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8階、『戦車(タンク)』。

その名の通り、機械人というよりも戦車に近く、ずんぐりとした体型をしていた。背中には巨大な大砲が付いており、腕の部分はガトリングのようになっているとティリは言った。

9階、『治癒(ヒーリング)』。

戦場に出るタイプには珍しい女性型の機械人だった。名前の意味を信じるのなら医療兵に間違いない。もっとも機械人の破損(けが)に必要なのは医療ではなく機械工の技術なので、彼女は人間の傷を診るために作られたのだろう。

10階、『羽根(ウイング)』。

何と背中に大きな鳥の羽のようなものが収納されていた。ティリは驚き、飛行能力のある機械人はいくつか開発されてきたが、これほどの大きさのものは初めて見たと言う。もしかしたらただ単に上昇気流を掴んで滑空していただけかもしれないが、詳しくはわからない。


特殊戦のスペシャリストと明記されているだけあって、ありとあらゆる戦いの場を想定している機械人たちがアレクサンドライトとティリを待ち受けていた。

彼らがどれほどの力を持ち、戦場でどう能力を行使していたのかは二人には確かめることは出来ない。だがティリ曰く、彼らに使われている部品や装甲の材質などは今日では一般機械工でも扱えるものの、50年前はそうでは無かっただろうということだった。


10番目、ウイングの階にかけられていたプレートを読みながら語っていたティリだったが、ふと顔を険しくしてアレクサンドライトを振り返る。


「アレク…この機械人たちは、12人いるんだって…ここに書いてある」

「…12人。またなんていうか、半端な数だな。どうせなから切りよく10体とかにしちまえば良かったのに」

「そうだね…、でもたぶん、意味があったんだと思うよ…」

「意味?」


問うと、ティリは無言で首を横に振って再びプレートに視線を転じた。


「時計…ううん、時計塔っていうのは、きっとここのことなんだ」

「あ…?時計塔?ここが?塔っていうのはまだわかるが…時計なんて何処にもねえけど」

「行こう、アレク。上の階にもっといろいろ書いてあると思うから」


言うなりティリはアレクサンドライトの隣を足早に通り抜け、まるで何かに追い立てられるように階段を上り始めてしまう。

慌てて彼女の後を追い、危ないから自分が先に行くと忠告するが言うことを聞く様子を見せない。視線を上に向けて、声をかけるのも憚られるほど必死な様子で階段を駆け上がる。

何かに気を取られたら人の話など聞きやしない―――顔を出したティリの悪い癖にアレクサンドライトは嘆息して、せめて彼女の足がもつれないように注意してやろうと決めてその背中を追った。


11階の踊り場にたどり着くまで二人の間に会話は無かった。

もっともここまで休みなく上り続けていたのである。例えティリが憑りつかれたように集中していなかったとしても、彼女自身の疲労からあまり口はきけなかったに違いない。

その証拠に機械人の眠る扉の前に立った時、ティリははあはあと大きく呼吸を繰り返し、その肩は震えるように上下していた。

しかし彼女は自身の疲弊などどうでもいいとでも言うように眠る機械人を見て、プレートに視線を移す。壁に取り付けられた鋼色の板は今までで一番損傷や汚れが少なく、読みやすそうだった。

アレクサンドライトはプレートの文字を追い始めたティリに代わり、扉の中に静かに佇む小柄な同族をじっと観察した。


「今度の奴は…ううん、こいつは随分と特徴がねえな。ひょろいし、戦場で何の役にたったんだ?」

侵入(スニーク)だって。潜入活動のために作られたみたいだよ」

「ああ、なるほどな。スパイか。それなら特徴ない顔の方がいいのかもな」


先ほどのライトニングと同じく何となくロマンめいたものを感じ、アレクサンドライトは偉大なる先輩を尊敬の眼差しで見つめる。いったいどんな風に敵地に潜り込んでいたのか、スパイと呼ばれる者たち記録は滅多に残っていないから、興味深かった。

