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偽装結婚相手に一目惚れしました。  作者: 工具
第二章 なんかアレな感じの恋愛イベントはっじまっるよー
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53 近いうちに、きっとですよ

 おっさんがぺらぺらと書類をめくる。たまに戻ったり、気になったところを別紙に書き出したりしている。

 企画立案・主催グリシーネ嬢によるそれぞれのパートナーと仲を深めよう旅行から王都へ帰った翌日であり、王家の避寒地である例の南の島にできたミニダンジョンに関する報告書をおっさんに渡したところだ。


 もともとあの島は王家の避寒地である以上王家の所有する土地であり、本来ならそんなところにミニダンジョンが生まれようものなら俺達の旅行は中止し、すぐさま調査隊を編成してどういったミニダンジョンなのかを把握すべきなのだ。そうならなかったのは、俺達の旅行に合わせて作った遊び場だと俺が神様から聞いていたからで、その俺達の旅行を中止した所為で神様がちょっと不機嫌になろうものならちょっとした災害がプロイデス王国を襲うかもしれないという危険性があったためだ。神様の楽しみを邪魔するとはそういう危険性を孕む。旅行の参加者がミニダンジョンを楽しみ神様もそれを見てまあまあ楽しみ、神様とプロイデス王国双方にとってそれなりに良い形で落ち着いたのは事前にダイス女史が内部を確認し、その後更にダイス女史とジルで最深部まで確認できたおかげである。


 おっさんはダイス女史とジルによる調査が最深部に到達するまで結構心配していたが、俺はミニダンジョン内部でのバイオロイドの扱いが中途半端に俺という個人とは別に扱われていることを確認した時点で危険はないと判断していたのでおっさんほどは心配していなかった。入り口前の立て看板に俺の戦闘への積極的な参加は禁じると書いてあったものの、バイオロイド達はその禁止事項の適用外だったのだ。バイオロイドたちが稼いだポイントは俺に集約されるのに、そのバイオロイド達は自由にエネミーを打ち落とせるというザルルールだったのは多分わざとなのだろう。俺とオルテンシア嬢を名指しで手を繋げとルールで定めたりしたのと同じ遊び要素だ。


「ふむ。どの程度の人間なら最深部まで到達できそうだ? お前の感覚的な意見を聞きたい」


 一通り報告書に目を通したおっさんが訊ねてくる。


「パインズ王子やウォルティース公子は単独だと無理だな。ジルはどのくらいかかるかは分からんが一人で踏破できる。ダイス女史は日帰りだろ」


 王子公子コンビとジルとの差が大き過ぎてまともな判断に使えないなこの意見。王子公子コンビは一般人の範疇だが、ジルはおっさんより英雄級に近いもん。


「お前の部下ならどうだ?」


 バイオロイドたちか。バイオロイドたちがどういう存在かをおっさんには言ってないが、おっさんの中でバイオロイドたちはどう受け止められているのだろう。まともな人間を訓練して俺が使っているとも思わないだろうし……。何でもいいか。


「俺がどの程度の装備まで与えるかに因るが、何も持たせなくても時間をかければ踏破できるとは思う」


 空間圧縮系の物資運搬手段、偵察ユニット、携帯食料の有無で大幅に必要日数が変わるだろう。うちのバイオロイド達はみな優秀なのである。主人たる俺への奉仕本能によって、必要な休息以外で手が空けば自己研鑽に打ち込むからね。多分、俺が命じれば石を積んで崩しての作業を延々続ける。怖くてそんな命令できないけど。


「結局のところ、自身で体験せねば具体的なことは分からんか」


 まじでー。おっさん自分で行くの?


