激闘の町役場 1
初夏の澪。
気温は高くも低くもなく、吹き抜ける風も爽やかで、まさに宝石のような季節である。
本来であれば多くの観光客を迎え入れ、二年目の町改革に全力を尽くしたいところだ。
「なのに、なんで攻めてくるかな」
ため息を吐きながら広沢が歩を進める。
腕を振るごとに雷光が兵馬俑を打ち倒してゆく。
北海竜王の力だ。
とてもそうは見えないが、すべての水と雨を司るのが、この竜神さまなのである。
その特技を買われ、上下水道課課長補佐をやっているくらいだ。
「嫌すぎる紹介だよ。自分はもともと戦闘員希望だったんだぞ」
「誰にいってるのさ」
横に降り立ったカトルが突っ込んでくれる。
すでに風の力を身にまとっていた。
アステカの文明神ケッツァルカトル。
文明神という点が評価され、澪では住民生活課課長補佐を務める。
「せめて企画振興課か教育委員会がよかったんだけどねー どっちかっていうと文化方面の仕事がよかったよ」
なにが哀しくて、迷子の犬探しとか独居老人の見守りとかやっているのだ。
それが文明神と仕事だとでもいうのか。
「カトルこそ誰に言ってるんだよ」
「運命に?」
くだらないことを言い合いながら背中合わせになる二人。
これに酒呑童子と高木を加えると、内政カルテットである。
澪の屋台骨を支える裏方たちだ。
巨大な力を持った神の転生や伝説の鬼が役人というのに、ヴァチカンも高天原も大いに呆れたという経緯がある。
ただ、本人たちは今の地位をけっこう気に入っている。
だからこそ、そう簡単に顕神はできない。
力が巨大すぎて、周囲に与える影響が大きすぎるから。
彼らは街を壊したいのではない。築きたいのだ。
「お? なんか強そうなのがきたよ」
カトルが気付く。
他の戦闘域でも、兵馬俑をちょっと倒すとすぐに転生者が出てくる。
澪側の特殊能力者が大暴れできないような、見事なタイミングで。
むろん、指揮を執っている太公望の仕業である。
的確すぎる指揮にこころなどは舌打ちを繰り返しているのだが、広沢もカトルもそんなことは知らない。
目前の戦闘に集中するのみだ。
「自分は封神演義とは相性が悪いんだよなぁ」
ぼやく北海竜王。
まあ、作中で哪吒にぼっこぼこにされてるから。
ちなみに西遊記では孫悟空にべっこべこにされ、伝説級の武具を強制的に譲らされた上に、自分の宮殿に居候されていたりする。
けっこう可哀想な役どころだ。
「もう遅いね。目が合っちゃったし」
くすくすとカトルが笑う。
向かってくる転生者は二人。
「げ。武吉と竜鬚虎だ。まあ……哪吒じゃないだけマシと思うしかないか……」
「どんだけ苦手意識もってんだよ」
言いながらもカトルが表情を改める。
北海竜王が苦手意識を持つほどの敵。
けっして油断できる相手ではない。
庁舎の正面入り口から、続々となだれ込んでくる兵馬俑。
きゃーきゃー悲鳴をあげていたはずの職員たちの姿は、どこにもない。
中華アンデッドどもは不審に思っただろうか。
静かすぎる、と。
思ったにせよ思わなかったにせよ、答えはすぐに与えられた。
連続する銃声によって。
元スパイ、鈴木、佐藤、佐々木、中村、山田の仕業である。
隠し持っていた拳銃の一斉射撃。
一弾のハズレもない。
さすがは単身で怪物たちの巣へ潜入するだけあって絶倫の技量だ。
だが、
「だめだこりゃ」
大昔のコントみたいな台詞を吐いて、弾丸を使い果たしたコルトを捨てる佐藤。
まるで効いていない。
身体のあちこちに穴を開けられても、血すら流れない。
「まあ、元が粘土細工だしなぁ。うりゃっ!」
肩をすくめた山田が、思いきりリボルバー拳銃を兵馬俑にぶつけたが、まったく怯んだ様子はなかった。
血も内臓も痛覚も存在しないのである。
「判ってたことさ。撤退撤退」
一目散に五人が逃げてゆく。
足止めにすらならなかった。
剣をかざして追撃する兵馬俑ども。
速い。
ただの人間では、全力疾走したところで逃げ切れるものではない。
中華アンデッドが佐々木の背に斬りかかる。
その瞬間、派手な音とともに転倒した。
仲間の身体につまづき、後続が次々と転がる。