しばし感動に浸っているとふと、隣ではあ、と空気が洩れる音が響く。己が機械人を眺めている間にも情報を取得していたティリが、大きく息を吐き出したのだ。

まだ疲れが残っていたのかとアレクサンドライトは振り返ったが、どうやらそうではない。嫌な予感が回路を貫くほど彼女の顔は深刻で、真っ直ぐにプレートを凝視している。柔らかそうな頬に伝う汗の線を見つけて、どうしたと声をかけることも出来なかった。


「やっぱり、そうだ。アレク。ここは、ここが時計塔で間違いないんだ」


言葉の出ない己の代わりに、ティリはやけに温度の感じられない声で告げる。

その声に込められている感情も、そして彼女の考えもわからず、アレクサンドライトは回路に宿った悪寒を持て余しながらようやくそれがどう言う意味かを尋ねた。

自身を落ち着かせるためか、今一度大きく息を吸い、吐き出したティリはプレートから目をそらさずに言った。


「時計塔っていうのはたぶん…街の時計塔に似ているから通称で呼ばれてたんだ。でも、この塔が計っていたのは時間だけじゃない」

「…?じゃあ、何を…」

「全部。ウインドマリーの全部。戦場の全部。時間、気温、湿度、空気の流れ、太陽の動き、雲の動き、土の表面の温度、土の中の温度、川の流れ、地下水の動き、大地の硬さ柔らかさ、振動の伝わり方…」


一つ一つ、ティリはこの『時計塔』にあるらしい能力を並べていく。それは個別に見れば当時のウインドマリーの技術でも計測する機械は作れただろう、ごくごく単純な自然現象だ。

だが一機で測定するにしてはその数はあまりに多い。現ウインドマリーでも気温や気候を計測する機械は数多あるが、最低でも温度計と湿度計の混機。今日の天気と明日の予報を知ることが出来る、くらいなものだ。


だというのにこの『時計塔』は、ウインドマリー中の様々な自然現象を計測することが可能なのだと言う。50年前に例えそれを作ることが出来たしても、まだまだ疑問に思うことはあった。


「そんな…そんなもん、どれだけの動力が必要になるんだよ。こんな馬鹿でかい『塔』を動かすことが出来たとしても…測定器として使えるように出来るのか?」


アレクサンドライトはこの『塔』自体が何かの動力として動いているのだと最初は思っていた。だがこれ自身が莫大なエネルギーを必要とする装置なのだとしたら、その力はいったいどこから出てきているのか。

その疑問をティリにぶつければ、彼女はようやくこちらに視線を転じた後、深刻そうな表情のまま硬い声で呟く。


「動力は『アレクサンドライト』」

「は…?おれ?」

「違うよ、そうじゃなくて…。アレクサンドライトっていうのは、光で色の変化する宝石…戦場と平素で役割の違う機械人みたいに」

「!」


唐突に名前を呼ばれたことで動揺してしまったアレクサンドライトだが、彼女の言いたいことを理解して「あ」と小さく声を漏らした。そして視線が無意識に引かれるように、扉の中で眠っている『侵入(スニーク)』へと転じる。

潜入捜査を得意としている機械人は、自分たちの発見を褒めることもせずにあまりにも冷たくこちらを見返していた。

ティリもまたアレクサンドライトの目を追って無表情の機械人へと視線を移す。何かを恐れているような、悲しんでいるような凪いだ緑の瞳はただただ真っ直ぐに扉の向こうを映している。


「戦場ではスペシャリストとして活躍して、普段はこの塔で測定器を動かしていた。それが、この機械人…アレクサンドライトシリーズ」

「シリーズ…?」

「12人いるんだって…。それこそ、時計の文字盤みたいに」


恐らくそれがこの巨大な『時計塔』を動かす最小限の人数だったのだろうとティリは予測した。無言の『スニーク』から視線を転じ、アレクサンドライトは改めて自分たちのいる巨大な塔を、ふもとから天井まで眺め回す。

無機質で煤汚れた機械の塊はやはり巨大で、蒸気の吐息を吐き出しながら静かに歯車の心臓を回している。その姿はあまりにも壮大。数多の機械たちに囲まれた鋼の塔は、玉座に座る王のようでいながらどこか退廃している。

