20
扉の向こうに静かにたたずむ機械人の影に、アレクサンドライトたちの間にしばらくの沈黙が訪れた。
動きを止め、息を潜め、小窓から覗く無機物の影を二人は凝視し続ける。が、しかし、相手はこちらが見えているはずだろうに、微動だにしない。
おや、と思ったらしいティリが驚愕に凍った表情のまま、意を決して自分たちを隔てる扉へと近づいた。
それに気が付いてアレクサンドライトは彼女の前に出ると、変わって扉に接近し中をまじまじと覗き込む。扉を開くためのノブを探したが、それらしいものは見つからない。
取りあえず中を見分することは諦めて、機械人を観察することに集中した。
小さな窓から見えるのは、やはり己と同じ戦闘型の機械人。
窓が汚れているため色はくすんでいるように見えるが、恐らく銀色…鋼そのままの色だろう。余計な部品は付いておらず、ずいぶんスマートなフォルムをしている。背の高さは―――もし足を折りたたんでいないのだったら、アレクサンドライトよりも低く、ずいぶんと小柄だった。
伝達、伝令用だろうか?こんな形の同族を、分厚い歴史書で見たことがあった。戦場を駆ける素早さを重視した歩兵なのかも知れない。どうやって動くのかは、想像がつかなかった。
気にはなったが偉大なる先輩の動きを見ることは出来ないだろう。
目の前にいる機械人は完全に停止している。聴覚センサーの感度を上げて音を聞くが、機械人特有の歯車の心臓の音が響いてこなかった。まわりの機械たちの雑音に紛れてしまったわけでは無い。本来蒸気で温められているはずの彼の体内は完全に冷め切っている。
機械人の完全なる停止は、人でいう『死』と同一だと言われている。
少なくとも一度機能を止めた機械人を修理して、元に戻ったという話は聞いたことが無かった。
「…さて、と。この扉、どっから開くんだろうな…」
機械人の亡骸に妙にしんみりした気分になりかけたが、感慨に浸っている場合ではないと気を取り直す。
今一度じっくりと眺めたあと、アレクサンライトは改めて同族と対面すべく扉のノブを探す。だがやはりドアノブや小さなとっかかりも見えず、もしかしてこれは外側から開くものでは無いのではと思い始める。
しかし内側だけに取っ手がついているドアなどあるのだろうか…と考え、いや、これはそもそも内部へ通じる扉では無いのだと察した。
恐らくここは機械人の保管場所、鋼鉄の体を持つ者たちが眠るゆりかご―――となれば外部から操作できる開閉のスイッチがどこかにあるはずである。それを探すべく機械人から視線を転じると、にわかに背後から「あ」とティリの声が響いた。
「どうした?」
「アレク、これ。これをみて…」
振り返って問うと、ティリは扉の横の壁を凝視している。一見してすすけて黒くなり、他と変わらぬ色合いをしていたから気付きにくかったが、壁には大きく薄い金属のプレートが取り付けてあることがわかった。
元は綺麗な鋼色だったのだろうそのプレートには細かく何かが刻まれており、恐らく文字だろうということは見当がつく。所々削れすり減っているが、確かにこの国の文字が書かれている。
アレクサンドライトもティリにに続きそのくすんだプレートを覗き込むが、読めそうな単語はあまり多く無さそうだった。
「この機械人の説明かなんかか?」
「うん、そうだと思う…んだけど、あまりよくわかんないな。ほとんど削れちゃってるよ…」
失われた単語を読み解こうとしばらく眉根を寄せていたティリだったが、じきに諦めたのか肩を竦めて首を横に振る。
「わかるのは…1って数字と…ソニックって単語だけだな…」
「ソニック…音速ねえ…」
こいつの名前かな、とアレクサンドライトは首を傾げながらゆりかごで眠る機械人に視線を送る。音速の領域には流石に至らないだろうが、確かに走ると速そうな形をしている。音速と言うのが彼の名前だとしたら、あながち分不相応では無いのかもしれない。
