19
アレクサンドライトはティリとともに、暗く狭い階段を無言で降りていた。
足場が危ういので暗闇でもある程度目がきく己が先頭である。何か明りになる物を持ってくれば良かったとティリがぼやいていたが、まさか地下で行動するとは予想できるはずない。
―――お貴族様の別荘に、まさかこんな隠し階段があるなんて誰が思うだろうか。
自分たちが通っている場所の存在をまだ信じ切れずに、アレクサンドライトは下へ下へ降りて行っている最中でも幻でも見ているのではと感じずにいられなかった。
そして、いったいどのくらいの距離を降りてきただろう。
何の予告も無く階段は終わり、眼前には狭く長い廊下が広がっていた。果ては見えない。少し行く先は暗闇に包まれていた。
階段もそうだったが、床も壁も天井も、薄暗く冷ややかな空気の地下と言う場所に似つかわしくないほどしっかりと作り込まれている。
貴族が好む小洒落た細工や意匠は無かったが、がっしりとした柱と丈夫そうな床材と壁材に囲まれている。恐らくこの上に建っている小屋と同じく、鉄骨だろう。
まるで機械工の作業場のようだ、とアレクサンドライトは考えながらゆっくりと廊下を進んでいった。
「ねえ、アレク。あれ…」
「ああ…」
しばらく歩いたところでにわかに背後にいたティリが、己の体の隙間から顔を覗かせて前を指さした。先ほどから目視できていたので、アレクサンドライトも頷く。
二人の目の前…廊下の突当りには、錆色の金属でできた重厚そうな扉が無機質に佇んでいた。
年月が経っているのだろうか、暗がりの中でも所々が黒ずんでいるのがわかる。閉ざされたその先の空間に何があるのかも予想がつかず、薄汚れた扉は何とも不気味だった。
背後でティリが、ごくりと小さくつばを飲み込んだ気配を感じる。
「行こう、アレク…。向こうにロイロット様がいるのかも…」
「ハッ…いたとしても、こんなところにいったい何の用があるんだろうな…」
精一杯の虚勢を張って、アレクサンドライトは背後にティリを従えながら慎重に扉へ近づき、そのドアノブへと手をかけた。
小屋と同じくこちらにも鍵はかかっておらず、扉は己の力で簡単に開く。もっとも小屋の扉とは違ったのはその重さで、中にはよほど重要なものが隠されているのだということを予感せずにはいられなかった。
―――がたん、と重々しい音とともに、その中の秘密はアレクサンドライトとティリ、二人の目にさらされた。
地下に似つかわしくない熱気が、ぶわりと二人の体に当たり、思わず身を竦める。
「…これは、」
「なに、これ…」
歯車の音がぎりぎり、ごとごとと響く。あちらこちらから蒸気が高温とともに漏れ出している。錆と鋼の色をした機械たちがあちらこちらで蠢き、この場所が今もなお『生きている』と告げている。
蒸気の熱と歯車の音を包容する機械たちの群れ、その光景は遥か遠く、闇に飲まれて見えない場所…その向こうまで続いていた。
思わず漏れてしまったアレクサンドライトとティリの驚愕の声が反響するほどの高い天井、広い空間。それすらもかき消す、所狭しと並び稼働している機械たち。
間違いなく己が地上で聞いた音の出所だった。地下深くに作られた機械工場。それが音の正体だった。
機械人である自分の身の丈よりも大きな機械を見上げ、アレクサンドライトは「何なんだよ」と呆然と呟く。隣でティリも驚愕に目を見開きながらあたりを観察していたが、無言で首を横に振るだけだった。
「なんだ?何の機械だこれは?いったいウインドマリー家はここで何をしているんだ?」
「わからない、こんな機械見たことない…けど、ちょっと古いみたい、な気がする…。でも、本当にこれは何なの…?」
混乱に混乱を極め、二人は答えを出すことも出来ずにただただ圧倒されながら前へと進んでいく。機械たちの中には大きく破損し、まったくの鉄くずになっているものも多々あった。否、動かぬ鉄の塊になっているものの方が多いほどだった。
壊れた機械たちをよくよく見てみれば、内側から熱暴走でもしたのか、中から外に向けて金属板がひしゃげているものが多い。それと同じくらいに、外側から強い衝撃を受けて歪んで変形しているものもあった。
まるで機械の死刑場だ。しばらく歩いても果ては見えず、暗闇と陰鬱な歯車と蒸気の音に気が滅入りそうだったが、やがてアレクサンドライトの目は眼前に大きく聳え立つ黒い影をとらえた。
―――否、あれは影、と言ってもいいのだろうか?
