魔王な二人 8
スーパー北斗。
札幌と函館を結ぶ特別急行である。
ほとんどが赤字路線のJR北海道にあって、数少ないドル箱線だ。
しかも澪の発展にともない、さらに利用客が増えた。
JRは便数と連結する車両を増やすことで対応しているが、平日の乗車率が九十五パーセントを下回ることはめったにない。
そんな中、なんと予約もなしにグリーン車に乗り込む一団がいた。
もちろん美鶴たちである。
多額の現金の持ち合わせなどない一行なのに、みどりの窓口に赴いて姓名を告げるとあら不思議、六名分のグリーン席があっという間に用意された。
いわゆるコネ勝ちだ。
次期魔王たちが東京から澪へ戻るときにも使用された手段である。
ただまあ、JR北海道としても、野戦服なんぞをまとった連中を他の乗客と一緒にしたくなかった、という側面もあるかもしれない。
発車五分前を告げる車内アナウンスを聞きながら、美鶴が自嘲した。
ちなみに、戦闘のあった豊平川河川敷から札幌駅まで、彼女らは徒歩で移動した。
バス路線があるのに利用しなかったのは、乗るのが恥ずかしかったからだ。
通報されてもおかしくないような格好である。
とはいえ、歩くとなるとそれはそれで恥ずかしい。
駅前通を野戦服で闊歩するなど、たとえばよさこいソーラン祭りの衣装で地下鉄に乗るのと同じくらいの恥ずかしさだ。
もっとも、けっこうそういう人は存在しているが。
「普通に歩こうとするから恥ずかしいのだ。緊急事態を装えば、周囲は不思議に思わない」
という提案をしたのは佐緒里である。
結果として、札幌の目抜き通りたる駅前通を、異様に目立つ集団が通過することになった。
「ヤツが目覚めたのか!?」
「馬鹿な! はやすぎる!!」
「急ぐんだ! 間に合わなくなるぞ!!」
などと謎の台詞を撒き散らしながら。
美鶴は、走り出して三歩目には鬼姫の提案に乗ってしまった自分の愚かさに気付いたが、すでに手遅れだった。
ひたすらうつむいて走り抜けたのみである。
楽しんでいたのは彼女の恋人と、言い出しっぺくらいのものだろう。
「ある意味、私たちが異能者だなんて誰も思わない状況ではあったわよ」
又従妹の肩を叩いて、琴美が慰撫する。
「そりゃそうでしょうよ……異常者だと思われただろうからね……」
残念ながら、あまり効果はなかったようだ。
「ていうかさ。普通に、サバイバルゲーム好きの連中が、おかしなことやってやがる、くらいにしか思われなかったと思うぞ」
苦笑する光則。
他人というのは、自分で思っているほど自分に注目などしていないものだ。
よほどおかしな格好をしていたって通報などされない。
道ばたで他人がうずくまっていたとしても、気にもとめない。
そういうものだ。
手を差しのべるのは善意ではなくてお節介。
そんな風潮になったのは、そう昔のことではない。
困ったときはお互い様、などという言葉は存在しなくなった。
泣いている迷子を発見し、親切心で手を引いて交番に連れて行ったら、誘拐犯だと思われて取り調べを受けた、などという笑えない話も笑い話もあるほどだ。
いつのまにか、日本というのはそういう国になってしまった。
たいしたおもてなしの国である。
「皮肉すぎるわよ。光則さん」
指摘しつつも、第二軍師の表情がやや明るくなる。
日本国民の心意気とやらに、このさいは感謝だ。
「んなことより、駅弁くおうぜっ 駅弁っ」
熱心に主張するのは、もちろんウインドマスターである。
重くなった空気だろうと、社会派な雰囲気だろうと、彼は一撃で粉砕する。
「お昼たべてからまだ三時間も経ってないわよ。光」
呆れ顔で言う美鶴だったが、すでに視線はパッケージに釘付けだ。
石狩鮭めし。
大正時代から売られている超ロングセラーである。
「三時間あれば腹は減ります。えらい人にはそれがわからんのです」
光くんの主張。
