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盤上の遊戯 6


 一夜明けて、翌日のことである。

 澪町役場内にある数多い相談室のうち、ふたつが尋問に使われることとなった。

 佐藤と後藤の。

 一緒に話を訊かないのは、口裏を合わせられるのを防ぐためである。

「まあ、らくにしてくれ」

 無個性な事務テーブル。対面(といめん)に座した暁貴が口を開く。

「魔王陛下ご自身が尋問というのは、いかがなものかと」

 呆れたような表情の佐藤。

「お前さんはハニートラップの名手だそうだから、女性陣が尋問してローラクとかされたら、洒落にならんし」

「すでにスパイだと判っているものの甘言に乗る人間は、そうそう存在しないでしょう」

「もっともだけどな。それでもイケメンには心を許しちゃうーってのが女ってもんだろうよ」

「その発言で多くの女性を敵に回しましたよ。王よ」

「気にすんな。モテねーおっさんのタワゴトだよ」

「そうですか……」

 微妙な顔をする佐藤。

 同意も否定もしづらい。むしろ、何故こんな話をしているのかも判らない。

 普通、捉えた捕虜に対しておこなわれるのは、もっと苛烈な尋問だろう。

 それこそ拷問まがいの。

「だってなあ。男を拷問したって誰も喜ばねぇし」

「女性を拷問したら誰か喜ぶんですかね?」

「俺にそういうリョナ系の趣味はねぇよ?」

「まったくそんな情報はいりません。おそらく誰にとっても」

「いやぁ」

「褒めてないですからね?」

「とにかく。俺の性的嗜好なんざどうでもいいんだよ」

「ええ。まったくその通りかと」

「少しは興味もてよっ」

「なんでですかっ」

「寂しいだろっ」

「そろそろ本題に入りませんかねぇ……」

 なんだこの会話。

 これが魔王と捕虜のスパイのやりとりか。

 頭がおかしいとしか思えない。

「しかたねえな」

「仕方なく入られるんじゃ、本題さんも浮かばれませんよ」

「お前さん。なんで琴美に近づいた?」

 突然斬り込んでくる。

 途中経過をすっ飛ばして、いきなりそこを突くか。

「任務だから、としか応えようがありませんが」

「なんで死のうとした? それも任務か?」

「…………」

 こたえられない佐藤。

 昨夜、将太くんに語ったとおりだ。

 琴美の心に残りたかった。消えない(きずあと)として。

 ある種、倒錯した心理だ。

 スパイに顔はない。記憶にも残らない。ただ孤独に生き、孤独に死んでゆく。

 当たり前のことだった。

 だが、嫌だと思ってしまった。

 消えたくなかった。

 死にたくない、ではなく、忘れられたくなかった。

「私は、アンジーに殺されたかった」

「なんつーか、かなり歪んでるなぁ。お前さん」

 ぽりぽりと暁貴が頭を掻く。

「自覚はしていますよ」




「どうだ? そよかぜ」

 鉄心が訊ねた。

 隣室である。

 控えているのは鬼の頭領と、澪いちのメンタルセラピスト。

「相当に訓練を積んでるみたいねぇ。読みとれるのは表層部分だけよぉ」

 くねくねとしなを作りながらそよかぜ姐さんが応える。

「あと、けっこうアタシ好みねぇん」

「うむ。そこはわりとどうでも良い」

 読心(マインドリーディング)能力をもつオカマ。それがそよかぜ姐さんである。

 ストライクゾーンは、暁貴を若くしたようなタイプらしい。

「どうでも良いかしらぁ? 本当にぃ?」

 笑うオカマ。

 怖い。

 腕を組んで姐さんの発言を咀嚼(そしゃく)する鉄心。

 佐藤というスパイは、べつにそよかぜ姐さんの好みに合わせた人生を送っているわけではない。

 だが、

「そういうことか……」

