激闘の町役場 6
加速する。
どんどん狭窄してゆく視界。
高機動戦闘では珍しくもない。速度が上がるほどに視野は狭くなるのだ。音速に迫る攻防。
戦っている当人たちすらこのありさまなので、周囲の人間は動きを目で追うことすら難しい。
流星。
かと思われたのは琴美である。
二郎真君に投げ飛ばされ、高速でアスファルトに激突する。
哀しげな悲鳴をあげて陥没する広場。
そのまま二回三回とバウンドしながら体勢を入れ替え、四度目の接地ではすでに反撃の準備が整っている。
大地を蹴って再突撃。
逆手にもった銘刀貞秀が蒼銀の軌跡を描く。
追撃しようとしていた深紅の戦士。制服の胸がざっくりと裂けた。
が、本体にダメージは与えていない。
ぎりぎりのところで二郎真君が制動をかけたのだ。
一ミリ、ほんの一ミリ届かなかった。
琴美は失望したりしない。
振り抜いた勢いを殺すことなく後ろ回し蹴りを放つ。
上段。
攻勢から一転、守勢に回った女子高生。
なんとか受け、捌いてゆく。
反撃の機会をうかがいながら。
手数で勝負しながら、琴美の顔に焦りが浮かぶ。
二郎真君の氣がどんどん膨らんでいるからだ。
額に開いた三つめの瞳が妖しく輝く。
攻撃と攻撃の繋ぎ。
隙ともいえない隙を突いて振るわれる三尖刀。
かろうじて貞秀が流れを変えるが、わずかに遅れた。
ビーストテイマーの脇腹が薙がれる。
「ち」
二転三点と蜻蛉を切って距離を取る琴美。
二郎真君は追撃をおこなわなかった。
つい先ほどカウンターをもらいそうになったばかりだから。
数メートルの距離をおいて睨み合う女子大生と女子高生。
互いの息が上がっている。
琴美は腹を薙がれ、だくだくと血が流れ出しているし、二郎真君の身体には無数の小さな傷が刻まれていた。
たったいま、一秒にも満たない攻防で負った手傷だ。
強い。
奇しくも同じ感想を抱く。
ふたりがつくった間隙を縫うように突撃するのは雷震子と沙樹。
互いに無手だが、雷震子にはすべてを切り裂く翼がある。
蒼銀の魔女といえども容易には踏み込めない。
超高速で襲いくる翼を紙一重で回避しつつ、なんとか腕なり足なりを捕まえようと牽制攻撃を繰り返す。
が、本気の沙樹にしては、ごくわずかに動きが鈍い。
背中に受けたダメージのせいもあるが、切り裂かれた服が魔女の動きを阻害するのだ。
秘書職である彼女は女性用のスーツをまとっていた。野戦服ではなく。
もちろんそれは戦闘に適したものではない。ブラウスも上着もタイトスカートもローヒールも、残念ながら戦うために作られたものではないのだ。
一流の戦士であれば道具にこだわりはもたない、などいう説もあるが、一流を超えるような戦いを繰り広げている状態では、かなりの不利となってしまう。
まして背中を裂かれたスーツにブラウス、そしてブラジャーが腕に引っかかり、邪魔で邪魔で仕方がない。
次々と繰り出される翼の斬撃を華麗なステップで回避してゆくが、蒼銀の魔女としては不本意さが顔に出ている。
これはかなり希有な事態だ。
もともと沙樹がちゃんとした戦闘服で戦うことは少ない。
闇を狩る者との戦いくらいだろう。
にもかかわらず、彼女は危なげなく勝ってきたし、不満を憶えることもなかった。
圧倒的な力量差があったから。
最強の称号は伊達ではない。
だが、ここにきて装備の大切さを思い知らされることになった。
高速機動戦術をとる相手には、動きづらいという一点のみでとんでもない不利を抱え込むことになってしまう。
何十度めか判らない突撃を半回転して回避する。
そしてすれ違いざまに手刀を叩き込もうとしたとき、沙樹の体勢が崩れた。
酷使に耐えかねたヒールが折れたのである。
音速に近い戦いを演じている最中に。
いかな蒼銀の魔女といえど、これはたまらない。
もんどりうってアスファルトとキスをする。
見逃すような雷震子では、むろんない。
急角度で襲いかかる。
「お母さん!」
間一髪、駈けよった琴美が貞秀で翼を弾いた。
左腕が力無く垂れた状態で。
無理な機動をしたため、彼女自身も二郎真君のしたたかな一撃をもらうことになってしまった。