「雪薔薇――今でも雪薔薇なのか? ジールダイン公子が調査報告を寄越した遺跡の件もある」


「それはそんな急ぐことじゃないだろ」


「この腕輪の転移機能は無理を通すだけの価値がある。それに、お前から例の飛竜を何頭か買い取る算段がついた。籠を持たせず背に乗れば移動に時間はかかるまい」


 高空を時速数百キロで飛ぶ飛竜の背に乗れる人外ならな。

 それより、結局俺から買うことにしたのか。


「献上させるとかじゃないんだな」


 というか、俺がこの国の貨幣を溜め込むと良くないので金銭での支払いはやめていただきたい。


「勝てぬ戦争をする気はない。かといって金銭ではお前も納得はしなかろうと悩んでいたのだが……」


 さすがに一頭二頭献上しろって言われたらしゃーないかなと頷くさ。おっさんには国王としての、俺には臣下としの対面がある。ツケにするだけだ。


「貸し借りの話にするのも問題の元になる。そこでだ」


 無駄に溜めなくていいからさっさと言ってくんねえかな。


「私直属の秘密諜報機関の長官に任ずる」


「仕事増やしてるだけじゃねえか」


「実質的には今までと同じように過ごしていればよい。お前の屋敷に手を出している連中について調べた内容をこっちへ回せ。情報取得の手段に係わらず犯罪の証拠を提示すればそれを元に犯罪者を処罰する。それで成果を挙げれば馬鹿ではない者達の小言を減らせるぞ。公式行事における私の護衛も役職を理由に免除できる」


 うーん。俺にとっては得なんだが、心の片隅に残っている日本人的倫理観が超法規的な権限を与えられることに忌避感を覚えてるし、なにより結果を出し続けるのが面倒くさい。そんな役職に就いたらちょいちょいオルテンシア嬢の屋敷にちょっかい出してる連中も手を引くだろうし、そうなると犯罪者を釣り上げ続けるのも楽じゃない。


「面倒な事務方はこっちで揃え、今までお前から回してもらった調査結果もすべてこの新設する機関の功績にする。これだけでお前がこの国にいる間の仕事には困っていないくらいだ。何もなければお前が何かする必要はない。そして、今までお前が調査した内容に因ってこの機関が挙げた功績がお前のものとなるのは順当な評価だ」


 考えるの面倒になってきたな。問題が起こったら全部がしゃーんて力技で解決すればいいや。


「ふぅ……何か起こった際にはすべて吹き飛ばせば良いから受け入れるのでいいかと顔に書いてあるぞ」


「何事もなければいいんだよ。俺がまじめに考えて対処すればいい程度の問題なら平和的に解決するしな」


「そうするために、お前に手柄を立てさせるのだ。これからは誰かの後ろ暗そうな秘密を知ったらもってこい。使えそうならお前の手柄にする」


「りょーかい」


 オルテンシア嬢の屋敷に侵入したやつらを絞ったり操ったりして調べたことを第五世代バイオロイドがまとめていたはずだ。書類にしたらおっさんに投げておこう。ああ、おっさんに引き渡す飛竜の用意もバイオロイドたちに頼んでおこう。




「そんなわけで、ひょっとしたら俺に関する噂がまた増えるかもしれないけど、オルテンシア嬢はあまり気にしないでくれ」


 その日の夜。オルテンシア嬢と夕食を摂ったあと、談話室まったりタイムの茶飲み話としておっさんと話したことをオルテンシア嬢に伝えておく。


「ふふふ。お父様と同じお仕事をされるんですね」


 ふわっふわでゆるゆるな笑顔でカップを傾けていたオルテンシア嬢がちょっと聞き流せないことを仰った。ダイス女史に視線を向けると沈痛そうな面持ちで首を横に振る。これ本当は言っちゃだめなやつね。

 夕食後の談話室まったりタイムの間、オルテンシア嬢は体質抑制の神器をはずして体質を制御する訓練としているので、言動が幼くなったり情緒不安定になることがある。基本的には俺が三人でのまったりタイムで感じる幸福感の影響を受けて幼い感じに言動がゆるゆるするだけなのだが、こういう言っちゃいけないことをぽろっといってしまうこともあるので俺のスルー力を程よく鍛えてくれる。ハイドロフィラ卿は諜報関係のお仕事をなさっているのか……。


「お父様とケント様はお揃いですね。あ、でも……」


 くすくすと楽しそうに笑みこぼしていたオルテンシア嬢が、唐突に寂しそうな表情になり俺を見つめる。


「フィル姉様がお父様と一緒のところで働き始めてから、お仕事が恋人になったのよと……ケント様もお仕事が恋人になってしまわれるのですか?」


 いつの間にかこぼれそうなほどの涙を瞳に湛えてオルテンシア嬢が身を乗り出す。今日は情緒不安定の日かな。オルテンシア嬢のいろんな顔を見られるのは嬉しくとも、俺の対応できる範囲を超えられてしまうとわたわたするだけになってしまうのでもう少しお手柔らかに願いたい。俺が慌てたりしてその影響を受けたオルテンシア嬢が更に不安定になってと俺にどうしようもなくなるとダイス女史に助けてもらうしかなくなる。


