激闘の町役場 4
「……きた」
ぽつりと呟く哪吒。
視線は庁舎の三階へ。
次の瞬間、窓を破って影が躍り出る。
「貫け! 聖槍!!」
虚空に声が響き渡った。
深紅の閃光。
数体の兵馬俑どもを巻き込んで炸裂する。
本来であれば、そのまま太公望の身体をも貫くところだったろう。だが、ぎりぎりのところで哪吒が弾いた。
とくに失望した様子も見せず、すたりと女が着地する。
漆黒のプロテクタアーマーをまとった鬼姫だ。
「槍使い……っ」
ぎり、と奥歯を噛みしめる太公望。
「魔王の伴侶を誘拐しただけでは飽きたらず、役場にまで攻め入るとは。弁解の余地なし。死ね」
冷然と死刑宣告をくだし、指を突きつける。
その両側に光則と琴美が降り立った。
ついに主力が戻ってきたのだ。
「こちらは防災澪ですぅ。ただいま子供チーム現着ですぅ! 繰り返しますー ただいま子供チームが現着しましたぁ!」
防災無線が、えらく間の抜けた声の放送を奏でる。
声の主は、もちろんニキサチ。
前線で奮闘する澪の戦士たちが、一斉に鬨の声をあげた。
「……だれですか? さっちんに放送やらせたの。あの口調で志気が上がったら奇跡ですよ」
やれやれと信二が肩をすくめた。
庁舎三階の副町長室。
キクの縮地によって、彼らは司令部に直接現れた。
魔王と伴侶が再会を喜び合う暇もなく、佐緒里、琴美、光則の三人は窓を割って戦場に飛び込み、鋼はニンジャたちの指揮をするため部屋を飛び出していった。
残ったのは魚顔軍師である。
駈けよってきた婚約者に矢継ぎ早に指示を出す。
すぐ来援到着の放送をかけさせたのも、そのひとつだ。
敵にも聴かせるため。
味方にだけ報せるなら無線で充分なのである。
ただ、まさか放送室の一番近くにいたのがニキサチだとは思わなかった。
「や。ちゃんと志気は上がっているようですよ。信二くん」
双眼鏡で戦況を眺めやった高木が苦笑混じりに告げる。
「おかしな人たちですねぇ。まったく」
もう一度、肩をすくめる主席軍師だった。
「ともあれ、助かったぜ。信二」
「そのお言葉まだはやいですよ。ご当主。御大将たちの到着まであと二十五分といったところです。まだ俺たちの勝ちと決まったわけではありません」
魚眼にうつる前線は厳しい。
敵にはまだ余力があり、こちらは兵力の逐次投入という愚を犯している。
勝利の天秤は、まだどちらに傾くか予断を許さない状況だ。
「光則君と佐緒里嬢で敵本陣を引っかき回してください。戦略目標とか、何にも考えなくて良いです。ただ暴れたいだけ暴れてくれてOKです」
インカムを通じて無茶苦茶な指示を出す。
細かい動きを指示したところで、砂使いはともかくとして鬼姫がその通り動けるはずがない。
好きなように戦わせるのが一番だ。
『了解』
『是非もなし』
それぞれの為人で応える二人に軽く頷き、次の指示を送る。
「こころ嬢。そちらに鋼氏が向かいました」
『遅いよ信二。もう少しで泣くところだった』
「それは残念です。こころ嬢の泣き顔は、ぜひみたかったですね」
『楓ー きみの恋人は変態だよー』
「あやまりますから指揮に集中してください」
こころが担当しているのは正面玄関付近。
最も重要なポイントである。
そこが崩されたら終わりだといってもいいくらいの。
事実上の本陣である。
だからこそ、天界一の智恵者は圧倒的に不利な状況下で、一歩も退かずに戦い続けなくてはならなかったのだ。
『鋼くんがきてくれれば少しラクになるかな。できれば要塞からも人を回して欲しいかも』
「八分いただけますか?」
『五分三十秒』
「善処します。出撃拠点の五名を全員そちらに回します」
『よろしくね』
出撃拠点たる物産館を空城にする。
かなり大胆なプランだ。
もし敵に別働隊がいた場合、防衛の拠点をただ奪われることになってしまう。
「美鶴嬢。屋上ですか?」
『ええ。五十鈴さんと第一隊十二名も』
「わかりました。援護射撃を続行してください。楓をそちらに上げますので、攻撃ポイントはおふたりに一任します」