その存在を頭脳回路が認識した途端、あまりの異質さにあるはずのない悪寒がぞくりと走る。
「…ティリ、あれは…」
「え?何?何か見えたの?」
「ああ、他の機械よりでけえ…。なんだ、あれも機械か?いや…」
言いながら、引き寄せられるようにアレクサンドライトは無言でこちらを見下ろす影へと近づく。他の機械たちとは違う、一際大きな威圧感のある存在に、アレクサンドライトの視覚センサーがぎゅりんと音を立てた。
やがて暗闇の中、人間のティリにも目視できるようになったようで、彼女は現れたその大きな存在に「うわ…」と小さく悲鳴を上げる。
そのころには自分の目には影の正体がはっきりと見えており、アレクサンドライトは驚きなのか感嘆なのかわからぬ感情を持て余しながら、ぶしゅうと蒸気を吐き出した。
「ティリ…、塔だ。あれは…」
「え…?」
「塔、だよ。でっけえ。機械で出来た塔だ」
呆然と呟くアレクサンドライトにティリもまた目を凝らして大きな影を見つめる。更に近づき、その輪郭がはっきりしてくると共に彼女もまた「塔だ…」と声を出した。
それは、確かに『塔』と言うしかない巨大な建造物だった。
『塔』はヒトが10人、否30人ほど手を繋いで囲んでもまだ長さが足りないくらいに太く、広い天井の高さ目いっぱいまで伸びている。もしかしたら屋根部分と結合しているのかもしれないが、下からでは流石のアレクサンドライトの視覚センサーでも確認することは出来ない。
あちこちが黒ずんでしまっているが、僅かに残った錆色の輝きがそれが金属でできていることを伝えている。
むき出しの配管、歯車、取り付けられたメーターはいまだに稼働し熱い蒸気を拭き出しており、まだこの『塔』自体が死んではいないのだと二人は認識した。だが死んではいないと感じながらも、相変わらずこれが何のための機械なのかはわからない。
言葉も無く呆然と近づいていくと、塔の周りを囲むように鉄骨の階段と手すりが取り付けられていることが見えた。ところどころに踊り場が設けられており、そこから内部に入ることが可能な扉がついているようである。
あそこに目的の人物がいるのかもしれない。アレクサンドライトはティリと視線を交わして、ゆっくりと階段を上り始めた。
「足滑らすなよ。俺は受け止められねーぞ」
「大丈夫、いつもこんなところで作業してるもんね」
「ははっ、そりゃそーか」
異様な恐怖を軽く笑うことでやり過ごし、二人は一歩一歩階段を踏みしめながら塔を上っていく。
階段は意外にも丈夫な作りをしているようで、重量の大きいアレクサンドライトが乗っても軋むことすらしない。安心すると同時に、この階段は誰かが使うために定期的に整備されているのではと考えた。
(使っている、としたらロイロットだよな。あいつマジでこんな場所で何してるんだ)
意味が分からなければ、正体がわからなければ恐ろしさと言うものは増す。人間において当たり前の心理をアレクサンドライトはティリと同様に感じていた。
得体のしれない機械の塔をそれでもティリはじっくり見ていたようで、背後でいつもより少しだけ細い声でこちらに語りかけてくる。
「これ…今は動いているけど、破損した跡があるよ。後から直したんだ」
「破損?何があったんだろうな。事故か?」
「たぶん…。しかも普通の事故じゃない…もっと、大きな…」
「ん?待て、ティリ!!」
何事か言いかけた少女の声と歩みを、アレクサンドライトはぴしゃりと止めた。同時に自分も階段を上がる足を止めて、眼前…はるか遠くの上階を睨みあげる。
凍ったようにぴたりと動きを止めたティリが、恐る恐る己の視線の先を追って顔を上げた。緊張を隠せない様子で、恐る恐る声を出してくる。
「何?何かいるの…?」
「ああ、間違いねえ、なんか動いた」
「ヒト…?」
「たぶんな。塔の機械じゃねえよ」
忌々しげに蒸気を吐き出せば、背後でティリが恐怖のためかふう、と大きくため息をついた。
アレクサンドライトが機械人の視力の良さでとらえた、最初の踊り場で自分たちを見下ろしていた人影である。咄嗟に視覚センサーの感度をあげたが、その時には既に影は背後へと下がっておりはっきりと見ることが出来なかった。
だが間違いなくあれは『ヒト』。人間だか機械人だかはわからないが、意思を持って動く何者かである。
「追うぞ」
「うん、でも気を付けて」
号令のように声を掛け合うと、二人は少しだけ速足で階段を上った。かん、かん、かん、と短い間隔で足音が響きわたる。高い位置に行けば行くほど、その足音は遠くまで反響しているようだった。
ぐるりと張り巡らされた階段を上ってどのくらい歩いただろう…やがて先ほどアレクサンドライトが、自分たち以外の人影を見た最初の踊り場へたどり着いた。
随分な距離を上ったため、こもった熱がぶしゅう、と蒸気となって吐き出される。後ろを歩いていたティリも僅かに肩が上気している。はあ、と大きく息を吸う音が聞こえた。
しかしそうして上った先には目的の人影はいない。
流石に逃げられてしまったか、とアレクサンドライトは上階を仰ぎ見る。当たり前だが再びその姿を目視できることは無かった。しかしこのまま上に逃げ続けるのならばそのうち何処にも行けなくなるはずである。早まった考えを起こさないうちに追いかけた方がいいと、アレクサンドライトはティリを呼ぼうと振り返った。
「おいティリ、まだ歩けるか…」
「待って、待ってアレク!これ!これ見て!!」
己の声を遮るように驚愕の叫びをあげた少女を、何事かと顧みる。彼女は暗い部屋の中でもひときわ目を引く翡翠色の瞳を大きく見開いて、何かを…塔の方に取り付けられた内部に入るための扉を見つめていた。
アレクサンドライトも彼女の視線を追って、その扉を見つめる。踊り場が取り付けられている部分は塔にわざと大きなくぼみを作っており、その中に小窓の付いた扉が設置されている。別に何の変哲もない大きいだけのただの扉に見えた。
いったいこれがどうしたって言うんだよ…と問おうとしてアレクサンドライトは、彼女の驚きの正体に気付きぎょっと体を強張らせる。
ティリが見つめていたのは扉そのものではない。
扉についている小窓…そこから覗いた大きな影に言葉を奪われていたのだ。
窓から覗いた影は人の形をしていた。
配管と歯車を固い装甲に守られた、アレクサンドライトと同じタイプの…、
「おい、これ…」
「機械、人…?それも、戦闘型の…?どうしてこんな所に…?」
アレクサンドライトはもちろん、小窓の中にいる戦闘タイプの機械人にティリは言葉が出てこないようだった。
二人の驚愕をよそに、扉の向こうで機械人はぴくりとも動かずにあまりにも静かにたたずんでいた。




