魔王な二人 10
澪駅のホームに降り立った美鶴は違和感をおぼえた。
どこがどう、ということはない。
いつも通りの澪。
携帯端末で確認すると時刻は午後五時四十三分。
到着から一分ほどが経過している。
べつにおかしなところはない。車内のアナウンスでも何も言っていなかった。
「ううーん」
なんとはなしに、ポケットから懐中時計を取り出す。
巫邸の物置で発見したモノだ。
伯父の曖昧な記憶だと、「ひいばあさんの形見だった気がする」ということである。
当然のように動かなくなってしまっていたが、優美にしてシックなデザインを気に入った美鶴は、自腹を切って修理したのだ。
とはいえ、イマドキ懐中時計を使うことは滅多にない。
腕時計ですら、つける人はどんどん減っている。
美少女軍師もアクセサリーのつもりで携帯していただけである。
繊細な彫刻が施された蓋を開く。
午後五時……十二分?
「みんな! 警戒して! ここは澪じゃない!!」
鋭く警告する。
三十分も早く到着するなどありえないし、そのアナウンスがないなど、もっとありえない。
素早く戦闘態勢を取る仲間たち。
美鶴とキクを中心に入れ、全方位警戒態勢だ。
澪駅のホーム。
ゆらりと景色が揺らぎ、変わってゆく。
何処とも知れない無人駅のものに。
「一瞬で幻術を破ったね。さすが澪の血族というところかしら」
声が響き、ホームの端から人影が近づいてくる。
見知った顔だ。
数時間前に会ったばかりなのだから。
玄奘三蔵、孫悟空、猪八戒、沙悟浄。
見た目は人間である。
一人だけ女性で残りは男性。
ふ、と笑う第二軍師。
こちらに敵意が向くように仕組んだのだから、攻撃があることは織り込み済みだ。
ただ、考えていた時期よりもずっと早いし、大がかりである。
幻術を用いて降りる駅を間違えさせるとか。
もちろんどんな術なのか、美鶴には判らない。
特急列車が無人駅に停まるはずもないし、他に降りた客もいない。これは明らかにおかしな状況だ。
であれば、少し歌ってもらった方が良いわね。
ごく軽く心を定める。
「褒めても何も出ないわよ」
「電子機器はすべて惑わした。まさかそんなアナログの時計を持っているとはね」
「こんなこともあろうかとってやつよ」
嘘である。
ゼンマイ式の懐中時計を持っていたのも、ちゃんとねじを巻いておいたのも、単なる偶然で、深慮遠謀に基づくものではまったくない。
だが、相手が誤解してくれているなら、それに乗じない手は無いだろう。
伯父や兄なら正直に語っちゃうだろうけれど。
「それにしても、電子機器に影響とはね。でも、それだけでこんなにうまくはまるかしら?」
「私の術だけじゃないわ。乗客たちを眠らせたのは悟浄だし、運転士と車掌に違う景色を見せたのは悟空よ」
「ミックス技ってことね。さすがのコンビネーションと言っておくわ」
やや悔しそうに告げる美鶴。
もちろん少女軍師の表情は演技だ。
気付くこととなく、ふふんと玄奘三蔵が胸を反らす。
「あんたたちとは年季が違うのよ」
「でも、コンビネーションだけじゃ私たちには勝てないわよ」
琴美、佐緒里、光則の三人が前に出る。
光は美鶴とキクの二人を守るような格好だ。
「それは、やってみないと判らないかな」
如意棒を肩に担いだ孫悟空、九本歯の馬鍬を構えた猪八戒、降妖杖を持った沙悟浄。
ゆっくりと前進する。
三対三。
「さっきは私が足を引っ張っちゃったけど、今度はそうはいかない」
玄奘三蔵の声に応じて、背後から少年が現れる。
光や美鶴と同じくらいの年頃の、黒髪黒瞳の少年だ。
「彼が私を守ってくれる。もう奇襲は通じないからね」
「あなた達みたいな強者相手に、二回も三回も奇襲が通用するとは、最初から思ってないわ。各員能力解放許可」
初夏の無人駅。
凛として響く美鶴の声。
蒼銀へと変わってゆく琴美の髪、土耳古石の蒼に染まる光則の髪、そして佐緒里の頭には小さな二本の角が生える。
「戦闘開始!」
軍師の手が振り下ろされた。