まあ、男子中学生の胃袋は、バキュームクリーナーみたいなものなので仕方がない。
昼食を五人前くらい食べたが敵の能力者相手に激しい運動もした。
おなかだってすいちゃうのである。
「嘘つけ。お前は戦ってないだろうが」
最後の最後で、ちょっと走っていって敵のリーダーっぽいのを捕まえてきただけだ。
バトルは、琴美と佐緒里と光則が引き受けていたのである。
光則の評価は正しい。
まったくもってその通りだ。
それゆえに、光はむきになった。
「るせーるせーっ とにかく腹がへったんだいっ」
「はいはい。エサをあげるから暴れないの」
琴美が駅弁を配る。
ただし、一人ひとつのみだ。
駅弁というのはけっこう高価なのである。コンビニ弁当などに比較したら、ざっと二倍くらい。
公務なので食事代は出るが、一食あたり五百円までだ。
「くっそくっそっ 五百円じゃ澪駅のいかめしくらいしか買えねえじゃねーかっ 暁貴さんのけちっ」
石狩鮭めしの値段にも半分ほど足りない。
足の出た分は自腹なのである。
わりと高給取りの彼らが弁当代を惜しむ理由はないが、おやつがわりの駅弁に無原則に金を使うというのも意味がないだろう。
「いま食べ過ぎると、帰ってから晩ご飯が食べれなくなるわよ。光くん」
「くぅーん」
簡単に手懐けられる。
ビーストテイマーの二つ名は伊達ではないのだ。
澪町迎賓館。
札幌は中島公園にある豊平館や、函館は元町の旧函館区公会堂ほどではないが、なかなかにシックで通好みのデザインをもつ建造物である。
建築を手がけたのは、澪が誇る築城名人たる酒呑童子。
優美さの中にも力強さを感じさせるたたずまいは、国賓級の客を招いてもまったく恥ずかしくない。
その迎賓館の最初の客となったのは、日本国総理大臣でもなく、アメリカ合衆国大統領でもなく、イギリスの女王陛下でもなかった。
それどころか、人間ですらない。
ハシビロコウ。
「せめて魔王をつけてくれ。それだけだと鳥ではないか」
微妙に訂正を求める依田。
「ハシビロコウの方は否定しないんだ……」
がっくりと実剛が肩を落とした。
魔王ハシビロコウ。
迫力があるのかないのか判らない。
ともあれ、金山跡地から帰着した実剛は、正装に着替えて依田と対面を果たした。
なかなかに個性的な容貌をもった依田を紹介されたとき、実剛は驚かなかった。
鋼メンタル以前の問題として、耐性が付いているから。
「よろしくな。噂は信二からきいている」
「こちらこそ。きいてるのはきっと悪口ですよね」
「いやいや。良い主君だと褒めていたぞ。御大将」
談笑しながら握手を交わす。
ごく普通の一次接触だ。
第六天の魔王は、すくなくとも不死の王よりは友好的らしい。
なごやかな雰囲気のまま、食堂へと移動する。
もちろん会食のためである。
澪側の参列者は、暁貴、実剛、鉄心、こころ、沙樹、絵梨佳。
私的な晩餐会ということもあり、街の実務担当者は出席しない。
メニューは本格的なフレンチ。
前菜からデザートまで続くフルコースだ。
腕を振るうシェフは山田。
依田が策をめぐらした結果として、澪に帰属することになってしまった元スパイである。
数奇な運命だが本人に不満はないようで、急な仕事にも快く応じてくれた。
メインとなるのは、当然のように澪豚を使った料理である。
その他、海の街ならではの食材をふんだんに用いた。
豪華絢爛な晩餐。
「素晴らしいな………これは」
はじめて澪豚を口にする依田が舌鼓を打つ。
普段の家庭料理とは一線を画する料理たちに、暁貴や実剛もご満悦だ。
ちなみに大人たちはワインが、実剛と絵梨佳には冷たいハーブティーが供されている。
「天帝が、澪の秘密ではなくこの料理を狙っているといっても、さほど驚かないな」
冗談を飛ばす仏法の魔王。
「そういう簡単な話なら良いんだけどな」
澪の魔王が苦笑した。




