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魔王な二人 1


 澪の近くにそびえ立つ秀峰駒ヶ岳は火山である。

 それはもう警戒レベル一の、立派なものだ。

 ゆえに、澪にはけっこう多くの温泉が湧いている。

 濁川(にごりかわ)温泉郷に、古代ローマのバイアエのような一大温泉リゾートを作ろうという計画も進行中なのだ。

 新山首相と暁貴が会談をおこなったり、子供チームが寒河江の料理人たちと合宿をおこなったグリンピア計画の名残のホテルも、美肌の湯として知られる温泉である。

 さすがに適当にそのへんを掘れば湧き出すということはないが、温泉天国なことはたしかだ。

「そういえば、ここにも浴場はあったらしいのよね」

 逃げ回ることに飽きたのか、それとも諦めたのか、濡れねずみ状態となった美鶴が肩をすくめる。

 当時の記録はほとんど残っていないため確かめる術がないが、温泉を引いていたのかもしれない。

 となれば、源泉が近くにあっても何の不思議もないだろう。

「光則さん。何とかして」

「なんとかって……わかった。なんとかする」

 無茶振りされた砂使いがため息混じりに腕を伸ばした。

「噴き出しまったもんを無理に止めるのは良くないから、ここをこうして、こうやって……」

 ぶつぶつと呟きながら両手を動かす。

 オーケストラを操る指揮者のように。

 光則の動きに応えて脈動する大地。

 くぼみ、つきだし、変幻自在に姿を変えてゆく。

 みるみるうちに庭園露天風呂がつくりあげられてゆく。源泉かけ流しの。

「こっちに排水して……このへんにベンチをつくって……強度はコンクリートくらいので良いのかな……もうちょっと丈夫にしておくか……」

 数分後。

「できた!」

 爽やかな笑顔で額の汗を拭う砂使い。

 なんということでしょう。

 荒れ地の真ん中に、桃源郷(ユートピア)のような景色が完成した。

 三十人くらいが同時に入れそうな露天風呂。噴き出していたお湯は、美しいアーチを描いて浴槽に注ぎ込むように計算され、周囲には大理石で作られたベンチがいくつも置かれている。

