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激闘の町役場 7


 白鶴童子と名乗るアルビノの少年。

 その強さは、ちょっと光の想像を超えていた。

 極端に速いわけでもない。ものすごいパワーを持っているわけでもない。

 なのに強い。

 天性ケンカ少年の光がこれまで戦ったどんな敵よりも。

 繰り出す拳を受け流され、放つ蹴りをいなされ。

 光はむしろ自分自身の力によって消耗していった。

 相手の力を利用した戦い。

 それはむしろ人間たちの使う拳法に近いだろう。

 かつて安寺(旧姓村井)雄三と戦った経験のある琴美や佐緒里なら、白鶴童子の動きに気づけたかもしれない。

 さらに鬼姫ならば、「柔の拳だ」とか、わけのわからない解説を加えてくれたに違いない。

 不運なことに、光には人間と戦った経験が乏しかった。

 幸運なことに、ここに佐緒里はいなかった。

 光は戦いの中で自分を成長させるしかなかったのである。

「おめえ……むちゃくちゃ強えな……」

「貴公こそ……とんでもないですね……」

 互いに満身創痍の少年たちが笑う。

 白鶴童子とて、澪の血族と戦い続けて無傷というわけにはいかない。

 受け流したかにみえる攻撃も、何割かは喰らっているのだ。

 たとえば十トンのパンチ力。九割を無効化したとしても一トン分のダメージは受ける、ということである。

 技もへったくれも、圧倒的なパワーで押し切ってしまうのが澪の血族。

 事実、アルビノの少年の左腕は変な方向に曲がったままもう動かないし、頭突きを喰らったときに失明したであろう左目はもう開かない。

 美しく戦えていたのは最初だけ。

 現在は、蛮人の戦いの様相を呈している。

 一方の光も、大して変わらないダメージだ。

 たぶん肋骨は一本残らず折れ砕けている。

 何度も地面に叩きつけられた頭からはだらだらと血が流れて少年の顔面を赤く染め上げている。

 イケメンと評判の鼻梁は折れて、福笑いみたいな顔になっちゃってる。

 さらに左足も折れて、立ち方だっておかしい。

「そろそろきつくなってきました。これで決めましょうか」

 右手一本で構えを取る白鶴童子。

「同感だぜ。覚悟は完了したか?」

 右足一本で構えを取る光。

 動く。

 大きく飛んだ光が伸身宙返り踵落とし(コイン)を放つ。

 回避するだけの力も、受け流す力も、もう残っていない。

 右肩口に決まる。

 鎖骨が折れ砕ける音。

 かまわない。

 激痛に耐えながら白鶴童子が右腕を光の足にからみつける。骨が折れてしっかりホールドできないため、自らの右親指に噛み付いてロックする。

 そのまま外回転をしながら、光の身体をアスファルトに叩きつけた。

 琴美などがよく使うドラゴンスクリューを変形させたような攻撃だ。

 腱が切れる音、皮膚が裂ける音が響く。

 前者は光が完全に機動力を失った音、後者は白鶴童子の親指が付け根まで裂けた音だ。

 もろともに倒れ込んだ少年ふたり。

 光の変身が解けてゆく。

 動けない。

 よろよろと立ちあがったのは白鶴童子だった。

「うおおおおおおっ!! 澪の血族に勝ったぞぉぉぉぉ!!」

 大音声での叫び。

 先ほどまでの端然とした礼儀をかなぐり捨てて。

 そして、ゆっくり後ろへと倒れていった。





 響き渡った大声に、ぴくりと動きを止めた佐緒里。

 何事もなかったかのように哪吒と睨み合う。

 深紅の槍と漆黒のアーマー。

 どちらももう傷だらけだ。

 哪吒はかなりの強敵である。

 光則と二人で戦って、どうにか互角というラインに手が届くがどうか、というレベルだ。

 もし一人だったら、とっくの昔に敗北していただろう。

「我らの味方が勝ったようだ」

 淡々と哪吒が告げる。

「勝ってない。あれは相打ちというのよ」

 応える佐緒里も淡々としたものだった。

 たしかに光は敗北したのだろう。

 だが、白鶴童子ももう動けない。

 これは勝利とは呼べない。

 非常に悪い言い方だが、澪陣営、太公望陣営ともに駒を一つずつ失っただけである。

 大局にはまったく影響がない。

 もちろん、当然のように、鬼姫はそこまで考えて発言したわけではないが、正鵠を射ている。

 ただ相手を倒せば勝利というわけではない。

 味方の救援に駆けつけるだけの余力がなくては、ただの相打ちである。

 武術を競っているわけでなく戦争なのだ。

「そうか。では我は完勝しなくてはならぬな」

 呟く哪吒の両手に武器が現れる。

 右手には槍。

 火尖槍(かせんそう)