『了解だけど、私たちが射撃を始めたら、また中華アンデッドが入ってくるかも』
「阻止してください」
『んな簡単に……』
「援護射撃をおこないつつ、弾幕を張って侵入を阻止。なおかつ、市街地に敵が向かわないよう足止め。以上三点、遺漏なく遂行してください」
『はぁ!? ちょっと信二さん何考えて……いえ、了解したわ』
馬鹿げた要請に反論しかけた美鶴だったが、すぐに思い直して了承した。
社畜根性によって、ではない。
たしかに澪はブラック企業ならぬダーク自治体だし、人使いも神使いも荒いが、無理な要求をしたりはしないのだ。
少なくとも魚顔軍師は、美鶴と楓であれば三つの命題をこなすことができると判断したということである。
不可能だと考えているなら別の指示をする。そういう男だ。
たとえば光則や佐緒里には、作戦行動不要と明言している。
『最優先だけ教えておいて。同時に全部はできないからね』
「正面入口です」
『こころさんのいる場所を出城として考えるってことね』
「ご名答」
年少の僚友の解答に、満足げな笑みを浮かべる魚顔。
上空から俯瞰すれば、役場庁舎が本城で、正面入口が前線基地ということになるだろう。
戦線を維持するためにも、この出城が陥落するのは大いにまずい。
死命を制するポイントといっても、そう過言ではないのである。
『おけ。さかな丸の死守ね』
「……はい?」
『さかな丸。出城なんだから、なんか名前があった方がいいでしょ』
くすくすと巫の姫が笑う。
公共放送が、だいたい一年間をかけて放送するドラマをもじった名称だ。
ど田舎の澪だって、テレビくらいは映るのである。
「……こころ丸とかの方が良いのでは……」
軍師の微弱な反論は、華麗にスルーされる。
『各員! これより正面入口の拠点をさかな丸と呼称するわ! 絶対に守りきるわよ!!』
オープンチャンネルで言い切りやがった。
最悪である。
戦場の各所で戦士たちが鬨の声をあげた。
馬鹿ばっかりである。
ノリと勢いだけで生きてやがる。
ぐらりとよろめく信二。こんなときは楓に慰めてもらいたいのだが、愛しい婚約者は彼自身の指示で屋上へと駈けている。
視線がさまよう。
高木と目があった。
「人生なんて、そんなもんですよ。信二くん」
妙に達観したしたことを言ってくれる。
嬉しくて涙が出そうだ。
ただ、泣いてばかりもいられない。
軍師の仕事はまだ終わっていないのだ。
「アンジー」
『ほいほい』
「沙樹女史に合流してください。彼女だけ二名の転生者を相手取っています。それでも負けるとは思いませんが」
簡単に勝てるとは、それ以上に思えない。
最強の戦士たる沙樹が一ヶ所に長々と足止めされるというのは、戦術的に考えて望ましい事態ではないのだ。
女王とは、遊撃に使ってこそ活きる駒なのだから。
『了解よ』
「頼みます」
琴美への指示はごく短い。
伊達に幼少期から一緒にいるわけではない。
阿吽の呼吸といえば言い過ぎだろうが、すべてを口に出さなくても、互いの狙いはなんとなく判る。
信二は、沙樹と琴美に母娘タッグを組ませることによって最大級の戦力を持つユニットを作り上げたい。
琴美は怪我をした母親のフォローに回りたい。
感情と戦術が見事に一致した。
うまく回れば、全軍を正面入口を中心とした凸形陣に再編できるだろう。
「一対一の戦いをいくつも現出させたところで意味がありません。すでに太公望は気付いているでしょうがね」
呟く言葉は指示ではなく独白である。
こちらが部隊の再編を試みているとみれば、敵はどう動く?
好機ととらえて、自軍も再編しようとするだろうか。
まともに考えれば、それが最適解。
太公望の軍勢の方が、まだまだずっと多いのだ。
いちど戦況を落ち着かせて、あらためて作戦を構築する。
「という手を取ってくれたら、ラクなんですけどねぇ」
前庭を見つめる瞳には、劇的な変化は映っていなかった。




