ターニャの話
ちょっと外伝を追加。キャラ四人分だけ息抜きに考えようと思います。
頭が吹き飛び、脳漿が内側から噴き出る。
ターゲットにされた男は、運転手付きの高級外車から降りて、目の前の自分の会社への道へ足を踏み出した瞬間、華やかしい人生に幕を閉じた。
運転手が慌てて駆け寄る。その場に居合わせた出勤中の社員たちは社長が目の前で殺された事で悲鳴を上げていた。
「あらあらぁ。綺麗な色をしてますねぇ。うふふ」
そんな様子を丸い俯瞰視点――スコープから見ている女は一人で楽しそうに呟く。
彼女の名前はターニャ・J・オーキンス。前髪に隠れた片目は過去の仕事で失明しており、今は残った隻眼で仕事をこなす。動く的を撃つ事に何よりの楽しみを見出し、狂った思考を持つ人間だった。
「今夜はお姉様と会える日でしたねぇ」
なるべく銃口を固定する為に寝そべった姿勢を取っていたターニャは、横に立てかけた細長いライフルの弾を回収する。
彼女の居る場所は、高層ビルの一室。まだ工事中で、窓辺には簡易の柵が張ってあるが狙撃をするには十分に開いていた。一か月後にこのテナントには会社が入る事が決まっている。今回の狙撃依頼で最も適した場所だったため利用させてもらった。
依頼を受けた時に、いくつかの狙撃ポイントも教えてもらい、その中で一番撃ちやすい場所を選んだのである。
とは言っても、ここから対象の狙撃位置までは1200近くの距離があるのだが、ターニャにとってはハンドガンで狙う距離と大差ない。
「楽しみですねぇ。ユキミさんにフェンチャンさんも来るのはいただけませんが」
夜に愛しい人に会えることを嬉しく感じた。出来るなら彼女は二人っきりで楽しみたいのだが、そう言う機会は殆ど無いので、会えるだけでも良しとする。今は。
「あぁ……夜が楽しみですぅ」
ライフルを抱き寄せ、思わず自性行為に走ろうとしたところで、
“ターニャ。お前の悪い癖は、撃った後に余韻を感じる事だ。確かに狙撃成功の確認は必要だが仕事を終えた後の“長居”はあまりお勧めしない”
「うふふ。お姉様の言葉を思い出してしまいましたよぉ」
いくら狙撃場所から一キロ以上も離れていると言っても長居は確かに良い結論には成らない。
ライフルを細長いケースを収め、ロックをかけるとダストシュートに放り込む。音を立てて落下していく事を確認すると彼女もその場を後にした。
ビルの入り口にある監視カメラを何気なく意識しつつ出口から出ると、外にあるダストシュートの排出口でライフルのケースを回収する。
ビルに入る際は清掃員の荷物に混ぜて運んだ為、カメラに自分がライフルを持っている映像は残っていない。この街にはこれを最後に当分は来ないので、また来るころには、ほとぼりは醒めているだろう。
「慌ただしいですねぇ」
路地からでも、サイレンを鳴らして走り抜けるパトカーを確認できる。
今回の依頼で標的となった社長は、最近急成長したIT関係の事業を担っていたらしい。表では有名雑誌の表紙を何度も飾る程の著名人のようだが、その裏では強引な事をして現在の地位を保っていた。
傭兵ギルドは義賊組織ではないが、依頼にはそれなりの道徳があるらしく、特に暗殺に関する依頼は無差別なものは一切無い。裏を取った上で、始末するかどうかを判断して適任者へ情報が掲示されるのだ。
ターニャは狙撃したビルから少し距離を取って本通りへ出ようと裏路地を進む。
「ん? おやおやぁ?」
すると、何やら騒ぎ声が聞こえた。通り道だったので必然とその現場へ足が進む。
細道で、ガラの悪い青年の二人が“何か”に物を投げて遊んでいた。不良青年の二人が標的にして遊んでいるのは、みずぼらしく汚れて、丸まって震えている子猫である。
