ゲーム・スタート 10
「マイナンバー流出を企図していた内務省の職員は、辞表を出すに至りました。詳細はそちらの資料をご覧ください」
堅苦しい口調で田中メディア対策室長が副町長に報告する。
プライベートにおいては友人であり、互いにキャラ名で呼び合うような仲だが、公務中にくだけた態度をとるわけにはいかない。
「仕事がはやいね。さすが元スパイだ」
暁貴が感心する。
情報漏洩の動きがあると察知してから、一週間と経過していない。
わずかな期間で首謀者を割り出し、追いつめ、破滅させる。
あざやかな手腕に、魔王も舌を巻くほどだ。
「プロですからね。こういうことの」
火のないところに煙をたて、蜘蛛の糸に獲物を絡めとるように身動きを封じてゆく。
スパイに狙われたら最後、反撃の余地なく社会的に葬られるだろう。
「こんな連中を相手に、よく澪は勝ったもんだよ」
「澪には小細工を粉砕するチカラがありますからね。社会的な信用など考えなくて良いというのが、最大の強みでしょう」
澪では、魔王の裁定がすべての法に優先する。
世間一般での評価など問題にならない。暁貴が是とすれば是なのだ。
そう表現するととんでもない暴君に思えるが、彼の包容力は敵対者すら簡単に味方に引き入れるレベルである。むしろ幹部たちは、なんでもかんでも許してしまわないよう忠言するのに忙しいくらいだ。
ちなみに子供チームでは、実剛の大度っぷりに軍師たちが手を焼いている。
似たもの同士の魔王と後継者である。
「噂を根拠に断じられたらたまったもんじゃねえだろ。中央官庁はそうなのか?」
「まさか」
田中の顔に刻まれる苦笑。
影豚たちの策略は、そんな単純なものではない。
噂によって立場を悪くするのと同時に、逃げ道を用意しておく。そしてその逃げ道こそ、本物の罠なのだ。
「大昔から、権力者の弱点は下半身と相場が決まっていますからね」
「ハニートラップってやつか」
「ハニーでもポニーでも、中学生を抱いちゃったら、もう言い訳はききませんよ」
「それも仕込みなんだろ。えげつねぇなあ」
言い訳できない状況に追い込まれた職員たちは、退職願をしたためることになった。
スキャンダルを嫌う官庁だから、公表はできない。
完全に、一身上の都合による退職として処理される。
当然、マスコミに知られることもない。
影から闇へと、二人ほどの人生が葬られた。
魔王がえげつないと評したのは、まだ起こしてもいない策略の報いを、このようなかたちで受けさせられた首謀者どもが、多少は哀れに思えたからである。
「それが謀略の糸を操るということだそうですよ。スパイというのは、本来、孤独に生きて孤独に死ぬものらしいです」
誰からも賞賛されない仕事に従事し、それを他者に知られることなく生涯を終える。
「なんか、せつねえ生き様だなあ」
「だからこそ、密偵を頼む政治は国を滅ぼす、といわれているのだろうな」
口を挟み、大きく肩をすくめる鬼の頭領。
「その意味で影豚は幸福といえるでしょう。彼らは闇の世界から陽の下へ戻ってきた」
応えたのは総務課長だった。
「汚れ仕事をさせてしまったがな」
「そこは家賃を払うようなものです。技能があるのに使わせないというのはもったいないですからね」
腹心たちの会話を横目に、魔王が報告書へ視線を落とす。
最後のページ。
「なお、この策略で最後であるという可能性は、極小のものと推測される」
不吉きわまる文言が踊っていた。
「……草が生えている」
「www」
「うん。君ならそう言ってくれると思っていたよ。我が妹よ」
「期待に添えて嬉しいわ。兄上」
金山跡地である。
当たり前の話だが、七十年も前に人がいなくなった場所だ。整備などされていないのだから、草ぼうぼうの荒れ地と廃墟しかない。
木造の建築物は朽ち果て、崩れ落ち、なんかよくわかんない虫がぶんぶん飛んでる。
