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軍師の帰還 澪の危機 5


 メディア対策室に客があった。

 二人の男。

 中村と山田である。

 状況を聞き及び、元スパイの建設課職員と暁の女神亭シェフが救援に駆けつけたのだ。

「感謝する。空いているデスクで作業に入ってくれ」

 挨拶もそこそこに依田が言う。

 細かい指示など必要としない。

 現在の進捗状況をホワイトボードで確認し、デスクにつく二人。

 作戦開始から二十二分。

 西日本はすでに候補から外れている。

「私は資金の流れを追います」

「ではこちらは、全体の情報を整合させていきます。引っかかる部分は全部私の端末に送ってください」

 山田と中村が言い、影豚たちが頷いた。

 状況は良くない。

 天に消えたか、地に潜ったか。

 敵の姿は忽然と消えてしまっている。

「あぶり出しますか? 室長」

「まだはやい。人質の所在確定が優先だ」

 業を煮やしたのか提案する鈴木に依田が首を振る。

 仙界の使者とやらをバックアップする組織はだいぶ絞れてきている。

 大方の予想通り中国企業だ。

 より正確には、企業を隠れ蓑にした中国政府の機関である。

 アメリカはまんまと乗せられていたという格好だ。その情報が自然な形でCIAなどに渡れば、すぐに対抗情報戦が始まるだろう。

 大国同士だが、どんなに頑張ったところで中国ではアメリカに対抗し得ない。

 勝ち目がないと知れば、中国政府は手を引く。

 そして再戦に備える。

 そういう国だ。

 根本的な解決には至らないが、資金供給を絶たれた仙界の使いたちは、あっという間に干上がるだろう。

 現状を打開するために短兵急な行動に出る可能性が跳ね上がるという寸法だ。

 きわめて有効なあぶり出し(・・・・・)だが、短兵急な行動というのが、人質を害するという方向に走ったときが怖い。

「万が一にでも細君が殺されたり、あるいは無意味な虐待を受けたりしたら、地獄だぞ」

 澪の魔王の怒りが爆発する。

 それは、剛胆な元スパイたちにとっても、首筋のあたりに寒気を感じる事態だ。

「ですな。解析、急ぎます」

 肩をすくめた鈴木が、ふたたび作業に没頭する。

「頼むぞ」

 ちらりと腕時計を確認する依田。

 スタートからそろそろ四十分。

 中間報告を持っていった方が良い時間である。

「田中補佐、巫に報告を。ニキサチ、これでみんなの分のおやつを買ってきてくれ」

 ふたりの人間にふたつの指示。

 後者には何枚かの紙幣と一緒に。

「パシリですかぁ?」

「そうではない。脳の動力源は糖分だからな。そろそろ補給させないと効率が悪くなる」

「タバコに甘いもの。不健康すぎますよぉ?」

「今は緊急事態だ。全部解決したら健康に留意した生活を心がけよう」

 適当なことを言いつつ、ハシビロコウが鼻から煙をふきだした。

「もうっ」

 腰に手を当て、ぷりぷりと怒りながら去ってゆくニキサチ。

「愛されてますね。室長」

 苦笑で見送った依田に、田中が微笑を向ける。

「うるさい。とっとと報告に行ってこい」

「へいへいほー」

 書類を抱えて、補佐が出ていった。




 じっと動かない実剛。

 出撃拠点たる物産館。その地下に設けられた作戦司令室。

 実戦部隊の総司令官である彼の定座はここにある。

 彼の前には、軍師を除く子供チームが揃い、命令を待っていた。

 弓弦(ゆんづる)を引き絞るように。

 攻め込むべきポイントが判れば、ただちに出撃する。

 全軍ではない。

 澪の守りを空にはできないからだ。

 動くのは実剛を含めた九名。

 信二、絵梨佳、光則、琴美、佐緒里、御劔、鋼、紀舟陸曹長。

 残留部隊は美鶴が指揮を執り、不測の事態に備える。

「……結局、護衛たちは一人も助からなかったんだね」

「ええ。覚悟していたことだけど、きついわね。実剛くん」

 司令官の言葉に応えるのは琴美。

 次世代では、魔王の秘書たるを望まれている。

 死者三、重傷者一、拉致されたのが一人と一匹。

 惨憺(さんたん)たるありさまだ。惨敗といって良い。

 ここまでコケにされたのは、澪にとっては初めての経験である。

「いまはポーク隊と業者が巫邸の清掃と修復をおこなっているわ」

「かかった費用は敵に請求してやりますよ」

 唇を歪める次期魔王。

 普段は穏やかで、あまり激することがないため、このような表情をすると邪悪さが際立つ。

