激闘の町役場 8
「光!!」
屋上から飛び降りようとする美鶴。
慌てて楓が押し止めた。
恋人の元に駆けつけたいという気持ちは判るが、さすがにここから飛び降りるのはまずい。
力が覚醒したとはいえ、知略系の美鶴の身体能力は量産型よりも少し上という程度だ。
四階建ての屋上などから飛び降りたら、さすがに捻挫くらいしてしまう。
「大丈夫です。美鶴さま。落ち着いて」
ウインドマスターに、鬼の頭領と大江山クマ軍団が駈けよるのが遠望された。
群がってくる兵馬俑どもを四天王たちが牽制し、鉄心が少年を抱えて本陣まで後退する。
「光くんはあのくらいで死んだりしません。大丈夫ですわ」
「……ごめん。楓さん」
我に返り、第二軍師が謝罪する。
指揮官としてあるまじき事をしてしまった。
激戦のさなかに、担当部署を放棄しようとするとは。
「あ、いえ。それは良いのですわ」
微笑する第三軍師。
澪は厳格な軍隊ではない。
誰のために戦うか、それは常に心に留め置かなくてはいけないことだ。
たとえば、家族の安否が気がかりで戦いに集中できないなどということがあってはならない。まず優先すべきは最も大切なもの。
美鶴なら光や実剛や暁貴ということになるだろう。
「戦闘指揮など、わたくしでも代行できます。ですが、わたくしは美鶴さまの恋人にも兄にも伯父にもなることはできません」
「楓さん……」
だから、彼女が心配したのは戦況のことではなく、単純に美鶴の身体の事だけだ。
「行ってきても良いですよ。美鶴さん。ここは私と楓さんで支えますから」
五十鈴が優しげに微笑む。
ほんの一瞬だけ迷った美鶴だったが、ゆっくりと首を振った。
厚意は嬉しいが甘えるわけにはいかない。
彼女と楓の二人がかりで指揮を執り、なんとか支えているのが現状なのだ。
美鶴が抜けたら、第三軍師の負担が増えすぎる。
それに、
「担当部署を放り出して駆けつけたりしたら光は怒るわ。あいつはそういう類の馬鹿なのよ」
ふんすと鼻息をふきだす。
戦場には、第二軍師が果たすべき役割がまだまだたくさん残っている。
矢継ぎ早に第一隊に指示を出す。
いまは、恋人のことは忘れよう。
大丈夫だ。
さかな丸には准吾だっている。
屹っと戦場を睨みつける美鶴。
楓と五十鈴が、何も言わずに微笑んだ。
ただその表情は、そんなに無理をしなくて良いのにと語っていた。
蹴り足を鷲掴みされ、猪八戒がアスファルトに叩きつけられる。
幾度も幾度も。
助けに入る沙悟浄。
にやりと唇を歪めた韋護が、振り回す勢いを殺さぬまま猪八戒を投げつける。
「ぐわっ!?」
助けようとした味方をぶつけられ、もんどり打って沙悟浄が倒れる。
「くそ!」
如意棒を構えて突貫する孫悟空。
韋護は、悠々と太刀で捌いてゆく。
「弱えなぁ。弱すぎだぜ」
「くっ」
たちまちのうちに少年が劣勢に追い込まれる。
どうしてだ。
孫悟空の脳裏に浮かぶ疑問。
封神演義の神々と西遊記の神々。
そこまで差があるわけがない。たとえばどちらにも登場する哪吒を、孫悟空は叩きのめしている。
それより力量で劣るはずの韋護に歯が立たない。
意味不明である。
絶望の表情で如意棒を振るう。
「格好良く登場したわりにゃあ、無様なもんだな。エテ公よぉ」
「ぐうううっ!」
無数の小さな傷が刻まれてゆく。
退くことはできない。
彼の後ろには玄奘三蔵がいる。一応、玉竜が守っているが、彼の戦闘力は孫悟空たちよりずっと低いのだ。
ここを抜かれたら、後がない。
「命に代えても……!」
「かっこいいねぇ。無駄だけど」
無造作に振るわれた太刀。
袈裟懸けに孫悟空を切り裂いた。
どさりと倒れる。
冷然と見おろす韋護。
「てめえらみたいな雑魚じゃ運動にもならねえな。オレサマに勝とうなんて、無理、無茶、無謀ってやつだぜ」
「だとしても、我らは退かぬ」
よろよろと身を起こす沙悟浄。
降妖杖を構える。
猪八戒は気を失っている。孫悟空は生死不明。
もう戦えるのは、彼しかいないのだ。
