魔王な二人 2
結局、温泉に入ることになった。
みんなずぶ濡れだったし、リーダーの実剛にいたっては、愛すべき妹によって湯舟に突き落とされたため、
「パンツまでぬれぬれ状態だよっ」
「なんでそういういやらしい言い方するの? もういっかい突き落とされたい?」
「一度濡れたら二度も三度も同じことっ どこからでもかかってきなさいっ」
「じゃあ遠慮なく」
「のおおおっ!?」
ふたたびあがる水柱。
「こら実剛っ! 作業の邪魔すんなっ 仕切り作ってんだから!」
光則が怒る。
「あれっ!? 僕が悪いの!? そんなに僕が悪いの!? 判ってくれとはいわないけどっ!?」
ギザギザした心の次期魔王が喚く。
めんどくさいリーダーである。
ともあれ、砂使いの奮戦によって脱衣所から湯船まで壁が設置された。
せっかくの美しい庭園露天風呂が、ちょっと台無しである。
壁の高さは水面百八十センチほど。
能力者なら助走なしで軽く飛び越えられる高さだ。
向こう側はアルカディア。
美鶴、絵梨佳、琴美、佐緒里、紀舟。
澪を代表する美女たちの、きゃっきゃうふふという嬌声が聞こえてくる。
二対の瞳から放たれた視線が非友好的な火花をあげて絡み合う。
壁前に陣取った光則と光だ。
男湯。
それは戦場である。
互いを牽制する砂使いと風使い。
五人の美女の入浴シーン。
素晴らしすぎる。
だが問題が存在した。
中には彼らの恋人が含まれるのだ。
この一点が、風使いと砂使いの共闘を阻んでいる。
ヌードは見たいが、恋人の裸を他人に見せるわけにはいかない。
絶対にだ。
「光……おまえ意外と長風呂だな……」
「あんたもね……光則兄ちゃん……」
空虚な会話が交わされる。
先に上がるなど論外だ。
一週間も食事を与えていないライオンを檻から出すようなものである。
抑止力が必要なのだ。
「佐緒里……俺がお前を守る。この野獣から」
「美鶴……俺がおまえを守る。この野獣から」
内心の決意である。
違いは固有名詞だけ。
素晴らしい義侠心である。ただまあ、打算も存在していたりする。
一方が立ち去った場合、他方は行動の自由を得る。
攻撃にも防御にも敷衍できる考えだ。
それほどたいしたものでもない。
ようするに、鏡に映った自分と戦っているようなものである。
それは辛く苦しい戦い。
断続的に耳に届く女性陣の嬌声が、興奮を与えると同時に神経を締め付ける。
業とでもいうのだろうか。
「この戦い、絶対に負けられない!」
二つの人格。一つの決意。
くりかえすが、それほどたいしたものでもない。
仲間たちが呆れたように見守っている。
と、そのときである。
「縮地っ!」
虚空に声が響き渡り、何かが出現する。
何かというか、キクである。
澪の魔王、暁貴の細君だ。
『え?』
いっせいに上を見る少年少女。
「えっ?」
視線の集中砲火を浴びたキクが変な声を出した。空中で。
そして、地球の引力に魂をひかれて落下する。
「なんでお風呂ーっ!?」
またしてもあがる巨大な水柱。
即席の壁が崩壊する。
混浴となった露天風呂。
一瞬の空白。
「おっと。大ぴちん」
「なんで小官を盾にするんですか琴美さん!?」
「こっちみんなバカ!」
「つっ立ってないで隠れろ! もぐれ! 美鶴!!」
「貫け! 聖槍!!」
「なんで風呂に武器もちこんでんだっ!」
「きゃー! ほろびのかぜー?」
「それはダメだって! 絵梨佳ちゃんっ!」
「もちつけみんな。円周率を数えるんだ」
「この局面で円周率は関係ないと思うでござる。あと、餅もないでござる」
またまた大騒ぎである。
なんというか、あのBGMが聞こえてこないのが、不思議なほどだった。
事態は緊迫している。
回線がすぐに復活したことを考えれば、さきほどは小手調べといったところだろう。
どこかで幹線が切られたというより、「やるぞ」という意思表示だ。