一度は知っている姿をお目にかかってみたかったぜ、などと気楽に考えているうちに、ティリは今一度プレートの文字を読もうと目を細めていた。が、やはりわからなかったらしい。はあ、と大仰にため息をついてアレクサンドライトを振り返る。
「この塔の操作とか、ここを開けるやり方とか書いてあると思ったんだけどな…」
「扉か…。どうする?壊すか?」
「いや、それはやめよう。壊して何があるかわかんないし」
何が原因で暴発するかもしれない、と苦笑しながらティリは言った。
しかし、何故ここに機械人が保管されているのかは結局わからずじまい。同時に先ほどアレクサンドライトが見た人影の存在も気になるし、二人はここはいったん置いて上階へとあがることにした。
かん、かん、かん、と階段を踏む足が少しだけ慎重になる。あたりがすっかり見渡せるほど高い位置にのぼってしまったこともあるし、この先に誰が…もしくは何が待ち構えているか想像もつかなくなってきたからだ。
だがティリはどうやら他に気になることがあったようで、じっと上階を睨みつけている。足元に気を付けてないと転ぶぞ、と何回か注意したが気もそぞろなのか彼女が改めることは無かった。
こちらの心配に反してティリは決して足をもつれさせることなく階段を上ってゆき、やがて何かを見つけたらしく「アレク、上見て」とアレクサンドライトを促す。
その時には自分も彼女が何を予感していたか気づいていたので、視線を上に向け一、二階ほど上にある踊り場を見つけた。はっきりとは見えないが、やはり階下と同じように塔にくぼみがありそこに扉のようなものがついている。
二人はその存在に導かれるように足早に階段を上り切った。
「おい、ティリ…やっぱり」
「うん、下と同じだ。ここにも機械人がいる」
踊り場の中にある扉の向こうに無言で立っていたのは、正確に言うなら『機械人の亡骸』である。
下の踊り場で眠っていた機械人と同じく戦闘型だったが、今度は先ほどよりもずいぶんと体が大きい。アレクサンドライトよりも背が高く、肩幅もがっしりとして腕も太く、胸板も厚い。パワーを特化したタイプなのだろうか?
『ソニック』が扉の中でゆったりと眠っている姿を見た後だと、みっしりと体の詰まっている彼の寝床はかなり狭く見えた。
扉の隣の壁にはやはりくすんだプレートがかけられており、ティリが近寄ってまたしても読み解こうと首をひねりはじめる。
「うーん…大戦…と、これは兵器…かな?やっぱり以前の戦いで作られた機械人なのかもね」
「さっきの奴みたいな、名前はわかるか?」
「…あ、これかな。マックス。それと隣に2っていう数字も…」
「2か。じゃあ上にあるのは3かもな」
最大と名付けらていたかもしれない機械人から視線を離し、アレクサンドライトは塔のてっぺんを睨みつけた。視力センサーの感度を上げて天井から視線を下ろしていけば、いくつかここと同じような踊り場が見つかる。恐らくその中にはソニックやマックスと同じような戦闘型の機械人がその中で眠っているのだろう。
自分の考えがそう外れていないことを予感しながら、アレクサンドライトはティリを促し先に進む。プレートに刻まれていた文字はやはり削れすり減り読めなかったようで、後ろ髪を引かれた表情をしつつも少女は自分の後ろについて速足で階段を駆け上がってきた。
言葉も無く階段を上がり切って、次の踊り場。
やはり同じく機械人が扉の中に眠っており、プレートに刻まれていた名前らしきものは『ライトニング』。
見た目は先ほどの二人よりも特徴が無くのっぺりした印象だったが、顔がのぞく小窓から中を観察してみれば、その腕は長く避雷針のようになっている。
その名が示す通り、電気を腕に集められる機能がついていたのだろうか?もしかして放電も?アレクサンドライトは稲妻と名の付いた機械人が戦場に立つ姿を夢想して、むやみに胸が熱くなった。
