封澪演義!? 1
琴美が駈ける。
併走する孫悟空。
常人には視認すら容易でない速度。ときおり銀光がきらめくのは、如意棒と貞秀が衝突を繰り返しているからだ。
強い。
かつて琴美が戦った転生者といえば、サトゥルヌスやジークフリードであるが、孫悟空もまた彼らに勝るとも劣らない強さを持っている。
「せい!」
突き出された如意棒が琴美の身体を貫く。
が、それは一瞬にして消え、別の方向から短刀が振り下ろされた。
間一髪、身を捻ってかわす孫悟空。
「分身の術とか、ニンジャかってのっ」
罵りながら二転三転と蜻蛉を切る。
追尾する琴美の姿は五つ。
どれが本物かは判らない。
あるいは、すべて残像かもしれない。
如意棒を振るい、次々と襲いくる短刀を弾く。
一撃一撃が重い。
「質量を持った残像とかっ どんな反則だよっ!? お姉さんっ!!」
「君も出せばいいじゃない。分身」
四方八方、前後左右から聞こえるビーストテイマーの声。
「出せるんでしょ? 七十二個の殺人技にありそうじゃない」
「殺人技は四十八だよっ あと使い手が全然違うからっ」
「似たようなもんだと思うけどね。同じところから出てるんだし」
「それ以上言うとやばいからねっ むしろかなり危険領域に踏み込んでるからねっ」
楽しそうに会話しつつも、互いに攻撃の手を弛めない。
守勢に回ったら、あっという間に崩されると知っているから。
カウンターをもらうのを覚悟の上で攻撃を続ける。
削り合いだ。
琴美が言うように、孫悟空は分身を作ることができる。西遊記の中で幾度も使用しているからこそ、魔女の娘も知っているのだ。
しかし、本体より能力の低い分身たちをぶつけても意味がない。
一撃で薙ぎ払われるだけだろう。
むしろ、分身に法力を注がねばならないだけ不利になる。
そういう次元の戦いである。
「つっても……このままじゃ千日手だ。どうするか……」
内心で孫悟空が呟く。
彼の仲間はいずれも強力だ。
敵を葬って救援に駆けつけてくれる、という可能性もあるが、残念ながら確度は高くない。
澪の血族どもだって、バカみたいに強いのである。
簡単に倒せるわけがない。
それどころか、こちらが救援に向かわねば負けてしまうかもしれない。
ちらりと視線を投げる。
「仲間の心配だなんてちょっと意外。優しいじゃない」
耳元で聞こえる声。
ぎょっとして振り向くと琴美の顔があった。
「な!?」
驚く暇もあればこそ、首を脇に挟まれる。
少年の身体を飛び越えるようにして前方宙返りする琴美。
体勢的にはリバースのDDT。
危険な角度で孫悟空の頭がコンクリートに叩きつけられた。
実剛を背後に庇い、絵梨佳が立ちはだかる。
正面に見据えるは同年代の少年。
芝の姫などいないように実剛を見つめている。
「君は誰だ、という質問に応える気はあるかい?」
冷静に問いかける。
「我は哪吒。汝を殺す者」
感情のこもらない、まるで機械のような声だ。
「じゃあ、わたしはそれを阻むものよ」
ぶんと絵梨佳の姿がぶれ、少年が吹き飛ばされる。
実剛の動体視力では判らないが、一瞬の間に攻防があった。
絵梨佳が数発の蹴りを叩き込み、哪吒が半数ほどを凌いだものの側頭部にクリーンヒットをもらって飛ばされた、という。
「けっこう頑丈ね」
婉然と少女が笑う。
何事もなかったように立ちあがる少年に。
「邪魔をするな。女」
左手を振る哪吒。
焔の輪が現れ、高速で絵梨佳に襲いかかった。
火輪。
神話では、哪吒の乗り物であり武器だ。
だがそれは、少女の手前三メートルで消滅する。
真空の刃に切り刻まれて。
「それで?」
不思議そうに首をかしげる最強の戦士。
こんな子供だましの曲芸で、彼女を排して実剛を害しようというのか。
「悪いけど、あなたと遊んであげる時間はないの。消えてくれないかな?」
