軍師の帰還 澪の危機 10
「目視にて敵勢力を確認。総数百八十九。うち九を転生者と認む」
伝令役のニンジャが報告する。
響き渡る非常警戒警報。
副町長室は、そのまま作戦司令部へと変貌を遂げる。
「ここで撃滅するぞ。役場の敷地内から一歩も出すな」
指揮座に就いた暁貴。
その横に立った鉄心が鋭く命じる。
町に損害を出すわけにはいかない。たとえ庁舎と引き替えにしても、民間人に一人たりとも犠牲を強いるわけにはいかないのだ。
「戦えるヤツはすべて前線に投入するぞ。総がかりだ」
魔王の命令。
事態は逼迫している。
転生者が九名というのは、これまで澪が同時に戦った数としては最大級だ。
旧庁舎が崩壊したときだって、三人だったのである。
「暁貴」
声をかける従妹に視線を向ける。
「沙樹も前線へ。鉄心も頼む」
出し惜しみをする余裕はない。蒼銀の魔女も鬼の頭領も実戦投入だ。
「判ったわ」
「任せておけ」
暁貴のそばに残るのは、楓と高木だけ。
ふたりとも戦闘力は皆無だが、今から避難する時間はない。
「美鶴。総指揮は俺が執る」
「謹んで勅命に従います。魔王陛下」
うやうやしく一礼する第二軍師。
なにかと欠点の多い魔王でも、指揮系統を複数作る愚劣さは知っている。
船頭多くして船山に登るのたとえ通り、異なる指示が出てしまった場合、前線で戦う者たちは混乱してしまうのだ。
とはいえ、一から十まで総司令官が仕切らなくてはいけない、というわけではない。
それでは中級指揮官の意味がなくなっってしまう。
最前線での指示出しは、美鶴やこころ、鉄心などの仕事だ。
区々たる用兵は総大将の役割ではなく、極端な話、彼が決めなくてはいけないことは、ただ一点だけである。
降伏するか否か、そしてそのタイミング。
どうしても勝算が立たないと判断されたとき、町民に被害が拡大する前に降伏する。
その決断は、暁貴にしかできない。
素早く端末を操作する楓。
副町長席のディスプレイに、各所の監視カメラの映像が映し出される。
これの情報を元に、第三軍師が作戦を進言するのである。
ただ、映像だけでは臨機応変な対応が難しくなるので、戦況そのものは暁貴自身が窓から確認することになるだろう。
総務課長が双眼鏡とインカムを差し出す。
軽く頷いて装着する魔王。
「野郎ども! 戦闘開始だ!」
いの一番に庁舎から飛び出したのは、建設課課長補佐とその部下たちである。
またの名を酒呑童子と大江山クマ軍団。
澪にあって、最も積極攻撃型に属する連中だ。
全員がすでに鬼化しており、手には金棒ならぬスチールデスクを軽々と掲げている。
適当に、庁舎内にあったものを持ち出したのだ。
「どぅりゃっ!」
一斉に投擲する。
プロ野球の投手などというレベルではない。
鉄製の机が時速三百キロを超える速度で飛んでくる。
どことなくユーモラスで、そして危険な攻撃だ。
「なんだそのお粗末な曲芸は。登別のクマたちだって、もう少し気の利いた芸を見せる」
嘲笑とともに前に出た少年。
背に生えた翼が、滑稽な飛び道具を切り刻む。
「やるねえ」
愛用の鉄骨で肩をとんとんと叩きながら、一歩前進する酒呑童子。
三人となった四天王に、雑魚の相手をしろと小声で指示しながら。
「たかが鬼が立ちはだかるか。身の程をわきまえろ」
「うるせえよ。鳥人間コンテスト。ごたくを並べてねえでかかってこいや」
左手を突き出し、ちょいちょいと指を動かす。
あからさまな挑発だ。
「雷震子だ。雑言は高くつくぞ。鬼」
憤怒の表情を浮かべる男。
一息に踏み込む。
軽々と回避した酒呑童子だったが、頬から血が滴った。
完全にかわせたわけではない、ということか。
「……こいつはなかなか厄介だぜ」
内心に呟く。
攻撃が見えなかった。
彼の目を持ってしても。
やはり転生者である。かなり強い。
量産型能力者や四天王では太刀打ちできないだろう。
「こいつの相手は俺一人で充分だ。てめえらは雑魚どもをたたきつぶせ」
ゆえに、自信満々な指示は部下たちを気遣ってのことだった。
応とこたえ、大江山クマ軍団が敵陣に突撃してゆく。
にやりと笑った酒呑童子。
頬の傷はすでに塞がっていた。
激戦は、もちろん彼らの独占物ではない。
飛燕の身のこなしで、沙樹が広場に降り立つ。
敵陣の中央に。
なんとこの熟女、二階と一階を通過する手間を惜しみ、三階の窓から飛び降りたのである。