改めてその異質さに冷たいものが装甲を這った瞬間、アレクサンドライトはあっと思いついて慌ててティリを振り返った。


「じゃあロイロットが言っていた『時計塔のアレクサンドライト』っていうのは…」

「うん。きっとここのこと。ここを探せって意味だったんだよ」

「てことはやっぱり、ここに何かあるってこったな!」


こちらを向いたティリが確信をもって深く頷いたのを見て、アレクサンドライトは装甲の中が蒸気で温まっていくのを感じる。謎の正体に近づいている。自分たちの冤罪を晴らすための手掛かりは、間違いなくここにある。無駄ではなかった。

人間でいうところの興奮状態に陥りながらアレクサンドライトは蒸気を吐き出して、ティリに「行こうぜ!」と声をかけた。


「次の階に行けばまた何か分かるかもしれねえ!もし何も見つからなかったら、一階から全部探し直そう!ロイロットは間違いなくここに何か残して…」

「―――その必要はない」


静かにだがきっぱりとアレクサンドライトの声を遮ったのは、ティリでは無い。

まるで空気を刺し貫くかのような、低く、鋭い、青年の声。

唐突に現れた第三者の気配に、二人はびくりと体を強張らせて声のした方を探して視線を彷徨わせる。広い空間に響き渡ったせいか発せられた場所が一瞬特定しにくかったが、かつん、と再び響いた音が階上からのものだと察し、アレクサンドライトはふり仰ぐ。

かつん、かつん、と連続して聞こえてくるそれは、紛れも無く階段を下りてくる音だった。硬質の音色に緊張を引き出されながらアレクサンドライトは、塔の向こうから現れた銀色の影に「あ」と視覚センサーを点滅させる。


「てめえ、ロイロットの…!」

「え…?あ…!」


ティリの人間の視力でも彼の姿を確認することが出来たらしい。翡翠色の瞳が大きく見開かれ、僅かに唇が開かれる。その隙間から漏れ出した吐息のような声が、二人の目の前に現れた長身の人物の名前を呼んだ。


「スティング…さん?」


その名が響くと同時に、まるで氷のように冷たい青の視覚センサーがじろりと二人を射抜いた。

溢れだす威圧感に、疑問の声が喉元で凍る。体の動きごと縫い付けられてしまったかのように動けない二人を現れた人物はしばしじっと見つめた後、しゅう、と静かに蒸気を吐き出して再びゆっくりと歩み寄ってきた。


「…久しぶりだな。三度目か?機械工トストの孫娘ティリ、そして機械人アレクサンドライト」


階段をくだり切り、踊り場に降り立ったあと発せられた声は無機質で硬い。まるで彼の体を覆う冷たい銀色の装甲そのままの声に、アレクサンドライトは緊張を振り切り威嚇するようにぎろりと視覚センサーを光らせた。


硬質な足音と低い声とともに現れたのは―――機械人スティング。

辺境伯ロイロット・ウインドマリーとともにいた従者であり、事件の常々、ちらりと姿を見せていた人物。まるで自分たちの様子を見ていたかのような登場の仕方に、アレクサンドライトは先ほど己が階上に見た影はこの機械人だったのだと確信を持つ。彼はずっと自分たちを観察していたのだろう。

ならば彼の主人であるロイロットもここにいるのかと銀色の機械人から視線を外すと、その意思を察したのかスティングは再びしゅう、と静かに蒸気を吐き出す。


「ロイロット様はここにはいらっしゃらない。既に全ての準備を整え出発なされた」

「あ?何だって?どういうことだ!!」

「お前たちが知っても詮無いきことだが…良いだろう。ついてこい」


そっけない態度でスティングは二人を誘ったあと、踵を返した。こちらの返答を待たずに彼は、来た道を戻っていく。声をかけるいとまも無かった。

アレクサンドライトはティリと顔を見合わせてどうするべきか一瞬迷ったが、足早に階段を上る機械人の背中が遠ざかり慌ててその後を追う。何とも怪しい気配がしたが、ついて行かないという選択肢は流石に取れなかった。

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