封澪演義!? 3
「遅くなって悪かった。怖い思いをさせたな」
背後にかばった実剛に話しかける御劔。
視線は女子高生と少年から外さない。
「問題ないよ。君か仁がすぐに来てくれると判っていたからね」
次期魔王が笑う。
襲撃から一分。
異常なほど早いレスポンスタイムは、勇者や忍者ならば別に不思議なことではない。
迎賓館から御劔の住む単身者用のアパートまでは、普通に歩いて十分ほど。量産型能力者が全速で走れば三分もかからない。
頭ひとつ抜けた存在の勇者なら、一分というのはむしろ遅いくらいだ。
だからこそ御劔は謝罪したのである。
時間がかかったのは、非常連絡を入れながら走ったためだ。
ちなみに、絵梨佳は出撃拠点から庁舎前の公園までの距離を、三秒とかからずに飛翔したことがある。
「ともあれ、俺が来たからには、実剛には指一本触れさせない」
「えー それわたしの台詞なんですけどー」
二郎真君と斬り結びながら、芝の姫が苦情を申し立てた。
実剛は彼女の許嫁だ。
なんで男性の御劔に台詞を取られなくてはならないのか。
「薄い本展開は、五十鈴師匠だけしか喜ばないんですけどー」
「わかったわかった。謝るから戦いに集中してくれ。絵梨佳」
苦笑混じりの勇者である。
彼の見るところ、敵の二人はけっして油断できる相手ではない。
感じるプレッシャーはバンパイアロード以上だ。
同数で、しかも背後に実剛をかばいながら戦うのは、やや危険かもしれない。
かといって、この場から退避させるのはもっと危険だ。これが敵の総兵力とは限らないのである。
逃げた先に待ち伏せなどがあった場合、そこで詰んでしまう。
御劔だけでなく、実剛にもそれが判る。
判るからこそ踏みとどまっている。
一刻も早く妹たちを探しに行きたい気持ちを抑えて。
一挙動で立ちあがる孫悟空。
大きく跳んだ琴美が距離を取った。
腹部に添えられた左手。だくだくと血が溢れ出している。
「いつつつ……あんた、刃物なんか使ったっけ?」
「伝説や神話に殉じて負けるより、どんな手を使ってでも勝つ方が僕の好みなんでね」
少年の手が弄ぶのは、折りたたみナイフ。
頭から地面に叩きつけられる瞬間に、孫悟空はナイフで琴美の腹をえぐったのだ。
街のチンピラのような戦い方である。
ゆっくりと塞がってゆく傷。
「意外と治りが遅いんだね。もっと反則みたいに、一瞬で治るのかと思っていたよ。お姉さん」
「……巫の一族は、回復には長けていないのよ。お母さんが異常なだけで」
蒼銀の魔女たる沙樹だ。
最強とうたわれた彼女には、ほぼ死角がない。
津流木家のツルギ創造や、光則や光のように砂や酸素を操ったりなど、かなり特殊なチカラ以外は、ほとんど使うことができる。
重力制御も、自己回復も、他者回復も、動物たちと心を通わせることも可能なのだ。
しかし琴美は、母親からあまり多くを受け継がなかった。
彼女の特殊能力はビーストテイマー。
それだけである。
もちろん、量産型能力者に数倍する身体能力を持っているが、戦闘スタイルはむしろ人間よりだ。
プロレス技や空手の技、そして短刀術。
人間たちの使う格闘術で戦うことが多い。
これは父である安寺雄三に似ている。
どうやっても越えられない特殊能力者の壁を越えるため、彼は武術を身につけた。
琴美も同じである。
能力では埋められない溝を、不断の努力によって埋めている。
それでも回復能力だけはどうにもならない。
佐緒里に腕を折られたとき、父に叩きのめされたとき、結局、彼女の回復が最も遅かった。
だからこそ、彼女はなるべくダメージを負わないよう、美しく戦うのだ。
琴美の戦い方が他者の目には華麗に映るのは、そういう事情である。
「澪の血族にも、いろいろあるんだねぇ」
ホームに転がった如意棒を蹴って、ふたたび孫悟空が構える。
「人生いろいろ。女だっていろいろあんのよ」
左手で脇腹を押さえたまま、右手の貞秀を逆手に持ち変える琴美。
打ち合わない体勢だ。
