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軍師の帰還 澪の危機 7


 半地下に設けられたガレージのシャッターが開いてゆく。

 エギゾーストノートが響く。

 周辺の警戒をおこなっているセンサーライトが、すべて青く点灯する。

「発進せよ」

「了解。ポークコマンダー。発進します」

 車長席に座した実剛が命じ、八輪のコンバットタイヤが駆動した。

 陽光の下へと飛びだしてゆく九六式装輪装甲車。

 防衛省が名付けた愛称はクーガー。

 澪ではポークシリーズの名で親しまれている。

 目的地までの所要時間は約一時間。

 太公望が指定した時刻までは、残り一時間三十分である。

「話はシンプルだよ。現着したら三十分以内にキク姉さんとぴろしきを救出する」

 次期魔王の言葉に、後部ベンチに座った戦士たちが頷く。

 絵梨佳、琴美、光則、佐緒里、御劔、鋼、そして信二。

 運転するのは紀舟陸曹長である。

 チャンスは一度。

 失敗すれば、太公望はキクを殺すだろう。

 それだけは絶対に避けなくてはならない。

 各々の決意を胸に秘め、ポークコマンダーが加速する。





 居場所判明に一役買ったのは、なんとキクの行動だった。

 彼女がブラックコーヒーなど嫌だと駄々をこねたせいで哪吒が買い物に行くことになり、その姿が監視衛星に捉えられたのである。

 まさに無意識のファインプレーだ。

 狙ってやっていないところが、キクのキクたる所以といえるだろう。

 虜囚のために砂糖とミルクたっぷりのコーヒーを淹れ、すっかり冷めているであろうカップを下げようと哪吒が客間に入ると、囚われの姫君は猫と遊んでいた。

「まけねこのぽーずーっ」

「にゃー」

 床に転がり、そろって腹などを見せながら。

「…………」

 無言のまま、少年神がテーブルにカップを置き、空のカップを下げる。

 何も見なかった。

 いま彼は何も見なかったのだ。

「……ブラックは嫌だと言いながら、しっかり飲んでいる」

「飲み物に罪はないんだよっ」

 居住まいを正したキクが、びしっと宣言した。

 飲まれなかったら捨てられるだけ。

 そんなもったいないこと、家庭の主婦として許せるはずがない。

 消費期限の切れてしまったものは仕方がない。否、本来、仕方がないで済ませて良い話ではなく、どうして食べないのに買ったのか、どうして食べきれる量を購入しなかったのか、猛省すべき部分は多いのだが、悪くなった食べ物を無理に食べるのは避けるべき事である。