「よっしゃ! 大成功です! ハシビロコウさま!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら、廊下の隅に隠れていたニキサチが顔を出す。
軽く頷く依田。
兵馬俑には痛覚がないため、小口径の弾丸などではいくら命中しても有効打にはならない。
また、筋肉などもないから剣で切ろうと槍で刺そうと、動きが鈍ることもない。
判っていて影豚たちが拳銃による射撃を敢行した。
もちろん注意を惹くためである。
そして逃げる。
追いかけてきたところを、ハシビロコウとニキサチが足元に張った紐によって転ばせた。
ダメージそのものはほとんどないだろうが、重なり合って倒れてしまえば敏速には動けない。
「退くぞ。ニキサチ」
「やっつけなくていいんですかぁ?」
むーんと唸って、えらく小さなPKランスを生み出していたニキサチが首をかしげる。
戦闘員ではない彼女には、この程度が関の山だ。
「余計なことはしなくて良い」
猫みたいに襟首をつまんで後退してゆく第六天魔王。
彼もまた戦闘が得意なわけではない。
信二や美鶴のような、知略系の能力だからだ。
もちろんただの人間などよりはずっと強いが、多勢に無勢の戦いに興じられるほどでもない。
兵馬俑の戦闘力は一般的な量産型能力者より上。
ハシビロコウとニキサチで何とかなるような相手ではない。
二人が通過した直後、防火シャッターが閉まる。
庁舎への攻撃が苛烈さを増してゆく。
高く低く、爆音が響く。
それは風に乗り、町立の病院にまで届いていた。
じっと役場の方角を見つめる女。
頭巾と長衣を身にまとい。
シスター・ノエルである。
「大丈夫かしらね……」
やや後方から声をかけるのは唐澤葉月。ノエルの僚友であり、病院改革の責任者の一人だ。
戦闘が開始されてから二十分弱。
役場の様子が気にならないわけがない。
「避難状況は?」
ノエルが問い返す。
大丈夫かどうかなど、彼女が知りたいくらいだ。
「今のところ二百人ちょっと。もう少し増えるかも」
苦笑しながら応える葉月。
病院は避難所も兼ねている。
病人を余所に避難させることもできないため、防衛計画の第一弾として防御力の強化が図られたからだ。
もちろん、ここが新霊薬の研究所だという事情もある。
転移封じの結界に分厚い外壁。
配置されている第二隊の人数も、澪最大級だ。
偽装要塞に劣らないほどの。
ここを陥されたら、澪の未来だって消えてしまう。
ゆえに、ノエルはここから動けない。
役場の戦況は気になるが、万が一のことを考えれば、戦える人間がいなくなるわけにはいかないのだ。
「あら? のえるちゃん。こんなところで何をしているの?」
突然、声をかけられる。
振り向くと、歩行器をおした老婆が立っていた。
入院患者である。
「村田のおばあちゃん……」
何をしているとはこちらの台詞だ。
非常警戒警報が発令されているのに、どうして院長室(という名の司令室)までふらふらやってきているのか。
「おばあちゃん。病室にもどって」
歩み寄った葉月に、老婆は首を振った。
「のえるちゃん。わたしは訊いているのよ?」
認知症でも進んでいるのか、わけのわからないことをいう。
「おばあちゃん……」
「巫さまやみんなが戦っているのに、あなたは何をしているの?」
「っ!?」
ハンマーで殴られたような表情になるノエルと葉月。
老婆は言っているのである。
老い先短い自分たちを守らずとも良い、と。
仲間たちのところに馳せ参じろ、と。
ノエルは未来を守っているつもりでいた。だが、暁貴たちが敗北すれば、どのみち未来など閉ざされる。
勝たねば明日はないのだ。
「村田のおばあちゃん……」
「戦いなさい。のえる。友と明日のために」
にっこりと微笑む老婆。
まるで、母が背中を押してくれるように。
「はい!」
深々と一礼し、シスターが院長室を飛び出す。
「ここは任せて。絶対に守りきるから」
「アテにしてる! 葉月」
遠くなる僚友の声に応える。
飛び込んでやろう。
死闘の舞台に。
両手に現れる八振りのサクラマサクス。
駈ける、駈ける、駈ける。
「友と明日のために!!」
ほとばしる声が蒼穹にこだました。