自分たちの行為を心から楽しむような下品な笑い声は、ターニャにとっても悪くないモノだったが、
「失礼しますよぉ」
そんな声を出しながら不良青年二人の気を引いたのは、単に道の邪魔だったからだ。
不良青年は子猫よりも楽しめそうなターニャの女としての身体を見て、ナイフを取り出して歩いて来る。
「最近の方々は性欲が強いですねぇ。ターも人の事は言えませんがぁ」
ある程度近づいてきたところで、ターニャはライフルのケースを、ナイフを持っている方へ投げつける。広い道なら簡単に避けられるのだがここは狭い裏路地。無作法に捨てられたゴミなどに足を取られて、ナイフ持ちの青年は顔面へケースをくらって手に持ったナイフを宙へ手放す。
と、もう片方は相方がやられた事に怒り、ターニャに殴りかかった。
「あれぇ? これが見えないんですかぁ?」
不良青年の最初の一振りを躱して内側に入ると、その頬に気を失った青年が手放したナイフを当てる。
「知ってますかぁ? 頬の肉って結構痕が残るんですよぉ? それとぉ、治るまでの間、食事するのも激痛で嫌になりますぉ? 試してみますかぁ? 試したいですよねぇ? その様を観察してもいいですかぁ?」
ターニャの目は笑っている。脅すでもなく、威圧するわけでもない。ただ、これから刺すからちゃんと苦しんでください、と言っている。
彼女の異常性に気づいた不良青年の怒りは急速に冷め、気を失った相方を抱えると逃げるように路地から去って行った。
「あらあら。面白くないですねぇ」
去って行く不良青年二人に背中を変わらない狂笑で見送ると再びライフルのケースを回収する。あまり派手な事をして目を着けられるのは避けたいので追いかける事はしない。
「オァァ……」
すると子猫の鳴き声にそちらへ視線を向ける。そして、震えている子猫の首裏をつまみ上げると眼前へ持ち上げた。
「不細工な猫ですねぇ」
子猫は少しだけ肥満気味だが、どこかボロボロで体毛のあちらこちらが禿げている。餌をとれていても環境から病気や怪我も多いのだろう。
そして、その手にはどこかで盗んで来たのか、餌らしき魚を抱えていた。
「それでですかぁ?」
だから逃げなかったのだとターニャは察する。餌を抱えては逃げられるモノも逃げられない。
「捨てると言う選択肢がないのはぁ、野生の事情ですかねぇ」
全てを持っていて自分からこの世界に飛び込んだターニャとしてはあまり共感できない感覚だった。
ターニャは子猫のもっている魚を取ろうとすると、餌を奪われると察したのか子猫は彼女の手に噛みつく。
疼痛に思わず手を離すと子猫は上手く着地できず地面に落ちた。
「オア!?」
「痛いですねぇ。でもぉ、お姉様に撃たれ時に比べれば大したことありませんがぁ」
着地も上手く出来ない、どんくさい子猫。
裕福な家庭に産まれ、軍役について、そして傭兵ギルドという経歴の中で、どんくさい存在と関わる事が皆無なターニャにとって、子猫の様は不思議な生き物として映っていた。
それから、程なくして検問も始まったので伝手によってライフルを預ける時間まで暇を潰す事にした。狙撃の証拠は何も残していないので、たった一日で自分までたどり着くのは不可能だろうがあまり注目される事は避けて行く。
街は大河にも面しているが、当然そちらにも検問が張られている。
ターニャとしては海路から逃げる事は考えていない。せいぜい陸路から郊外へ続くバスでも乗って街を離れるつもりだった。
露店に売られている食べ物を適当に買って公園のベンチに座って大好きなノハの事を考え続ける。
すると連絡が入った。ライフルを運び出す用意が出来たとの事でそこへ赴く際に立ち上がる。そして、何気なく視線を向けた裏路地で、もそもそと動く影を見つけた。