 もったいないからと食べてお腹を壊すのは、馬鹿馬鹿しさの極致といっても過言ではないだろう。

 人生にはギャンブルに出なくてはいけない場面がいくつも存在するが、少なくともそれは古くなった食べ物を食べるかどうか、という選択ではない。

 ましてこのコーヒーは賞味期限が切れているわけでもなんでもないのだ。

 アレルギーがあるとかならばともかく、捨てるくらいならば飲んだ方がマシというものである。

「……ならば最初から文句を言わずに飲めば良いものを……」

 ぼそりと呟く哪吒。

 そのせいで太公望の陣営は、凄まじいタイムリーエラーを演じることになった。

 もちろん彼は、そのことを知らない。

 今後知る機会もないだろう。

「文句は言うよっ 好きじゃないものは好きじゃないもんっ」

 年齢的に成人に達しているキクだが、ブラックコーヒーみたいな大人の味は苦手なのである。

「今回は砂糖もミルクも入れた。問題ない」

「そういうのって自分で入れさせないかなっ? また好みに合わなかったらどうするのっ?」

「どうもしない。もう出さないだけだ」

 無表情に少年神がのたまう。

 正直、太公望がどうしてこの女を生かしておくのかが判らない。

 どのみち殺して封印するのだ。

 澪の王を倒してからとは言っていたが、そこまで時間をかける必要性を、彼は感じなかった。

 ちらりと壁掛け時計を見る。

 太公望が澪の王を殺しに行くまで、あと四十分というところだ。

 もちろん彼も同行する。

 というより縮地の使える全員で、可能な限りの兵を引き連れてテレポートする計画だ。

 太公望、二郎真君、哪吒の他、転生者が六名。

 それぞれが二十体ずつの兵馬俑(へいばよう)を率いる。

 総数で百八十体の人造兵団である。

 これが中枢部にいきなり出現し、しかも王が死んだ状態からの開戦となれば、いかな澪とてひとたまりもない。

「けちっ」

 キクの声で、無作為な思考から哪吒は現実に戻った。

「けちではない。すでに二杯もコーヒーを出している」

 捕虜に対する待遇としては、むしろ大盤振る舞いだろう。

 拷問もせず、性的な虐待もせず、客間と飲み物を与えているのだ。

 褒められることはあっても、けなされる筋はない。

 もちろん、それで誘拐と殺人の罪が消えるというものではないが、敵対する陣営のことである。

「でっ 私を誘拐してどうするつもりなのよっ」

「……いまさらそれを問うのか」

 キクがここに連れてこられて、すでに三時間近くが経過しているのだ。

「しかたないじゃんっ すぐ訊こうと思ったけどっ ブラックなんてもってくるんだもんっ」

「……我が悪いのか?」

「お砂糖とミルクの代金は私が出したよっ」

「それは、貴殿の勝手ではないだろうか?」

「なんでこんなお屋敷なのに食材が揃ってないのよっ」

「普段は使っていないゆえだ」

「ご飯どうしてるのっ?」

「外食……」

「身体に悪いよっ そんなことよりなんで私を誘拐したのっ?」

 会話が前後左右上下、変幻自在に飛びまくる。

 少年神にしてみれば、どの質問に応えて良いのか判らない。

 噛み合わないにもほどがあるだろう。

 なにか効果的な反論をしようと哪吒が口を開きかけたとき、玄関のチャイムが鳴った。


 


 屋敷の周囲を舞うカラスが数羽。

 この国では、べつに珍しい光景ではない。

 都会だろうと田舎だろうと、この黒い鳥は存在している。

 誰も気になどとめない。

 ガラス玉のような目が屋敷の窓を覗き込んでも、やたらとやかましく鳴いても。

 知らないから。

 このカラスたちが情報収集をおこなっている、と。

「……いた」

 笹流ダム公園の駐車場に止まったポークコマンダー。

 車内で呟く琴美。

 彼女の目が、キクを見つけた。

 ぴろしきも。

 ビーストテイマー。

 野鳥、野良猫、家屋に潜む鼠、すべてが彼女の飛耳長目(ひじちょうもく)だ。

「ぴろちゃんにリンクを張るのは、万が一を考えてやめておいた方が良いわね……」

 琴美の力は神力でも法力でもないため察知される可能性は低い。

 低いが、わざわざ試すようなことでもない。

 力を察知されなかったとしても、ぴろしきの行動を不審がられれば、まずいことになってしまう。

 なりゆきでキクと一緒に誘拐したものの、猫の命に重きを置くような連中とも思えないから。

「おキクさんがいるのは、二階の一番北側の部屋よ」

 広げられた屋敷の見取り図。

 一点を指す。

 入口から最も遠い部屋だ。

 これはむしろ当然の配慮だろう。

 誰かを監禁するなら、出入り口から遠いところでなくては意味がない。

 塔ならば最上階。地下迷宮なら最深部。

 囚われの姫がいる場所は相場が決まっている。

 なにもゲーム性のためだけに、そんな場所にいるわけではないのだ。

 逃がさないため。

 救出隊がたどり着きにくくするため。

「うん。好都合だね」

「ですね。プランAのままでよろしいかと」

 次期魔王と魚顔軍師が頷きあう。

 数ヶ月前には当たり前だった光景に、仲間たちが安心感をおぼえた。

 やはり子供チームは、こうでなくてはいけない。

「五分以内で片を付けるよ。みんな、時間合わせ良い?」

 実剛の言葉。

 それぞれに腕時計を見遣る。

 防水耐圧加工のそれは、もちろん自前ではなく支給品だ。

 質はともかくとして、とにかく澪は戦力の絶対数が少ないのである。補うためには分秒単位の緻密なスケジュール管理と高速移動しかない。

「三、二、一。ハック」

 リーダーの声に従い、全員の時間が重なった。

「作戦開始だよ」

『友と明日のために!』

 ポークコマンダーの後部ハッチが開く。


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