軍師の帰還 澪の危機 6
副町長室に集う町幹部たち。
暁貴、鉄心、沙樹、高木、そして軍師たち。
いらいらと、魔王の指がデスクの上をタップする。
愛妻と愛猫が連れ去られてから、そろそろ一時間二十分が経過しようとしている。
苛つくなという方が無理だろう。
突然のことであった。
部屋の中心部に球体が出現した。
すわ襲撃かと身構える沙樹と鉄心。背後に副町長と総務課長をかばい。
「大丈夫。これは攻撃じゃないよ」
安心させるように言って、こころが前に出た。
異能に関して、最も知識のある天界一の智恵者である。
「遠く離れた場所と姿や声のやりとりができる宝貝が、たしかあったはずさ。もっとも、現代社会じゃべつに珍しい技術ってほどでもないけどね」
肩をすくめてみせる。
何百里も離れた遠くと話をする。姿を見る。
大昔、それはまさに神話の世界の出来事だったろう。
今となっては珍しく何ともない。電話も、画像つきの通信も。
「とはいえ、立体映像ってのはまだSFの世界かな? はじめまして。太公望」
映像に皮肉げな笑みを向けるこころ。
「お初にお目にかかる。八意思兼神。本当に澪についているのだね」
「誘拐犯と雑談を楽しむつもりはないよ。きくのんを返してもらおう」
小学生のように小柄な身体から立ち上る怒気。
おなじ高天原の神同士だから、というだけでなく、こころにとってキクは大学の後輩であり親友でもある。
かどわかした不埒者と、和気藹々と話す気分になれるはずもない。
「はいそうですかと返すわけがないだろう。要求を伝えるよ。澪の王」
無言のまま、ぎろりと睨みつける暁貴。
了承と受け取ったのか、太公望が続ける。
「貴殿の命だ。貴殿が死ねば、菊理媛神は解放しよう」
「……俺が死んだことをどうやって確かめる? 首でも送れば満足か?」
「そんなものをもらっても意味がないね。二時間後、澪町役場の庁舎前広場に一人で立っていること。私が殺しに行く。抵抗すれば奥方は殺す。以上」
映像が消える。
一方的な要求だった。
「なかなかに自信家ですね。太公望は」
ふうと息を吐くのは信二である。
澪の要である暁貴さえ殺害してしまえば、あとはどうとでもなると読んだのだろう。
間違った解釈ではない。
現在のところ、澪というのは暁貴の求心力によって維持されている。
後継者の実剛も将器において劣るものではないが、いかんせんまだ若い。
十年後ならばともかく、いま暁貴を失えば澪は空中分解してしまう可能性が高い。
だが、澪の領域に入り込んで暁貴を殺害し、無事に逃げおおせると思っているのか。猛り狂う復讐者たちによって惨殺されるのは必至だ。
魚顔軍師が自信家と評したのは、まさにその点である。
「で、どうするのだ? 信二。俺としてはコレが死ぬのはいっこうにかまわんが、澪は困るだろう」
鉄心が親指でコレをさす。
「いやまあ、コレに死なれるのは嫌なので、ちゃんと考えていますよ。美鶴嬢。楓」
「ばっちりよ。信二さん」
「こちらもしっかり撮れましたわ。信二さま」
第二第三軍師が携帯端末をかざす。
「わざわざ撮影したの?」
小首をかしげる沙樹。
「撮ったのは太公望じゃないわ。沙樹さん。背景よ」
「背景?」
「どこで撮影しているかって話」
ありふれた室内だ。
しかし、そのありふれた場所を特定できる連中が、今の澪には存在しているのである。
調度品、内装、壁紙の一枚、そういったものからスクリーニングをかける。
「すぐに画像解析に回しますわ」
美鶴をもとなって副町長室から楓が出て行く。
「油断も隙もねえな。軍師は。あの緊迫した状況でよくそんなことを考えたもんだ」
コレが肩をすくめる。
「……いい加減、待遇改善を要求するぞ?」
「まあ、コンタクトの瞬間が最も危険なんですよ。普通の誘拐事件でも一緒ですがね」
魔王のタワゴトには付き合わず、信二が説明する。
だからこそ敵は宝貝などという正体不明のアイテムを用いた。