初夏の風になびく蒼銀の髪。
「さあ、踊りましょう」
婉然と笑う。
最強の名をほしいままにする魔女が。
すぐに群がってくる兵馬俑。
沙樹の姿が押し包まれてゆく。
が、それも一瞬。
粉々になった土人形どもが宙を舞った。
十体ほど。
「あんまり舐めてると、大やけどするわよ?」
「たしかにそのとおりね」
進み出るのは女子高生。
「貴女の相手は私がするわ」
真っ赤な制服、額の中央は縦に割れるように第三の目が開いている。
二郎真君だ。
転生者を揃えた太公望の陣営の中にあっても、トップクラスの実力をもつものである。
深紅と蒼銀の戦士が激突する。
屋上から降り注ぐ矢とPKランス。
数体の兵馬俑が倒れる。
「少ないわね……」
美鶴が呟いた。
もちろん給料袋の中身のことではない。
第二軍師が率いるのは、五十鈴を含めた第一隊十二名。
遠距離支援攻撃を得意とするメンバーである。
にもかかわらず、初撃で与えたダメージが少ない。
彼らの力量なら、少なくとも同数の敵を倒せるはず。
「厄介ね……」
陶器で作られたような兵隊どもだが、防御力がかなり高い。
しかも腕や頭を吹き飛ばされても、平然と行動するときている。
「どこかに核のようなものがあるかもしれませんね」
「かも。だけど、探して破壊するって余裕もないわ」
五十鈴の言葉に肩をすくめる。
そもそもの数が違うのだ。
一体ずつ時間をかけて倒す、というわけにもいかない。
兵馬俑は百八十。
対する第一隊は四十に届かない。
三つの偽装要塞と出撃拠点にも、何名かずつ配置されているためだ。
少ない戦力を分散配置し、しかも主力部隊は留守。
笑っちゃうような状況である。
「兄さんたちが戻るまで一時間。なんとしても保たせるわよ」
「あら? 存外、欲がないですね? 美鶴さん」
くすりと笑った女勇者。
「私は、御劔が戻る前に片づけるつもりでしたよ。いつもいつも、彼にばかり見せ場をもっていかれますからね」
美鶴も笑う。
「そうね。誰が主人公なのか、そろそろ兄さんたちに思い知らせてやらないと」
振り上げた手が、十倍の速さで振り下ろされる。
ふたたび撃ち出されるPKランスが、敵陣に穴を穿つ。
「光!」
「まかせろ!!」
夏の海の蒼に髪を染めた少年が屋上からダイブし、広場に降り立った。
行きがけの駄賃とばかりに、兵馬俑を蹴り飛ばしながら。
目の前に立ちふさがるのは、やはり少年だった。
アルビノのように白い髪と赤い瞳をもった。
絡み合う視線。
それだけで、互いを容易ならざる敵と認め合う。
「白鶴童子と申します」
「羽原光だぜ」
「一手所望!」
「望むところ!!」
同時に地を蹴る。
拳と拳が唸りをあげて衝突した。
足止めできない。
無念の臍を噛むこころ。
敵の数が多すぎる。
対応するために兵を動かしても、必ず薄い部分ができてしまう。
そして、それを見逃すような太公望ではない。
第一隊は有効な陣形も組めないまま分断され、各個撃破されそうになる。
そのたびに鉄心が走り、敵を殴り飛ばすのだ。
しかしすべてに対応することはできない。
このままでは、市街地に被害が及ぶのは時間の問題だろう。
能力者たちをすべて滅ぼすという目的から考えれば、市街地を攻撃するのは無意味だ。
無意味だが、その動きを見せるだけで澪の戦士は無視できない。
「小汚い作戦をとりやがって……」
常のこころらしくもない罵声を、さすがに口の中だけで呟く。
そのときである。
庁舎内から悲鳴があがった。
きゃーとか、わーとか、ころされるーとか。
こんな町はもういやだーとか、根性なし丸出しの声だ。
避難することすらできない職員たちのものである。
今そんな声を出されたら、敵は大喜びで庁舎を攻撃するだろう。
ここにも一般人がたくさんいるのだ、と、判ってしまうのだから。
舌打ちをこらえる表情で振り返った智恵者の目に映るのは、影豚たち。
五名の元スパイ。
そのうち、山田が片目をつむってみせる。
こころは知った。
彼らの真意を。
市街地ではなく、庁舎で敵をひきつけるつもりなのだ、と。
それは町に損害を出さない唯一の方法。
しかし、庁舎にいるのは、ほとんどが普通の人間だ。
転生者どころか、兵馬俑の相手だってできないたろう。
「……死ぬ気なの? みんな……」
掠れた声を絞り出すこころ。
仲間たちの覚悟が悲壮すぎて。




