封澪演義!? 7
疾走するポークシャドウ。
国道五号線を札幌方面へ。
運転は実剛が、タンデムシートには絵梨佳が乗っている。
後ろを走る装甲車はポーク01。
こちらには御劔と仁が搭乗し、操縦を担当するのは紀舟陸曹長だ。
迎賓館前で転生者たちを撃退した彼らは、当初予定通りに美鶴一行の捜索を開始した。
五十鈴は大人チームとともに、役場庁舎に移動してもらっている。
今日のうちにもう一度攻撃があるとも思えないが、指揮機能のない迎賓館にいては何もできないためだ。
客人たる魔王ハシビロコウだけが迎賓館に残った。
さすがに指揮への参加を要請するほど、暁貴は厚顔ではないのである。
信用していないのではない。
本職のスパイを五人も澪に融通してくれたのだ。これで疑ったらバチが当たってしまうだろう。
「実剛さん。通信が回復しました」
ヘルメット内に響く絵梨佳の声。
同時に、透過地図がバイザーに表示される。
GPSから割り出した美鶴たちの位置だ。
もちろんポークシャドウに解析装置など積み込んでいないので、ポーク01からの情報支援である。
「伯父さんの読み通りだね。すぐに向かうよ。絵梨佳ちゃん」
澪中心部からけっこう離れた無人駅。
「了解。ポークシャドウ。急行します」
後方の装甲車に芝の姫が連絡する。
加速するシャドウスラッシャー。
ぴたりと九六式装輪装甲車が追走する。
「なんとか凌いだってより、敵は様子見だったんだろうね。こいつは」
副町長室。
かなり日は長くなったが、そろそろ闇が支配する時間帯である。
庁舎前の自動販売機で購入した缶コーヒーをすすりながらこころが言った。
襲撃は二ヶ所、ぼぼ同時。
迎賓館前と第三偽装要塞。
どちらも問題なく撃退している。
「様子見にしちゃ、ずいぶん手が込んでいたけどなぁ」
ぷかぷかと煙を吐き出す人間煙突が肩をすくめる。
残念魔王こと暁貴である。
事態が動いた以上、のんきにフレンチを楽しんでもいられない。
多少酒が入ってはいるが、判断力を失うほどでもないため、幹部連中は副町長室に集まっている。
「広沢に調略を仕掛けてきたのは太公望というのか。狙いがよくわからんな」
窓辺に立った鉄心が疑問と紫煙を吐き出した。
広沢は内政カルテットの一角であり、澪にとってはなくてはならない存在である。
しかも高木などと違って戦闘力を有しているため、有事の際には自ら戦う戦士となる。
かなり重要な人物だが、あくまで外様だ。
彼の引き抜きは、もちろん澪にとっては大ダメージではあるが、謀略として次には繋がらない。
広沢が寝返ったのなら俺も、という連鎖は起きようがないのだ。
「沙樹や琴美を引き込もうって方が、まだ現実的ではあるよなー」
暁貴が頷く。
「スタンスが違うよ。鉄心さん。暁貴さん」
くすりとこころが笑った。
スパイたちを動かした陣営は、いずれも澪の力が欲しかった。
どのようなかたちであれ、澪を利用したかったのである。
「でも、太公望の狙いは違うからさ」
「そうなのか? こころ」
「封神演義って知ってる? 鉄心さん」
「いや」
「俺は知ってるぜー」
「暁貴さんが知ってるのは、原典からたぶんけっこう離れてるから参考にならないよ」
「ひでぇっ」
「だって漫画かアニメでしょ? 暁貴さん知識の元になってるやつは」
言い当てられたおっさんがいじけた。
どうでもいい。
「モノはしらんが、太公望という名には聞き覚えがある。たしか釣り人のことをそういうな」
「そだね。彼が釣りをしているときに周の文王と出会って、この人こそ祖父の太公が望んだ傑物であるってことで召し抱えたのさ。それで太公望ね」
「釣り関係ねーじゃん」
「まあ、釣り糸は水面にあって、釣り針は真っ直ぐだったらしいから、最初から釣りなんかする気はなかったんじゃないかって説もあるね」
暁貴のつっこみに笑いつつ、こころが解説を続けた。
ますます釣りとは無関係なエピソードだが、この故事にちなんで、釣りをしている人を太公望と呼ぶようになったのである。
「で、その釣り人さんは、三百六十五柱の神を封じて、神々の支配から地上を開放し、世界を人間の手に委ねたのさ。それが封神演義」