 まるで下級悪魔の笑みだ。

 眉根を寄せたビーストテイマーが両手を伸ばして又従弟の頬を引っ張った。

 ぴろーんと。

「いひゃいいひゃいっ にゃひふるんれすかっ ふぁんひーえーさんっ」

 謎言語で抗議する。

 ちなみに、痛い痛い何するんですかアンジー姉さん、といった。

「似合わない服を着るのはおやめなさいな。実剛くんにおじさまの真似は無理よ」

「むう……」

 解放された両頬をさする実剛。

 ひどい扱いである。

「琴美お姉ちゃんっ わたしもそれやりたいですっ」

「どうぞー」

 わきわきと両手を動かしながら近寄ってくる絵梨佳。

「ちょっ やめっ 遊んでる場合じゃないんだってっ」

 抵抗むなしく、またしても次期魔王の頬が伸びた。

 びろーんと。

「おおおー よくのびますっ」

「わんびょくひへうぉらへへふへひひよ。へひはひゃん」

 半眼になりながら謎言語を発する。

 今度は、満足してくれて嬉しいよ。絵梨佳ちゃん。

 といった。

 どうでも良い。

 いつもと変わらない馬鹿なやりとりに、仲間たちが微笑を浮かべる。

 緊張が少しだけほぐれてゆく。

 頬をさすりながら、ちいさく実剛が頷いた。

 必要以上に緊張しても良い結果は得られない。

 失敗は絶対に許されず、再度の挑戦などありえない戦いだ。

 ベストを尽くせるモチベーションを維持し続けなくてはいけないのである。

 そのためには、美女と美少女の玩具(おもちゃ)にされて(もてあそ)ばれるくらい、どうということはないだろう。

 むしろ本懐だろう。

 とても嬉しいだろう。

「や、嬉しくはないよ? どんな趣味の持ち主だよ」

「どうしたんですか? 実剛さん」

「タワゴトだから気にしないで」

「そうなんですか?」

「ともあれ、信二先輩と美鶴がこないと、僕たちは何もできない。各員は、いつでも出られる準備だけ怠りなくお願いね」

 実剛の読みでは、敵はとんでもなく遠くにいるわけではない。

 おそらくは函館か、その近郊だ。

 根拠は二郎真君がまとっていた高校の制服である。

 毎日、縮地で通学するというわけにはいかない以上、すくなくとも二郎真君の住居は函館の近くにあるのではないかと考えたのだ。

 あまりにも薄弱すぎる根拠で、ただの勘というべきものだったから、口には出していない。

 彼女が単なるコスプレイヤーという可能性だってある。

 予断をもって調査させるわけにはいかない。

 情報の収集と解析は影豚、方針の策定は軍師たち、それぞれに全力を尽くしてくれている。

 実剛に課せられているのは、提出された方針の是非を決め、戦力を動かすこと。

 携帯端末に視線を落とす。

 事件発生から、五十分が過ぎようとしていた。




「もどりましたぁ」

 ばばーんとドアを開け、ニキサチが戻ってくる。

「はやいな! まだ十五分くらいしかたってないぞ?」

 呆れるハシビロコウ。

 一番近いコンビニだって、歩いて十分くらいかかるのだ。

 十五分で往復するのはおかしいだろう。

自転車(ままちゃり)とばしていってきましたっ」

「ちゃんと交通ルールは守れよ? ニキサチ」

「何人たりとも私の前は走らせませんよぉ」

「怖いわ」

 台詞も怖いが、どんだけかっ飛ばしたかはもっと怖いので訊かない。

 馬鹿な会話を楽しみつつ、ニキサチがみんなにお菓子を配って歩く。

 ビスケットにパンダの顔の形をしたチョコレートをくっつけた、すごく可愛いやつだ。

「さくぱん……」

 思わず目頭を押さえる佐々木。

 大国や転生者を相手に過酷な情報戦を繰り広げながら、パンダの顔のついたチョコビスケットをかじる元スパイ。

 絵にならなすぎる。

「カロリーはカロリー。糖分は糖分だ。文句を言わずに食え」

 二つ三つまとめて口に放り込み、ごりごりと咀嚼しながらハシビロコウが言う。

 なにを買ってくるか指定しなかったのだから仕方がない。

 ニキサチのセンスで、甘いおやつというのはこれだった、というだけだ。

 スパイは泣き言をいわないのである。

「……捕まえましたよ」

 親指でビスケットを弾いて宙に投げ、落ちてきたところをぱくりとやった佐藤がにやりと笑う。

 ディスプレイには、ハッキングされた人工衛星の監視カメラの映像。

 澪迎賓館を急襲したひとり、哪吒が映っていた。



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