1.不死者と少女
「ヒゲ?」
真っ白い空間のド真ん中に椅子を用意して座っている、一人の少女はオレを見てそんな事を言い放った。
「……ヒゲ、伸びてる?」
「すごく伸びてます」
参ったなぁ、と近くにある洗面用の鏡で顔を確認する。仙人と言う程ではないが、そこそこ気になる程度に伸びていた。
「あー、くそっ……どんくらい時間が経ってんだ?」
清潔がモットーであり、髭は好きじゃないのだ。似合わないし。しかし、洗面台には髭剃りが無かった。弱ったなぁ、と顎と口周りの髭を触る。
「貴方も“不死者”の方ですよね? 警備の人?」
「いや、オレ部外者だよ。ちょっとした洗脳実験らしいんだけど、失敗してるよね? これ、間違いなく」
オレ自身は操られている感じは微塵もない。逃げ出す意志がある段階で、それは確定事項だろう。
「部外者? 部外者……外の人!!」
少女はビシッと指を刺して驚く。
「おう。人に指を刺すのは止めような。クソガキ」
なにやらテンションの高い少女は、楽しそうに微笑む。
「キミは、研究所の誰かの身内かい? こんな部屋で一人でなにしてる? まぁ、待合室にしては生活環境が充実しているけど」
「知らないんですか? ここ、あたしの部屋ですよ」
少女は周囲に置かれた、最低限の生活環境の事を説明する。
真っ白く、そこそこ広い空間にぽつぽつと存在するベッドやトイレや洗面所や最低限の家具。ここは少女の生活環境内であるらしい。
「おいおい、スケルトンハウスなんて目じゃねぇ部屋だな。トイレとかプライバシーの欠片もねぇ」
「慣れればどうってことないですよ。もう9年はこうして生活してるわけですから」
あっちのカーテンの向こうはお風呂ですよ。浴槽もあります! と謎のガッツポーズを決める少女。着ている服も簡単な白いYシャツと病院の患者が着る白いズボン。セミロングの白髪が動きに合わせて揺れた。
「そっか。とりあえず文明生物の一員として羞恥心は無くさないようにしようね。ていうか、君何歳?」
「あたしですか? 10歳です」
オレは近づくと、その頭にチョップをかます。
「いたい!」
「大人をからかうんじゃない。どう見ても15以上だろうがっ!」
椅子に座っている彼女は自らを10歳というが、その姿は体格、身長共に発育が良く、胸も異性を誘惑するには問題ないものだ。
「ふっふっふ。実はですね、あたしの血は、世界中で病に苦しんでいる人たちの“特効薬”になっているんですよ」
少女は袖をめくって、注射痕を見せた。頻繁に採血された後が痛々しく見える。
「年齢通りでは、作れる血液の量が少ないので成長促進剤やヒト成長ホルモンを使って18歳のナイスバディを手に入れているんですよ!」
「…………」
「あたし、生きながらにして世界中の人たちの役に立ってるんです!! 処女ですけど!」
体つきにしてはやたら童顔だと思ったが、彼女も色々と考えての現状であるらしい。
「処女云々のカミングアウトが必要だったのかは、どーでもいいが……立派だな」
その言葉が嬉しかったのか、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「ここは結構、入りにくい場所だと思うんですけど、どうやって入って来たんですか?」
次に彼女は首をかしげて呟くように質問てくる。
真っ白な空間。さほど広くは無く、天井や壁の奥に内蔵された様々なセンサーが、少女の体調を管理する常に作動していた。無論、侵入するには彼女にも開けられない正面扉を何重のロックを解除して明けなければならない。更にこの部屋に許可なく入った場合、警備に連絡が行くようになっている。
「いや、某ポッシブルみたいに天井裏からな」
上を指差すと、白い天井で唯一ダクトの一部が露出している部分があった。
「おお。なんか、スパイっぽいですね!」
「ま、立場としては半々だけどね」
少女は、たかーい、と見上げる。普段見ている天井とは違う色に、興味津々だった。
「なぁ、ちょっと聞いて良いか?」
「?」
その言葉に少女は再度、首をかしげながらオレの問いを聞き入れる。
Q.結構な頻度で血液抜かれているみたいだけど大丈夫なの?
A.年々血液の精製能力が少しずつ落ちているらしく、後三年ほどで血液を作れなくなる。そのまま死ぬ。
「……死ぬの?」
「死にますよー」
「軽い!」
と、何の臆することなく彼女は笑っていた。それに納得しているように、何の疑問も抱いていない。
「……やれやれ。もう止めれば良いだろ。今のままなら、生きるのに支障はないんだろ? 少しは我儘言っても良いと思うぞ」
「駄目ですよ。あたしの血が無くなると、まだ世界中で苦しんでいる人たちを見捨てる事になりますから」
少女は少しだけ困ったように視線を下に逸らした。
「なので、最後の一滴まで誰かが助かる為に、あたしの血を使って欲しいんです」
「…………そうかい」
オレは持参した仮面をつける。東洋の魔物――『麒麟』の顔を模した仮面。素性を知られないようにするための、オレの《《仕事道具》》だ。
その時、入り口なのだろうか、扉の向こうが騒がしい。
『敵は【麒麟】だ! 各自特殊弾を装備! 手足を吹き飛ばして、確保するぞ!』
そんな声が聞こえてくる。切羽詰まった緊張感が壁越しでも感じ取れた。部屋に置かれている目覚まし時計を見るといつの間にかこの部屋に入って十数分も経っている。
セキュリティ意識の高そうな部屋なので、外の警備が駆けつけるのは当然だろう。すぐ突撃してこないのは、オレを警戒してか、それとも少女の事を気にかけているのか。
「長居しちまった。じゃあな、サバ読み少女」
ひょいひょい、と慣れた形で壁を登ってダストに手をかける。
「……おじさん」
「おい、間違ってもおじさんっていうな。オレは30だ!」
蝙蝠の様に、ダクトに逆さでぶら下がってでも、それだけは絶対に訂正していかなければならない。
「……人と話すのって楽しいんですね。出来るなら……また、おじさんとお話ししたいです」
「…………」
オレは足を放して落下すると、空中でくるっと一回転。再び少女の前に着地した。
「おじさんじゃねー。オレはユキミって名前がある。」
「ユッキー?」
「時間が無いから突っ込まんぞ」
髪に編み込んでいた三つのミサンガの内、一つのミサンガを外すと彼女に手渡す。
「やるよ。せいぜい、コレで妄想を膨らませてろ」
オレは最後に、ミサンガを嬉しそうに見つめる彼女の頭をガシガシと撫でると、再びダクトへ登り蓋を閉める。そして、ほふく前進でさっさと逃げる様に去った。
「ありがとう……おじさん……」
同時に部屋に侵入してくる敵の音が聞こえたが、彼女がオレの情報を何か言う事は無かった。