「たった三百六十五。日本にゃ八百万も神様いるんだぜ。何パーセントだよ」
「一パーセント未満。正確には〇.〇〇四五パーセントくらいだね」
「ほぼゼロじゃねーか」
「日本が多すぎるんだよ。だいたい八百万って一口にいったって、畳の神様とかトイレの神様とか、どうでもいいのも多いんだから」
「おまっ 畳バカにすんなよっ 畳で大の字日本人っ」
「暁貴。お前ちょっと黙れ。こころもいちいち相手にするな。いつまでも話が先に進まん」
呆れたように首を振る鉄心。
ナイガシロにされた魔王さまがいじけるが、だれも相手にしなかった。
おもに自業自得なので仕方がない。
「つまり、その太公望の目的は、澪の異能者を封印するということか」
気を取り直して鬼の頭領が訊ねる。
「たぶんね。アレが動く理由なんて、そのくらいしか考えられないし」
缶コーヒーをすする天界一の智恵者。
「高天原とはたしかにスタンスが違うな」
ふむと鉄心が頷く。
高天原は、べつに異能者の存在を否定しない。神の転生も伝説の怪物も、いてもかまわないと考えている。
ただ、人間社会に過度の干渉をおこなうことを忌避するのみだ。
具体的には、異能による人類支配とか、神々による征服戦争とか、そういうものである。
澪のありように関しては、限りなく黒に近いグレーというところだろう。
掣肘しないのは、力攻めをおこなって敗北しているから。以降、高天原は方針を変え、暴走しないように監視するというスタンスになった。
「だから、広沢くんに誘降を持ちかけたのも、味方に引き入れたかったからじゃなくて、たんに各個撃破の一環だと思う」
「めんどくさいのか判りやすいのか、よくわからん連中だな」
「まあね。アメリカや日本国民自体に滅ぼさせようって当初の計画が崩れたから、自分たちで出馬してきたんだろうけど、前段が長かったせいでちょっと後手にまわっちゃったかも」
こころが指摘するのは、スパイたちを使った謀略戦のことだ。
「そのあたり、少しばかり整理した方がいいかもしれんな。時系列の順に。頭が混乱してくる」
「んん? べつに難しくはないよ?」
とことことホワイトボードの前に移動するこころ。
缶コーヒーをマーカーに持ちかえる。
「発端は、たぶん年明けのラスプーチン事件だね。それを天帝……この場合は太上老君かな? それに察知された。大規模侵攻だったしね」
澪に次々と異能者が集っているという事態。
それを重く見た仙界は、打開をはかる。
当初は彼ら自身が出るつもりはなかったのだろう。
敗戦の屈辱で頭から蒸気を噴き上げているアメリカをそそのかした。
これがスタート地点である。
純軍事的には澪と戦い得ないと知っているアメリカは、当然のように情報戦に活路を見出す。
澪が「生きにくい状況」をつくるのだ。
いち早く狙いに気付いた第六天魔王の転生者は、東京にいる信二と連絡を取り合い、澪に防衛体制を築かせるための手を打った。
これが六月の中旬から頻発したスパイたちの潜入である。
ストレートに警告を発しなかったのは、
「推測の域を出ないけど、信二が美鶴や楓に課した中間試験って感じだったのかもね」
きゅきゅっとマーカーでボードに書き込む智恵者。
ともあれ、魚顔軍師の試練を乗り越えた澪の軍師たちは、五名の優秀なカードを得た。
本格化しようとしていた謀略戦に、ぎりぎり間に合った。
対抗情報戦が始まる。
謀略による澪攻略が至難であると悟った敵は、すぐに次の手を打った。
先兵を送り込んで破壊活動をおこない、澪の立場を悪くしようとはかる。
だがそれは、美鶴たちが未然に防いだ。
相次ぐ失敗に業を煮やし、ついに澪に対する直接攻撃を決意するに至る。
「いまここだね」
書き終えたこころが、最後の一文にさっとアンダーラインを引いた。
むむと唸る幹部たち。
「結局、最初からずっと連中の思惑が走ってたってことか」
鼻から煙を噴き出す暁貴。
ここまで澪が守り切れていたのは、けっこう偶然の結果だ。
「指示したのは主神級だろうけど、絵図面をひいたのは太公望だろうね。じつにこすっからい、嫌らしい絵を描くよ。あの軍師どのは」