「おやぁ?」
それは先ほど助けた子猫。子猫は倒れたゴミ箱から餌を漁って食べられそうな物を見つけると嬉しそうに、オァァァ、と鳴いて咥えて持っていく。
「みじめですねぇ」
理解できない子猫の境遇に、ターニャは思わずそんな言葉が口から出る。子猫は上機嫌で通りを横断しようと路地から身を出した。
その時、ブレーキ音が聞こえ、破裂するような音が響く。
「――――」
子猫は路地を出た瞬間に、走ってきた車と邂逅した。車の運転手も子猫に気づいて咄嗟にブレーキを踏むが、それでも間に合わず子猫は車の影に呑み込まれる。
コントロールを失った車は少し蛇行して停止していた。
「? ???」
子猫は生きていた。車の進行方向が咄嗟に変わった為、轢かれる事は無かったのである。
「どんくさいのは面倒ですねぇ」
逃げて行く子猫を見ながらターニャはライフルを直す。彼女はスコープを覗かずに車のタイヤを撃ち抜いたのだ。子猫に気を取られていた事もあり、ライフルを使う所を運転手は見には見られていない。
運転手からすれば、寿命のきたタイヤが破裂したという結論に至るだろう。
ターニャはライフルケースに再び肩に背負う。運転手は驚いたように車から出て来ると、破裂したタイヤを見る。そして、走り去って行く子猫を見て呟いた。
「ああ、よかった。また猫を轢いちまったかと思ったぜ」
ターニャはライフルを持っていく。預かった者は彼女が二発撃っている事に珍しく思いながら検問を抜ける準備に入った。
その間、少ししてからまた来るように言われ、ターニャは再度時間を潰す為に夕暮れに傾いた街中を歩き出す。
「ターも物好きですねぇ」
そんな事を言いながら、港の市場で売れ残っていた魚を買う。そして、裏路地で餌を見つけられずお腹を空かしている子猫の前に落す。
「オァァ」
目の前に振って落ちた魚に子猫は嬉しそうに鳴くと口に咥えてトコトコと歩いて行く。そして、路地を少し進んだ先へ持っていくと、そこで待っている“猫”に魚を渡した。
「あらあら」
子猫が餌を渡したのは“猫の死体”だった。よく見ると昼間に子猫の運んでいた餌は全部その猫の周囲に置かれている。
猫の死体は腐乱しており、蛆や蠅がたかっている。誰が見ても死んでいると分かる様子だったが、子猫は“母親”が死んだことを理解していなかった。
怪我か何かで動けなくなったと思い込み、子猫はずっと母親に餌を運んでいたのだ。
「オアァァ」
子猫は餌を全然食べない母親へ、ターニャの先ほど渡した魚を押し付けるように食べる事を促している。
そんな子猫の脇を抱えてターニャは持ち上げた。
「わからないんですかぁ? アナタのお母様は死んでるんですよぉ?」
そう言うが、子猫は分かっていないように母親を求めてじたばたする。ただ、ターニャの手に噛みつく事だけはしなかった。
「それだけ愛情を貰ったのですかぁ。いいですねぇ」
ターニャは自分に“愛情”をくれなかった母の事を思い出す。
だから、それが必要無い様に生きている。けれど困った事に、知らないモノを他に与える事は出来ない事は理解しているので、母親猫の代わりは務まりそうにない。
「オァ……」
「……私には分からないんですよ。そう言うのは与えられた事が無いので」
ターニャは子猫を抱えるとそう言い放つ。子猫は、その時ターニャの作った表情とどこか優しい声色に諭されたのか、慰めるように鳴いた。
「そうですねぇ。ターはこの後、街を出て行くのでご一緒しますかぁ?」
「オァァ」
「うふふ。猫一匹くらいならぁ、問題ないと思いますしぃ、素敵なお姉様も居ますよぉ」
子猫を抱えたまま、ターニャは歩く。彼女と子猫にとってこの街に用はない。それを互いに理解していた。