 左手には円環の形の刃。

 乾坤圏(けんこんけん)

「こいつ……っ いままで手加減していたのかっ」

 砂剣を構えた光則が呻く。

 鬼姫と砂使い、二名を相手取って哪吒は徒手空拳だった。

 その状態でぎりぎりだったのである。

 武器など出されたら、勝算など立てようがないのではないか。

「是非もない」

 とくに表情を変えることなく、佐緒里が聖槍(ゲイボルグ)を一振りした。

 相手が本気だろうが(うそ)ん気だろうが関係ない。

「萩に後退はないことだ」

「いつもの決め台詞中に申し訳ないけどよ。たぶん嘘ん気なんて日本語はないと思うぜ」

 恋人の様子に安堵し、砂使いが怯懦(きょうだ)の虫を内心から追い払った。




 戦場を駈けるシスター・ノエル。

 六月後半の風に、長衣がたなびく。

「疾っ!」

 宙を舞うサクラマサクス。

 四方八方から黒髪の美女に襲いかかる。

 かん高い音をたて、すべて断ち切られた。

 手にした鉄扇(てっせん)によって。

「アイデアは良いんだけど、すこし速度が足りないわね。(わたくし)を狙うなら、もっと速く投げないと」

 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で論評してみせる。

 事実、竜吉公主は余裕たっぷりだ。

 彼女が傷一つ負っていないのに対して、ノエルはぼろぼろである。

 身体の各所から血が流れ、頭巾はどこかに吹き飛んで短い金髪が風に晒され、長衣もあちこちが破れて、シスターにはちょっと見えないような有様だ。

 かなり上品に評価しても、施しを求めて教会前にたむろするホームレスといったところか。

 ちょっと信じられないほどの苦戦である。

 ノエルの戦闘力は量産型能力者の比ではない。

 幼少期から闇を狩る者として育成され、いくつもの秘術を施された彼女は、人の身でありながら酒呑童子などと同等以上の戦闘力を保有しているのだ。

 それが、竜吉公主と名乗る女の前に手も足も出ず、いいようにもてあそばれている。

「恥じることはないわ。妾が特別すぎるのだから」

 睨みつけるシスターに微笑を返す美女。

 主神である天帝と、仙界を統べる西王母の間に生まれたという、とんでもないサラブレッドである。

「スペシャルなことを誇るようじゃ、まだまだ三流よ」

 ノエルの両手に現れる短剣。

 接近戦もダメ、距離を置いての飛び道具も通じないとすれば、ちょっと打つ手がない。

「ええまあ。じっさい妾は三流なのだけれどね。扱いもひどいし」

「政略結婚の上に戦死だもんね」

「西洋人のわりに詳しいのね」

「けっこう好きだからね。ゲームにならないか、楽しみに待ってるんだけど」

「一人で千人くらい倒せるようなヤツ?」

「それそれ」

「ちょっと難しそうね。でもドラマにはなってるわよ。妲己(だっき)が主役のヤツもあるわ」

「何それ。かなり見たいんだけど」

「妾の方が地位も力も上なのに、どうしてこうも扱いが違うのかしらね」

 会話を楽しみながらも、ノエルは隙をうかがっている。

 が、踏み込めない。

 どうやって仕掛けても、彼女の脳細胞は失敗する未来予想図しか描いてくれないのだ。

 となれば、仕掛けさせてカウンターを狙うか。

 じりじりと間合いを計る。

 あえて隙を見せながら。

 しかし竜吉公主は動かない。

「攻めないわよ?」

「どうして?」

「苦手なのよね。自分から攻めるのは」

「なら私はあなたを無視して動くのみ!」

 放たれるサクラマサクス。

 味方を援護するため。

「それはダメ。妾が太公望に頼まれたのは、能力者を一人足止めすることだから」

 鉄扇が舞い、ふたたび短剣を叩き折って美女の手に戻る。

「くっ」

「べつに貴女に恨みもないし、殺すつもりもないから」

 半ば顔を隠しての微笑。

「さあ、千日手を楽しみましょう」

「それを楽しめる人は、いないと思うわよ」

 とことんまで面倒くさい相手である。


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