「原油価格の操作といい、やることが見え透いてるね。いやらしい手だよ」
ふんと鼻を鳴らすこころ。
澪が存在しているせいで、日本国民の生活が破壊される。
という筋書きだ。
国民の怒りは、シナリオを書いたアメリカではなく澪に向かう。
「なんか、どっかできいたような話だなぁ」
「あれだ暁貴。ヒロインが人間爆弾にされるやつだ」
「あれかぁ。お前らがいるから敵が攻めてくるんだってやつだな。思い出したぜ」
大昔のアニメである。
魔王や腹心が十歳くらいの頃に放送されたもので、かなりハードなストーリー展開が賛否両論を呼んだ。
「まあ、お前らは異星人の末裔らしいからな。だいたい合ってるだろう」
「嫌な符合だぜ」
「話を戻して良いかな? 暁貴さん。鉄心さん」
こころが咳払いする。
懐かしのアニメ談義などしている場合ではない。
「えげつない手だけど有効なんだ。人間ってのは見えない大きな敵より、近くにある目に見えるものに責任を転嫁するからね」
それに、澪があるから攻撃する、というのは事実である。
アメリカでもロシアでも良いが、澪の秘密が欲しいから権謀術数の限りを尽くすし、武力行使も辞さない。
澪にはそれだけの価値があると思いこんでいるからだ。
逆にいえば、日本という国にも国民にも価値を見出していないということである。澪を手に入れるための駒として以上の価値を。
「業腹ですが、それは事実でしょうね」
肩をすくめるのは高木総務課長だ。
たとえば沖縄で頻発するアメリカ軍人が引き起こす事件をみても、彼らが日本人を守るつもりなど、さらさらないことが判る。
上役の命令だから、仕方なく極東の島国に駐留しているだけ。好きこのんでこんなど辺境で生活しているわけではない。
だから、田舎暮らしで溜まったストレスを現地の野蛮人にぶつける。
「そんな連中の親玉が考えるようなことですよ。日本国民がどうなろうが、知ったこっちゃないでしょう」
「おたかや。お前さん、俺より言うことが過激だな」
「どうも」
「べつに褒めてねえよ。けどまあ、楽しい未来の夢には結びつかないな。こいつは」
原油でも情報通信でも良いが、そのあたりを封じられるのは、実質的な経済制裁とイコールである。
その原因が澪にあるなどと喧伝されれば、沸点の低い連中はすぐにでも突っかかってくるだろう。
むろん蹴散らすのは容易い。
自衛隊が総出で侵攻してきたとしても、たぶん撃退できる。
「日本が俺たちと戦いたいと抜かすなら、いつだって歓迎してやろう」
肉食獣の笑いを浮かべる鬼の頭領。
戦鬼の顔だ。
「こうして澪は日本人の敵となりました。めでたしめでたし。鉄心さんの望んだ滅びへの道だろうけどね。それは」
くつくつとこころが笑う。
「俺はそんな未来は望まないから却下だ。なんか代案を出してくれ。こころちゃん」
煙草をくわえ、先端に火を灯す魔王。
もともと愛煙家ではあるのだが、最近の会議ではやたらと吸うことが多い。
ストレスが溜まるのだ。
パワーや金で解決できないことが多すぎる。
「代案ってほどのものはないよ。守る範囲を広げる。それしかないさ」
「つまり、その通信橋を守るってことか。正義の味方みてえだな」
「そゆこと」
正義の味方的な行動。
これが敵にとって、最もやって欲しくないことである。
守りきってしまえば、こんな離間策など子供だましと同じだ。
人々の生活を壊そうとするアメリカが悪の陣営。それと戦う澪が正義のヒーロー。
子供向け特撮番組くらい簡単な構図になる。
「でも、私たちはヒーローになりたいわけじゃないから、そんな手を取っても仕方がないんだけどね」
それより本拠地を叩いた方がずっと話が早い。
と、付け加える天界一の智恵者。
「いや。その手でいこう。俺たちが守るとは、敵も予想してないだろ」
「いうと思った。人間のために戦うってことで本当に良いんだね? 暁貴さん」
呆れたように笑ったこころ。
作戦を机上に乗せる。