だが、こればかりは仕方がない。
左腕の骨と母親の命運。秤に乗せることなどできないから。
「ごめん琴美」
「大丈夫? かなりいい音聞こえたけど」
「おもいっきり捻ったけど大丈夫。もう治ったわ」
「その回復力、うらやましいねたましい」
呆れたように琴美が言った。
回復のチカラは乏しい巫の一族にあって、沙樹だけは芝の一族に比肩しうるチカラをもっている。
死角のない最強の戦士。
弱点など、惚れっぽいことくらいだ。
「靴が邪魔。服が邪魔。もう全部脱いじゃおうかしら」
「お願いだからやめて。熟女の全裸バトルとか、誰得なのよ」
「庁舎に侵入を企図している敵兵がおりますわ。数は四」
戦域全体の監視をおこなう楓が指をさす。
「二時の方向。俯角六十七度。斉射三連。放て」
軽く頷いた美鶴が右手を振り下ろした。
降り注ぐ十二本のPKランス。
初撃はことごとく回避される。
兵馬俑の反応速度はかなりのもので、不意打ちでもなかなか命中しない。
そのため美鶴と楓が苦心して編み出したのが、三連斉射である。
一発目は、最初から外れることを前提として放たれる。
二発目が本命だ。
回避する方向を読んでの精密射撃である。
それでも取りこぼしが出るため、残敵に全員が集中攻撃をおこなうのが三発目。
「効率が良い、とは言いにくいけど」
兵馬俑が消滅したのを確認してこぼす美鶴。
十二人の量産型能力者が合計三十六発のランスを放って、倒したのが四体である。
戦闘効率としては、かなり微妙だ。
「嘆いている暇はありませんわ。九時方向。四体が市街地に向かおうとしております」
「ああもうっ!」
ふたたび美鶴が右手を振り上げる。
「さかな丸に突撃が来ます。十二体」
「そっちも!」
咄嗟に兵を分けて対処するが、完全には倒しきれない。
市街地に向かおうとした四体は全滅させたものの、前線拠点に向かった兵馬俑は二体しか削れなかった。
突撃を許してしまう。
鋼や仁を中心とした第一隊と、激烈な戦闘が始まる。
徐々に押されてゆくニンジャたち。
彼らは勇猛で献身的だが、兵馬俑は恐れというものをしらない。
倒しても倒しても押し寄せてくる。
悪夢の苗床になりそうな光景だ。
「こっちか本命っ! 街に向かうと見せかけたのは囮っ!」
悔しげに美鶴が奥歯を噛む。
突撃隊を援護射撃から守るため、あえて目立つように兵を動かした。
陽動である。
見事に引っかかってしまった。
「美鶴さま」
「判ってる! 曲射! 放て!!」
指令が飛ぶ。
放たれたPKランスが、おおきく弧を描いて兵馬俑どもの背後を襲った。
ばたばたと何体か倒れる。
が、射撃の威力が目に見えて落ちてきている。
疲れが出ているのだ。
量産型能力者にとって、最大の攻撃であるPKランスだが、当然のように無限に撃ち続けられるものではない。
使えば使うほど疲労してゆく。
マジックポイント、などという便利な数字がないため、具体的に何発撃てるのかとかは判らないが、五十鈴の言葉を借りれば二、三発で百メートルの全力疾走くらいは疲れるらしい。
こうも立て続けに射撃を繰り返せば、量産型能力者だって疲労困憊してしまう。
半数ずつ休息を取らせた方が良いかもしれない。
無表情のまま第二軍師が内心で思考を巡らす。
援護は薄くなってしまうが、完全に使い物にならなくなってしまう前に、次の手を講じなくてはならないのだ。
「五十鈴さんの負担が増えちゃうけど……」
女勇者はPKランスを使わない。
使うのは絶倫の技量を持つ弓矢である。凄まじい射撃精度で、時に兵馬俑の足を射抜いてその場に釘付けにしたり、時に魔法を交えて頭を吹き飛ばしたり、八面六臂の活躍をみせている。
彼女だけは休ませてあげることはできないのだ。
「うそ……」
第二軍師の思考を第三軍師の呟きが中断させる。
「どうしたの? 楓さん」
年長の僚友の顔が、死人のように蒼白になっていることに美鶴は気が付いた。
そしてそれは、すぐに彼女にも伝染した。
「光くんが……敗北いたしました……」
という言葉によって。