「んー 思ってたのと違うなぁ」
リュックサックを背負ったままの光が頭を掻いた。
冒険少年は、隠れ里みたいなのとか、空に浮かんでいるお城みたいなのを想像していた。
ただの荒れ地では、期待はずれも良いところだろう。
とはいえ、これは仕方のないことではある。
人の住まなくなった家は、あっという間に傷んでゆく。
町単位でもそれは同じだ。
手入れをするから、町でも家でも維持できるのである。
人間がいなくなれば、自然の姿へと帰ってゆくだけだ。
「ようするに、人間って存在自体が、不自然ってことなんだよねぇ」
「社会派みたいな台詞をいってるけど、このままじゃ観光客なんて入れられないわよ。兄さん」
「むしろきてもらっても、見せるものもないよね」
光ではないが、これでは期待はずれもはなはだしい。
観光客はべつに草ぼうぼうの荒れ地が見たいわけではない。廃墟にしても、きちんと手入れをされたゴーストタウンが見たいのだ。
「金山に入れるようにして、金堀りの体験とかできるようにしたいと思ってたんだけど、これは望み薄だね」
この草と灌木に覆われた場所から、金鉱を特定するだけでも一苦労だ。
「薙ぎ払いますー?」
「ううん。どうかなぁ」
せっかく婚約者が提案してくれたが、滅びの風で吹き飛ばしてしまえば、完全に跡形もなくなってしまう。
もともとほとんど何も残っていないのに、これ以上なくしてどうするのか。
「でも兄さん。このままじゃどうせ使えないわ。公開するにしても全部新築することになるでしょうね」
新築された廃墟というのも、なかなかにおかしなものだが、テーマパーク
というのはそのようなものだ。
「けど、廃墟がテーマってのもなぁ」
滅びを売り物にするのは、これからの澪の観光戦略として相応しくない。
そもそもテーマパークというだけで人を呼べるほど、甘い世の中ではなくなっている。
平成の初めごろ、北海道にも多くのテーマパークが作られた。石炭の歴史をモチーフにした夕張の施設、赤毛のアンの世界を再現した芦別の施設、などなど。いずれもバブルの夢が弾けたあとは、閉鎖に追い込まれていった。
現実を見れば、施設だけで客を呼ぼうと思ったら千葉や大阪にあるくらいの規模と知名度が必要になるだろう。
もちろん運営にかかる金や人手も膨大なものになる。
「黒字になるような施設は作れるはずもないね。うん。OK。絵梨佳ちゃん。やっちゃって」
軽く思いさだめ、婚約者に依頼する次期魔王。
使用することが出来ないならば、壊してしまってもかまわない。
最低限、彼らが座れる場所を確保しなくては、昼食をとることもできないのだ。
「わっかりましたー その辺たいらにしちゃいますねー」
絵梨佳の髪が突き抜ける蒼穹の色に染まる。
ふたたびの大技。
彼らを中心に、半径五十メートルほどの綺麗な円形を描いて雑草が消え、軽く地面が陥没する。
「お見事」
「あれ? なんか手応えが……」
賞賛する実剛をよそに、首をかしげる芝の姫。
しゅー、と、空気が漏れるような音が、何処からか聞こえてくる。
「敵意は感じませんが、皆さん警戒してください」
御劔、紀舟陸曹長、仁の三人が、子供チームを守るように展開する。
佐緒里が槍を構え、光則が砂剣を形成した。
「どこだ……?」
勇者の視線がさまよう。
「下でござる!」
仁の警告。
同時だった。
地面を割り、勢いよく何かが飛び出す。
それは傍若無人なおこないを繰り返す澪の血族に対する、大自然の怒りにも似て。
「なわけないでしょうがっ 温泉よっ」
ずぶ濡れになりながら美鶴が逃げまどう。
「やべっ 弁当を濡らすわけにはっ」
「羽原くん!? いま僕を盾にしたね!?」
「ゆるせ実剛兄ちゃんっ これだけはどうしても守らないとっ」
大昔、土曜日の夜八時からやっていた番組の前半終了みたいな大騒ぎだ。
絵梨佳の大技の影響で、なんと温泉が噴き出したようである。