「うおおおおっ!!」
突きかかる。
「遅せえよ」
わずか二、三合打ち合っただけで、沙悟浄の手から得物が飛んだ。
かまうことなく殴りかかる。
だが、その拳は韋護に届かなかった。
太刀に胴薙ぎされ、内臓をこぼしながら倒れ込む。
「決死の覚悟で稼いだのが、たった数秒ってかい? つまんねえ男だな」
敗者の頭を踏みつける。
「けど、彼が必死に稼いでくれた数秒で、君は勝機を失った」
突如として響く声。
虚空から。
驚愕の表情で韋護が見上げる。
そして、そのまま正中線から縦半分に分かたれた。
断末魔を残すことすらなく。
どちゃりと崩れ、灰となって初夏の風に溶けてゆく。
空中に浮かぶ人影。
目の醒めるような美少女を姫抱きして。
役場庁舎が景気の良いサイレンをがなり立てる。
「御大将ご帰還ですっ! 御大将がご帰還なさいましたぁ! あ、こちら防災澪ですぅっ」
最初に発信元を名乗ることすら忘れた防災無線。
間抜けな放送主は、もちろんニキサチである。
放送の向こう側とこちら側、双方で歓声が爆発した。
すたりと地上に降り立った次期魔王。
絵梨佳に西遊記チームの治療を依頼する。
「車を捨てます」
実剛が言った。
キクが仲間を連れて飛んだ五分後。
澪まで二十分という距離でのことである。
「なんだと?」
御劔が聞き返す。
「車を捨てます」
正確に繰り返す次期魔王。
ポークコマンダーを乗り捨て、徒歩で澪まで駈けようというのだ。
まともに考えたら、こんな非常識な提案はない。
だが、能力者たちはまともではない。
御劔の全力疾走は百メートルを三秒で、紀舟は三秒〇二で走り抜ける。
時速でいうと百二十キロくらいだ。
現在、ポークコマンダーは時速六十キロ程度で走行している。単純計算でいえば半分の時間で到着することになる。
「残り二十キロを全力疾走しろと?」
「できない?」
「できる」
「ならそれで御劔くんと紀舟陸曹長はお願い。僕は絵梨佳ちゃんと一緒に空を行くよ」
重力を制御できる芝の姫は、文字通り空を飛ぶことができる。
障害物もなく、直線で進めば、五分ほどで澪町役場に到着するだろう。
「了解した。実剛が決めたのなら否やはない」
御劔が頷く。
相変わらずラブラブだと、にやにや笑いながら、紀舟陸曹長がポークコマンダーを路肩に寄せた。
もう領域的には澪の町内である。
装甲車の回収は第二偽装要塞に任せて問題ない。
「いこう。絵梨佳ちゃん」
「はい! 実剛さん!」
広げた婚約者の腕に飛び込む芝の姫。
ポーズとしては格好いいが、じつのところ実剛の役割は単なる椅子である。
飛ぶのも戦うのも、絵梨佳の役目だ。
「じゃ、いってきます」
「気をつけてな」
「ご武運を」
ごく短い別れの挨拶を交わし、実剛と絵梨佳が大空へと舞いあがる。
少女の髪と同じ、突き抜ける蒼穹へ。
「では陸曹長。俺たちも行くか」
「十分と言いましたが、小官たちも五分くらいで現着したほうが良いでしょうね」
「全力疾走の二倍の速度は、さすがに出せないぞ」
「道を使えば二十キロ。でも」
指をさす陸曹長。
立木が茂る林、川、そんなものが役場までの視界を遮っている。
「踏み台になりそうな木が、いっぱいあるじゃないですか」
「なるほど。俺たちも直線で行くわけだな」
言うが早いか、御劔がガードレールを蹴って加速する。
女性自衛官もその後に続いた。
西遊記チームを背後にかばい、じっと太公望の本陣をみつめる実剛。
風に黒髪がそよぐ。
仁が駆け寄り、うやうやしくインカムを差し出した。
「義兄上さま。無事のご帰還、祝着にござる」
いつも通り、えらく時代がかった口調である。
軽く礼を述べ次期魔王が無線機を装着した。
一呼吸。
「みんな。遅くなってごめん。でも、ここからだ。反撃のベルを鳴らすよ!」
電波に乗って実剛の声が飛ぶ。
『友と明日のためにっ!!』
士気を高められた澪の戦士たちの叫びがイヤホン越しに返ってくる。
耳が痛くなるほどの。