「短期決戦を狙ってるのがモロわかりだよ?」
「そりゃそうよ。短期決戦狙ってんだもの。おなか痛いから」
「僕は長引いても問題ないんだけどね」
「嘘つき」
決めつける。
本当に長期戦でもかまわないなら、ナイフで奇襲するような真似をするわけがない。
決着を急いでいるからこそ、神話にはないような戦い方も選択する。
神々にとっては自己同一性の否定だ。
「戦いが長引いたら、三蔵法師だって戦わなきゃいけないもんね」
「…………」
戦線が膠着した場合、澪の第二軍師は間違いなく次の手を打つ。
切れるカードがあるのだから当然だ。
美鶴の守人にして恋人たる光。
一挙に局面をひっくり返せるほど強力な切り札。
対する三蔵法師が持っているカードは、
「玉竜くらいだよね。あとは」
微笑する琴美。
玄奘三蔵の馬だ。より正確には、馬に化けている竜である。
西海竜王の息子である玉竜。
澪の北海竜王からみれば甥にあたる。
「いっとくけど、光くんは私よりずっと強いわよ」
「…………」
無言のまま、孫悟空が間合いを詰める。
「ふふふ。長期戦上等じゃなかったの?」
「うるさいっ!」
ぶんと振られる如意棒。
はるか射程外からの攻撃だが、唐突に棒の長さが変わる。
べつに琴美は驚かなかった。
こういう武器なのは最初から判っている。
迫る先端を前方宙返りで回避し、如意棒の上に着地する。
「佐緒里ちゃんなら、なんかここで良い台詞とか言うんだろうけどね。我が心すでになんとか、とか」
軽口を叩きつつ棒の上を駈ける。
左右に振って小癪な女を落とそうとした孫悟空だったが、無理と悟って棒を捨てる。
だが、ほんの一瞬遅かった。
フィギュアスケートの選手のように跳んだ琴美が、超高速の横回転をしながら蹴りを放つ。
数十発の蹴りを同時に受け、孫悟空が吹き飛び、コンクリートと接吻と抱擁を交わした。
ぴくりとも動かない。
着地する琴美。
華麗に、とはいかなかった。
がくりと片膝を突く。
「いてて……信二の真似して心理戦を仕掛けてみたけど、うまくいって良かったわ」
呟く唇。
端から鮮血が流れ落ちた。
内臓に達するダメージを、受けているのである。
乗馬鞭のような武器を構える太公望。
「澪は力を持ちすぎた。だから、封じさせてもらうよ」
淡々とした言葉。
「どんな風にチカラをもったていうんだかね」
広沢がじりじりと距離をつめる。
「異能を持つ者たちが、神々を集め、眷属を増やしている」
「それで?」
「封じられるには充分な理由じゃないのかい?」
「自分たち以外の異能者だから封じようってか。じつに君たちらしい発想だよ。ヘドが出る」
ぶんと空を切る異形と化した腕。
危なげなく太公望が回避する。
「澪は力なんかつけていない。目指しているのは町おこしなんだからな。みんなが笑って暮らせる街を作りたい。それだけだ」
神の転生者も、鬼の末裔も、女神の血族も、現代社会で行き場のない忍者も、力を持つが故に逐われた勇者も、そしてもちろん人間も。
ともに手を取り合って未来を築く。
それが澪だ。
「夢みたいな理想だろ? だけどな」
一度、言葉を切る広沢。
「だけど、そんな夢みたいな理想に賭けて、戦って戦って、散っていった小さな女の子がいるんだよ」
久保リン。
英雄ク・ホリンの転生者。
異能を隠し孤独に生きてきた竜王に、リュージンという適当きわまりないニックネームを与えてくれた少女だ。
「わけがわからないね」
「わからなくてけっこう。君たちの理解など、自分らは必要としていない。貴様は我が宝石を汚した。それで充分だ」
爬虫類のように細まる広沢の瞳孔。
「そんな中途半端な顕神で、この太公望に勝てるとでも」
「思ってるさ」
「な!?」
突然の声と同時に、若者の身体が吹き飛ばされる。
受け身を取ることすらできず、床に、壁に叩きつけられる太公望。
「ナイスタイミング。シュテルン」
「おう」
太公望の後ろに忍び寄り、鉄骨でぶん殴った男。僚友の賛辞に親指を立ててみせる。
酒呑童子である。




