちにとっては一番いい。アレクサンドライトもそう思った。


「俺もあんな大冒険はこりごりだぜ。ティリたちと一緒に時計塔でも修理してた方がずっと性に合ってる」


新しく交換された視覚センサーをちかちかと点滅させてティリの微笑みに応えて、アレクサンドライトは再びウインドマリーの鈍色に染まった空をふり仰ぐ。

機械と人が共に歩く蒸気と歯車の街。

どうかこの平穏が長く続くよう、二人は強く思った。

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