「数字部分も他の文字も削れてて見えないや。でも…たぶん数字は3なんだと思う…」
「だ、ろうな…」
プレートを睨み見ていたティリが、顔を上げて難しい顔で告げる。例の少ない漠然とした予想だが、その予想は当たっているだろうとアレクサンドライトは唸るように頷いた。
例え違っていても、上に行けばわかる。一度だけ物言わぬ機械人に目礼したあとアレクサンドライトとティリは同時に上階を仰ぎ見て、言葉無く階段を駆け上って行った。
そして自分たちの予想通り、次の階にも、その次の階にも、そして次の次の階にも同じように機械人は眠っていた。
名前はそれぞれ、『データ』『シューティング』『ブレイド』。プレートに刻まれていた数字は予想通り、4、5、6。
資料と名付けられた機械人はやや頭が大きい作りになっているのが特徴的だった。その名の通り情報を多く記録させるための兵士なのだろう。
銃、剣は一見すると他の機械人に比べて大きな特徴が無かったが、ティリが見たところによると腕部が少し大きめに作られているのが見受けられ、そこを武器に変形させるのではと予測していた。名前の通りだとすれば、シューティングは銃、ブレイドは剣で間違いあるまい。
ここにはそれ以外に目立った情報は無かったが、7番目『ウォッチャー』と名付けられた機械人が眠る階のプレートはあまり破損していなかった。
そこに書いてあった文字をティリが呼んだところによれば、やはりソニックやマックスと言うのは彼らの名で、50年前の大戦の際に作られた機械人で間違いないらしい。聴覚センサーと視覚センサーが目立って大きい『番人』は、いわゆる偵察機のようだった。
その他にも所々読める部分があったので、ティリはプレートに顔を近づけながら眉根を寄せて劣化した文字と格闘していた。
「特殊戦におけるスペシャリストの作成…。えーと…同時に戦場と平素で形の違うものの運用…かな」
「スペシャリストってのは何となくわかるが…形の違うものってなんだ?」
「うーん…、そこまでは書いてないな。あ…」
「どうした?」
アレクサンドライトが問うと、ティリは難しい顔のままこちらを振り返って「ここにウインドマリーの名前があるよ」と唸るような声で告げる。
「街の名前…じゃないな。たぶん責任者の名前だ…。所々かけてるけど、たぶん先先代辺境伯さまのことだと思う…」
「……ここはやっぱり、ウインドマリ―家が作った施設だってことか…」
秘密工場。
まるで冒険小説の中に出てくるような単語を回路の中に浮かべながら、アレクサンドライトは改めてぐるりと広い地下の施設を見渡した。
高すぎる天井と数多なる機械。吐き出される蒸気と熱気、あまりにも薄暗い謎めいた場所…ここは過去の大戦で使われていた軍事施設か何かだったのだろうか?
無論、それ自体に何ら問題は無い。50年前ウインドマリーは戦争の最前線で、たくさんの武器や機械が作成され、使用されていた。巨大な基地を敵に見つからないように地下に隠していたというのも納得できる。
問題はその施設がどうして今なお稼働しているのかと言うことだ。
ロイロット・ウインドマリーやその父親はことあるごとにここを訪れていたようだし、知らなかったというわけでもあるまい。
「これ以上は読み取れないや。他にも何か書いてあるとは思うんだけど…」
プレートの解読を断念して、ティリは顔を上げる。そしてゆっくりと高くそびえる塔を見上げた。
すでに半分ほど上ったが、まだまだ先は長い。この先にいったい何が待ち受けているのか―――それを思うとアレクサンドライトもティリも、何かうすら寒いものを感じずにはいられなかった。
もしかしたら自分たちは、とても闇の深い部分に足を踏み入れてしまったのでは、そんな予感がふつふつとわき出てきた。