電話などをつかって、逆探知される可能性を嫌ったのだ。
「時間を切ったのも、準備にかかる分を逆算してのことだろうしね」
こころが微笑する。
「暁貴さんが死んだらきくのんを解放するなんて大嘘さ。暁貴さんがいなくなれば、遠慮なく殺して封印するだけだろうね」
「ですね。生還の可能性を見せびらかすことで、こちらに誤断を強いる腹づもりでしょう」
「暁貴さんを殺し、きくのんも殺し、復讐鬼と化した澪を暴れさせて大義を奪い、その上で殲滅するって絵図じゃないかと読むよ」
「同意です。こすっからいですね」
シニカルな笑みを交わし合う魚顔と智恵者。
思惑は見えた。
ならば次は、それをひっくり返すための手を講じるのみである。
「ていうか、あいつらって最初から最後まで相手をはめるつもりで考えてるよな」
何ともいえない表情を、魔王が作った。
頼もしいやら怖ろしいやら。
敵が接触をはかった一瞬さえ、軍師たちには策略の内側である。
「誘拐犯とまともな取引なんてできるはずがありませんよ。副町長」
高木が肩をすくめてみせる。
たとえば子供を誘拐した犯人が、警察には報せるなと脅迫電話をかけてきたとする。
わかりましたと応えたとしても、律儀にそんな約束を守る必要などないということだ。
すでに相手がルールを破っているのである。
そんな連中に嘘をぶっこいても、道義的な責任はない。
「過激だねえ。おたかや」
「女性を誘拐するなど万死に値します。そのために第一隊を三名も殺しているんですから、万死どころか億死です。あげく副町長の命を要求ですって? 田谷以下ですよ。田谷以下」
ふんすと鼻を鳴らす。
神だか仙人だかしらないが、やり方が汚すぎる。
「つぶしてやりましょう」
「ああ。わかってる。容赦しねえよ」
ぐっと差し出された高木の拳に、暁貴が自分の拳をぶつけた。
美鶴と楓が持ち込んだ情報。
メディア対策室は歓声に包まれた。
それによって検算が完了したのである。
人工衛星からの映像、携帯端末に映っていた内装、ふたつのフラグメントが指し示すものは、
「貿易商、呂來栢の屋敷だ。函館の赤川。笹流ダムの近く」
ディスプレイに地図を表示するハシビロコウ。
笹流ダムとは、この国に六基しかないバットレスダムだ。
完成は大正の十二年。
見た目も独特で歴史的価値も高い。
ちなみに二〇〇五年から放送されたアニメの舞台としても使われ、破壊されちゃってる。
「つながったわね。楓さん」
「はい。次はこちらのターンですわ」
少女軍師たちが握手を交わした。
なぜかニキサチがチョコビスケットを渡す。
祝福の品だろう。きっと。
「パーソナルデータを出します」
中村の声とともに、対策室の大スクリーンに貿易商のプロフィールが表示される。
「やっぱり中国籍か」
ひとりごちて頷く佐々木。名前の語感から予測は付いている。
「もひとつ、面白いことが判るよ」
山田の声が割り込む。
ついでにスクリーンにも画像が割り込んだ。
「呂大人の息子、紫宇さ。どっかで見たツラじゃないかい?」
映し出された顔写真。
黒い髪と切れ長の黒い瞳。
もちろん美鶴と楓は知っている。
「太公望……」
楓が呻く。
忘れもしない。
忘れるわけがない。
薄い笑みをたたえた口元と、瞳に宿る理知的な光。
ゆっくりと美鶴が腕を上げ真っ直ぐに伸ばす。
繊指が形作るのはピストル。
スクリーンの中の若者に突きつける。
「追いつめたわよ。太公望。もう逃がさない」
ばんと小さく呟き、軽く指先をあげる。
もちろんスクリーンに穴が空いたりなどはしなかった。
「私たちは仕事を果たした。次は君たちの番だ。軍師チーム」
さすがに疲れたのか、背もたれに身を預けながらハシビロコウが言った。
「任せて。行こう。楓さん」
「反撃開始ですわね」
踵を返す少女軍師たち。
信二やこころと協議し、作戦を立てるため。
太公望が切ったタイムリミットは二時間。
十五分ほどが、すでに経過していた。