 さらに、風通しの良いローマ風の四阿(あずまや)なども作られ、(たくみ)の遊び心がうかがえる。

 すぐ近くに完成した小洒落た建造物は脱衣所だ。

 細部のディテールにまでごたわった逸品である。

 あんぐりと口を開ける仲間たち。

 感心したわけではない。念のため。

「光則は芸が細かいな」

 という佐緒里の言葉が、たぶん唯一の褒め言葉だ。

「光則は庭師になれば良いと思うよ」

 半笑いで実剛が言った。

 誰が庭園露天風呂(こんなもの)を作れといったのか。ぶっちゃけ、排水さえしてくれれば良かった。

 こんな誰も来ないような場所に浴場を作ってどうするというのか。

「そもそも仕切りがないじゃないか。これじゃ混浴になっちゃうよ」

「そこに注文つけるんかいっ!」

「おうふっ!?」

 くだらない指摘をした次期魔王は、妹に尻を蹴飛ばされて湯舟に消えていった。

 大きな水柱が立つ。

「こらこら美鶴ちゃん。服のまま入れちゃダメでしょ」

 琴美がたしなめた。

「姉さん……あんたもか……」

 ブルータスにまで裏切られたジュリアス・シーザーのように肩を落とす美鶴だった。

 バカばっかりである。




「……動いた」

 モニタ画面を見つめていた佐藤が呟く。

「どこだ?」

 素早く身を寄せた佐々木が訊ねた。

「僕の古巣」

「合衆国か。でかいな」

「原油価格の操作をはじめたね。日本そのものを干上がらせるつもりかも」

 原子力発電所がストップしているこの国は、いまは原油が生命線だ。

 太陽光や風力を用いた発電では、全使用量の二割もカバーできないのが現実である。

 電気がなくなれば、現代生活など一日も維持できない。

「対抗情報戦を開始しろ」

 室長席から田中が指示する。

「了解」

 佐藤が頷き、両手をコンソール上で踊らせる。

 一流のピアニストの指使いにも似て。

 画面のなか、徐々に落ち着きを取り戻してゆく市場。今この瞬間も幾人かのディーラーのスキャンダルがネット上に流れたり、幾人かの役人たちが追いつめられたりしている。

「中国が介入をはじめた。尻馬に乗ってレアメタル鉱床を押さえる気だ」

 鈴木が警告した。

 澪とアメリカの情報戦の隙間に滑り込んでくる。

「さすが機を見るに(びん)。どうしてどうして動きがはやいな。中華帝国」

 不敵な笑みを浮かべ、佐々木が端末を操作する。

「韓国と北朝鮮を使う。表面はどうあれ、本質的に敵だからな。あいつらは」

「判った。俺はロシア経由で圧力をかける」

 影豚たちの活躍を見ながら、田中が電話を手に取った。

 攻勢が本格化している。

 だが、澪を崩すほどではない。

 であれば、これは陽動である。

 奔命に疲れさせ、その間になにか仕掛けるつもりだ。

 数コールを経て副町長室に繋がる内線電話。

「どうした?」

「本格攻勢が始まりました。我々は釘付けになります」

「援軍が必要なら、山田と中村も駆けつけさせようか?」

「まだ大丈夫。それよりもそっちの……」

「なんだこりゃあ!?」

 田中の言葉を遮るように、影豚たちが奇声を発した。

 視線を動かすと、室長席のコンピュータにも異常がある。外部ネットワークが切断されているのだ。

「副町長」

「判ってる。こっちのパソコンもネットが切れた。サーバーがダウンしたってわけでもなさそうだな」

「攻性ウィルスかもしれません。考えにくいことですが」

 必要充分なだけの防壁は張り巡らせてある。

 もちろん完璧な防衛などできるはずもないが、サーバーダウンを起こすほどの攻撃を察知できないとも思えない。

「とにかく、こっちでも原因を探る。対策室も復旧に努めてくれ」

「了解です」

 通話を終えた暁貴。

 副町長室に集う腹心たちを無言で眺めやった。

 意見があれば言ってくれ、という視線だ。

 とはいえ、鉄心にも沙樹にも高木にも、現状を打開する名案があるわけではない。

 電気がないのと同様、ネットワークが使えなくては現代生活は成り立たないのである。

「ふむ。電話も死んでるね」

 口を開いたのはこころ。

「や、使えてたぞ?」

「それは内線でしょ。暁貴さん。私の言っているのは外線さ」

 天界一の智恵者が腕を組む。

「敵の狙いは弱電(じゃくでん)ってことだね」

「弱電?」

 沙樹が訊ねる。

「電話回線のこと。電気は強電(きょうでん)ね」

「でも、電話回線がどうかなったくらいでネットまで使えなくなるの? こころ」

「なるよ。ためしに携帯端末みてよ。沙樹さん。使える?」

 薄く笑う軍師。

 確認した蒼銀の魔女が首を振った。

 普通に電源は入ってるが、電波を受信できていない。

「なんで使えなくなるの? これまで」

 携帯端末は電波を拾っている。澪の町内にもあちこち立っているアンテナからの。

「そのアンテナに情報を供給しているのはケーブルだよ。そして、どれほどネットワークが進歩しても、ケーブルを敷設(ふせつ)したりアンテナを立てたりするのは、人の手さ」

「つまり、どういうことだい? こころちゃん」

 やや辟易(へきえき)したような顔をする暁貴。

 軍師という生き物は、どうにもまわりくどくていけない。

「単刀直入にいこうぜ」

「これは物理攻撃。情報戦じゃないよ。暁貴さん」

「ケーブルを切られたってことか……」

「まだ切られたわけじゃない。たぶんそろそろ回復するはず」

 言っているそばから、それぞれの端末の回線が復活する。

「ほらね」

「意味がわからんぞ。こころ」

「鉄心さん。この国の電話回線は二系統あるんだ」

 東京を中心として、日本海側をまわるものと太平洋側をまわるもの。

 片方が死んでも、もう一方によって素早くフォローできるようになっている。

 日本電信電話公社(でんでんこうしゃ)が、五十年以上の歳月をかけて組み上げたシステムだ。

 メタル回線から、光通信を中心とした(ニュー)ジェネレーション(ネットワーク)へと切り替えが進められてはいるものの、系統そのものは従来のルートを通っている。

「そしてね。この国の情報を殺す方法があるんだよ」

 復活したばかりの端末を使い、こころが地図を表示した。

 札幌市の豊平(とよひら)川。

 豊平橋(とよひらばし)一条大橋(いちじょうおおはし)の間。人も車も渡ることの出来ない橋がある。

「東西の回線が交わるポイント。通信橋さ。ここを破壊されたら、北海道は情報的に孤立する」

 小さな手で指さす軍師。

 まるで不吉な予言のように、幹部たちの耳に残響をのこした。



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