「俺は基本的にお飾りの長官職だ。オルテンシア嬢が心配するほど忙しくはならないよ。仕事が増え過ぎたら陛下に押し付けるしね」


「そうなのですか。良かったです」


 再び輝くような笑顔を見せてくれるオルテンシア嬢。うん。物分りが良過ぎて心配になる。あと俺の不敬な発言を聞いたダイス女史の視線が痛くて冷たい。物理的な温度すら視線に込められるダイス女史すごい。

 そうやって久しぶりのまったりタイムを楽しんでいたら、割と大事なことを思い出した。


「オルテンシア嬢。ミニダンジョンでフレンドを気に入っていただろう。前にペットを飼おうかって話をしたときは小鳥が居るといっていたけど、やっぱり鳥ともこもこは別枠みたいだからこういうのはどうかなと」


 どこからともなく引っ張り出すのは顔も耳も胴体も尻尾も長い狐っぽいなにか。全長で言うとオルテンシア嬢の身長より長いが、その半分は尻尾である。胴体の太さはオルテンシア嬢より太いくらいなのでめっちゃでかい。でも瞳はつぶらだし、長くて大きめの耳をぴこぴこ動かすのでかわいい。


「わぁ。ふわふわでもこもこで長いです」


 なんとなく管狐をイメージして生み出した人工生命なので狐っぽく見えても狐ではない。管狐でもない。


「躾はしっかりしてあるから甘やかし過ぎないように可愛がってあげてくれ」


 人工生命なのでオルテンシア嬢の護衛戦力として十分な能力を与えている。バイオロイドに研究してもらってる魔法関係の研究成果を取り入れ普通の生物ではありえない特殊な器官を持たせたり、第五世代バイオロイドの変態能力を応用して変態能力を持たせたりとデボンががんばった。俺は見た目のイメージを伝えた後は丸投げしたので何もがんばっていない。


「この子のお名前は何ですか?」


 手元に呼び寄せてわしゃわしゃしていたがそこそこ満足したらしい。


「オルテンシア嬢がつけてやってくれ」


 俺のネーミングセンスは胸を張れるほど上等じゃない。旗艦の名前は『俺艦隊旗艦』だし。


「どんな名前が良いでしょうか」


 管狐型人工生命の腋に手を入れて持ち上げたオルテンシア嬢が見つめあいながら話しかけている。


「旦那様」


 幼げな言動のオルテンシア嬢もかわいいと眺めていたら、ダイス女史が静かに寄ってきた。最近はちょっとしたことなら物理的な干渉力を持たせた視線のモールス信号で済ませていたのに。


「あの生き物は魔物か幻獣では……?」


 そうね。魔法が使えるっぽいのは魔法が使える人にはわかるそうだし、俺がオルテンシア嬢の護衛にって言うならそれなりに戦えるだろうってわかるし、何かヤバげな生き物じゃないかと考えるのもおかしくない。


「大丈夫だよ。何か危険があったら俺がオルテンシア嬢に近づけるはずもないじゃないか」


「そうですけれど……心配してしまうのは仕方ありません。あれが十匹ほどで群れれば連携次第では手を焼きそうに感じますので」


 あの長い狐そんな強いか。俺の見立てじゃ十匹で群れてもおっさんが苦戦するかしないかで、いざと言う時には囮になればいいくらいだったわ。オルテンシア嬢の安全のためにって目的が判断に悪影響を与えてたかも。


「じゃあ、ダイス女史はダイス女史で観察してくれ。何か問題があれば――」


「ケント様っ」


 話してるところに被せて来るとは、普段のオルテンシア嬢ならありえないな。気を許してくれてる感じがするのでよろしい。


「この子の名前はアナベルになりました。よろしくおねがいします」


 重さと長さで抱え切れず、下半身と尻尾を引きずりながらテーブルを回り込んできてプルプル震える腕で管狐型人工生命の顔を俺の方へ突き出すオルテンシア嬢。アナベルと名づけられた管狐型人工生命は耳を心なしか伏せ、視線で助けを求めてくる。大概の場合において俺はオルテンシア嬢の味方なんだよ、アナベル。


「よろしくな、アナベル。オルテンシア嬢、近いうちにアナベルを連れて散歩にでも行こうか」


 俺としてはさりげなくデートに誘ってみる。


「はいっ。近いうちに、きっとですよ」


 ちょっと話の展開が急過ぎたかと心配になったものの、満面の笑みで受け入れてもらえた。よし。この約束を支えに、ミニダンジョンの視察に行くおっさんの出張に付き合おう。

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