「キクたちが戻らない? そいつはどういうことだよ? 沙樹」
会食の席上、暁貴が首をかしげた。
時刻は午後五時五十分。
澪駅まで出迎えに行った第一隊からの報告が沙樹に入ったのだ。
「どうもこうも、予定の列車には乗ってなかったらしいわ」
「それはおかしいですよ。沙樹さん。僕が連絡を受けたのはちょうど発車前です。もう乗車したっていってました」
実剛の言葉である。
乗車変更などがあったなら、そのときに告げるはずだ。
「なにかトラブルがあって途中下車したってことか」
腕を組む魔王。
巻き込まれ体質の姪である。可能性は否定できない。
「今現在は連絡がつかないのか?」
「ええ。電波の届かないところにってアナウンスが流れるだけよ。あと、鉄道会社にも問い合わせてみたんだけどね。定時通り走ってるってことだったわ。念のため、乗り越してないか車掌に無線で確認を取ってくれるって」
「さすがに仕事が速いな。沙樹」
「どういたしまして。鉄心」
にやりと笑い合う中年男女。
事態が笑って済ませられる範囲を超えたのは、午後六時十分である。
車掌と連絡を取り合ったJR北海道が、新函館北斗駅から社員を当該列車に乗り込ませて調べたところ、澪の血族たちの座席は空で荷物もなかった。
だが、彼らが途中下車するのを、車掌は見ていない。
もちろん他の乗客も。
ちょっとしたミステリーだ。
「なにか緊急の事態が起きて、キクが縮地を使ったか……」
暁貴が呻く。
やや顔色が悪いのは、愛妻と姪が含まれたパーティーだから。
「縮地するなら澪に飛ぶだろう」
腕を組む鉄心。
そもそも、キクの神力の限界が近いから列車移動を選択しているのだ。
その限界を無視して緊急脱出的に使用したのなら、間違いなく澪の巫邸に飛ぶ。
「とにかく、こうしていても埒が明きません。探しに行きましょう」
すっと席を立った実剛。
決断の早さはいつも通りだ。
絵梨佳も続く。
次期魔王のあるところ、必ず芝の姫もある。
「伯父さん。鉄心さん。沙樹さん。引き続き情報収集をお願いします」
「わかった。あとお前らだけじゃなくて御劔どのたちと仁も連れて行け。根拠はねえけど、美鶴たちは札幌方面にいると思うぜ」
「その心は?」
魔王の推理に疑問を返す。
「そりゃあ、澪で降りてねえなら、それより前で降りたってことだろ」
推理でもなんでもなかった。
しかし、蓋然性の高い方から攻めていかなくてはどうにもならないのも、また事実である。
「トラブルがあったなら誰かの目に触れてる。誰も気にしてないってことは、普通に降りたってことだろうよ」
だから荷物もきちんと持ち出しているし、ゴミも残していない。
そして車掌は乗客をきちんと把握しているものだ。
乗車人員報告書、通称ノリホを決められた駅で提出しなくてはいけないから。
「じゃあ……」
「有人駅じゃねえ。美鶴たちは無人駅で降りた」
「特急が無人駅に停まりますか?」
「停まったんだろうよ。そして誰も不思議に思わなかった。運転士や車掌もな」
「そんな馬鹿な」
「馬鹿なことを可能にするのが異能ってもんだべや」
有人駅で途中下車したなら必ず人目に触れる。そして列車というのはホーム以外では高低差があるため普通には降りられない。
であれば、導かれる結論は無人駅ということになるのだ。
なかなか大胆な発想である。
「判りました。伯父さんの考えに僕も賛成です」
大きく頷く次期魔王。
それから、客人たる依田に一礼し、足早に食堂を出る。
左手には携帯端末。
勇者と忍者に連絡を取り、捜索に同行させるためだ。
「あ、御劔くん? ごめん。ちょっとトラブル発生。ポーク01を出して。詳細は合流してからで。僕はポークシャドウで……え?」
話ながら歩く実剛。
突如として腕を引かれ、バランスを崩して絵梨佳に受け止められる。
一瞬前まで彼のいた場所を過ぎる銀光。
絵梨佳が引っ張ってくれなければ、実剛の個人史は終了していただろう。
迎賓館の前。
抜き身の剣を提げた少年が立っていた。