砂剣と降妖杖ががっちりと噛み合う。
次の瞬間、沙悟浄が大きく跳びさがった。
百分の一秒前まで彼のいた空間を、四方八方から伸びた砂槍が貫く。
「その砂は変幻自在。先ほどの戦いで汝の手は見た」
危なげのない回避を見せた男の言葉。
やや赤みを帯びた瞳が光り、赤毛が風になびく。
「敵に手の内を見せるものじゃないな。良く判るぜ」
光則が苦笑する。
どっかの闘士たちは同じ技は二度通じないと豪語しているらしいが、当たり前の話なのだ。
一度見た技は、研究もするし対策も考える。
なーんにも考えず何度も何度も同じ攻撃を食らう馬鹿の方が、たぶん世の中では少数派だろう。
「砂鎧!」
声とともに集束してゆく砂が、闇色に輝くプロテクタアーマーを形成する。
「それが汝の戦闘形態か」
油断なく杖を構える男。
迂闊に飛び込んでこない。
なかなかに慎重な相手である。消極的であるといっても良い。
「けど、その分やりづらいな」
フルフェイスの頭部装甲のなかで声に出さず呟き、光則が唇をしめらせる。
慎重なのはけなすべきことではない。
だいたいにおいて派手好みと無責任さは比例関係にあるものだからだ。
能力者というのは、とかく派手な技を好む。
自らの力を過信するがゆえに。
その点において沙悟浄は油断ならざる敵手である。
「疾っ!」
鋭く踏み込む光則。
だからといって睨み合っていても埒が明かない。
ぎいんと耳障りな音を立てて砂剣が折れ飛んだ。
沙悟浄の手前五十センチのところで。
「ち!」
身体を沈ませ、下段の回し蹴りを放つ。
軽く跳んで回避した沙悟浄が杖を振る。
間合いの外。
だが光則は転がって避けた。
ざっくりと切り裂かれる装甲の腹部。
「……軌道上は全部射程とか、反則くさい武器だな」
「初見で気付くか。さすがといっておこう」
砂剣が折られたのも、アーマーが切られたのも、間合いの外からの攻撃である。
降妖杖についた半月型の刃。
かたちとしては刺叉のようなものだが、こちらには刃があり、その刃の延長線上にあるものを切り裂く仕様らしい。
刃物として考えたとき、やたらと不合理な形をしていると思ったが、ようするにそう思わせることこそ狙いなのだろう。
「初見殺しって、嫌われるぜ?」
「敵に好かれたいとは思わぬよ」
「そうかい。うちの当主さまは、敵にだって好かれちゃうけどな。砂弾!!」
砂の弾丸を撒き散らしながら光則が後退する。
見えない刃というのは、とにかく戦いにくい。
絵梨佳のつかう風の剣もそうだが、間合いがとれないのだ。
まして婉曲した刃からの延長のため、攻撃も曲線的なのである。
「サンドジャベっ!? のわっ!?」
形成しかけた砂槍が綺麗に二等分される。
「武器を作るまで待ってくれ、などとはいわないだろうな?」
「言ったら待ってくれるか?」
二転三転とバク転しながら間合いを計る。
正確に追尾してくる沙悟浄。
砂鎧にいくつも傷が刻まれる。肉体へのダメージはないのものの、非常に戦いにくい相手だ。
守勢に回った光則に対して慢心というものがない。
いっそかさにかかって攻め立ててくれれば、隙を突いて闇砂で武器を消すこともできるのだが。
「なろ! 大地よ! 我が前に立つ愚者に裁きを与えろ!」
回転しながら、ホームにばんと手を叩きつける。
コンクリートがめくれ、よじれ、無数の錐となって沙悟浄に襲いかかる。
「多彩だな。砂使い」
振り回される降妖杖が、すべての剣を叩き折った。
だが、その分わずかに追撃が鈍る。
ふたたび砂剣を形成する光則。
大技を使って、なんとか土俵の中央まで押し戻したという感じだ。
「あらためて名乗っておくぜ。澪の戦士がひとり、芝の一族の坂本光則だ」
「痛み入る」
にやりと笑う沙悟浄。
互いに、好敵手として認め合ったようだ。