「アナタの名前を考えるのは、お姉様に会うまでの良い暇つぶしになりそうですねぇ」
「オァァァ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ノハは『マイライフ』の扉を開けた。気味の良い鈴の音色が鳴ると、中に入って持っている荷物を床に置く。
「あ、おかえりなさい。どうでした? 旅行」
奥から出て来たメイは帰ってきたノハへ一言告げる。
「旅行っていうよりは仲間を迎えに行っていた」
「仲間? あの、前に一緒に仕事をしていた方々ですか?」
「いや。本当はすぐに迎えに行くべきだったんだが、住所が分からなくてな」
ノハはターニャの実家へ顔を出したのだ。しかし、ターニャからその手の話は何も聞いていなかったので、探し出すのに時間がかかってしまったのである。
「オァァ」
「ん?」
動物の鳴き声が聞こえ、メイはノハの置いた荷物へ歩み寄る。そして、覆っている布を取り払うと、
「わ! わわ!」
子猫が飛び出して来た。若干肥満気味の不細工な猫。しかし、毛並みは綺麗に整っており、衛生的にもきちんとした施術が行われていた。
「可愛い! え!? ノハさん。これってプレゼント!?」
メイは自分に対する贈り物なのかと思い、彼女に問う。
「いや、そいつは仲間だよ。ターニャが拾って来てな。四人で世話をする事になったんだ」
「へぇー。それで、名前は?」
メイに警戒している子猫は、次に奥から姿を現したユキミの姿を見て嬉しそうに跳びついた。
「うおっ!? なんだぁ!? って、ジェイドじゃん」
「ジェイド?」
「猫の名前」
ユキミは嬉しそうに喉を鳴らす猫――ジェイドを抱えてその喉をくすぐってあげた。
「自力で来たわけじゃなさそうだな。んじゃノハが捜して来たのか? って、どうした?」
「私が名前言うつもりだったのに……」
ノハは不機嫌そうにユキミへ子供じみた視線を向ける。
「お前、ジェイドの事になると見境ないよな」
メイはユキミに抱えられているジェイドへ近づく。
「メイと言います。ジェイド、撫でていい?」
「オァァ」
「わっ、わっ!?」
メイは飛び移って来たジェイドを慌てて抱きかかえる。
「人懐っこいだろ? そいつ、あんまし人見知りしないヤツだから。だが、ノハは例外でな」
「うるさい」
「動物好きなのに、動物が寄って来ないんだよ」
「うるさいー! ジェイド。こっちにもおいで! モフモフさせてよ!」
「オァァ……」
「なんか……ノハさんに対するイメージが変わりそうです」
苦笑いするメイの手の中から、ジェイドは跳び降りると奥へ走って行く
「ああ、まてー」
その後をノハが追って同じように奥へ消えた。
「ノハはオレみたいに器用じゃないからな。他人の前で鎧の紐を緩める時なんてほとんどなくてよ」
「確かにそんな気がします」
「故郷でもアイツの家はそれなりの地位があってな。一人っ子って事もあって色々と妥協が出来なかったんだ」
それが責務だと言わんばかりに、ノハは後継ぎとして要求される事は何でもこなしてきた。だが、それは周りの人間が視た彼女なのだ。ソレを理解しているのはユキミと彼女の母親だけである。
「皆さん、色々あるんですね」
「人の人生なんて十人十色だ」
不器用な奴はアレで丁度いい。ターニャがジェイドを拾って来てから、殺伐としたパーティにも幾分が呼吸をする間が生まれたのも事実だった。
「そう言えば、ジェイドって名前はどこからつけたんですか? カッコイイ名前ですよね」
素朴なメイの疑問にユキミは、そう言えば言ってなかったか、とその由来を口にする。
「拾ってきたやつが、ターニャ・ジェイド・オーキンスって名前でな。当人はそこから名付けたんだと」