 鬼が呻きオカマが笑う。

 彼女?以外にも、若き日の暁貴に焦がれた女性は存在する。

 たとえば蒼銀の魔女。

 そして、暁貴を実の父のように慕っていた琴美。

「あの姿も小細工か」

「整形とかじゃ無理がでるからぁ。雰囲気を似せるように訓練されたってとこかしらぁ?」

「徹底してるな。どこの機関か判るか?」

「ぜーんぜんよぉ。そのあたりは深層心理にでも潜らないと出てこないんじゃないかしらぁん」

「厄介だな。では、いま考えていることは?」

「大混乱ねぇん。こいつはいったい何なんだって感じぃ」

「まあ……そうだろうな」

 鉄心がため息を吐いた。

 似たような会話を、前にもしたような気がする。

 いつだったろう。ヴァチカンの使者が訪れたときか、それとも高天原(たかまがはら)の先兵だったか。

 どちらにしても、うちの魔王と会った人間はたいてい混乱するからな、と鬼の頭領は結論を出した。

 奉られた魔王という仰々しい異称と、あの残念な人柄。

 ギャップに戸惑うなという方がどうかしている。

「あとはぁ。楽しくなってきてるわねぇん」

「楽しく?」

「なんていうのかしらぁ。真剣にスパイ活動してきたことが馬鹿馬鹿しくなってぇ、反作用で笑えちゃう的なぁん」

「めんどくさいやつだな。それはそれで」

「めんどくさい子だから、琴美ガールに惹かれたんでしょぉ」

「それはあるかもな」

 鬼が肩をすくめてみせた。

 安寺母娘というのは、とにかく面倒くさい男に好かれるのだ。

 特性なのか、背負った業なのか。

 難儀な生き様である。

「そおねぇん。むかしむかし、高校生だった沙樹さまに告ってフラれためんどくさい鬼もいるしぃ」

 悪戯っぽく笑う姐さん。

 ぴたりと鉄心の動きが止まった。

「いま地雷を踏んだぞっ そよかぜっ」

 真っ赤っかになった鬼が襲いかかる。

「いやーんー こわーいぃぃん」

 くねくねしながら逃げてゆく。

 愉快なおいかけっこである。

 たぶん。




「なにやら隣が騒がしいようですが」

「鬼とオカマが遊んでんだろ。気にすんな」

「むちゃくちゃ気になりますよ!?」

 思わず声を高める佐藤だった。

 なんだこの状況。

 隣室から監視されていることくらいは予想の内側だが、どうしてそこに鬼とオカマがでてくるのか。

 いや、鬼は良い。

 澪は鬼の棲む街である。魔王の盟友だって鬼だ。

「気にしたら負けだって」

「僕は何と戦ってるんですか……」

 一人称代名詞が私から僕になってしまった。

「現実と? その幻想を打ち砕く的な?」

「アンタはもう少し自分の発言に責任を持った方が良いです。とりあえず、思いついたことをすぐ口にするのはやめませんかね……」

 あんた呼ばわりである。

 魔王を。

 べつに暁貴は怒らなかった。

 なにしろ言われ慣れているので。

「いやいや。まじで気にならなくなるから。ようは慣れだよ。慣れ」

「慣れてどうするんですか……」

「慣れないとあかんやろ? これから澪に住むんなら」

「え?」

 きょとーんとする佐藤。

 何を言われたのか理解できないって顔だ。

「え?」

 やはりきょとーんとする暁貴。

 こっちは、なんで佐藤がそんな顔をしたのか判らないって顔である。

 間抜けすぎる構図。

「いやいやいやっ 待ってくださいよっ 僕澪に住むんですかっ!?」

「住まないつもりだったの!?」

 びっくりである。

 スパイと魔王の間には、衛星軌道にも届こうかという心理的なズレがあるらしい。

「だってお前さん。琴美に惚れちゃったから澪に付くんだよね?」

「そうなの!?」

「違うの!?」

「ちょっと待って。ちょっと待ってください魔王サマ。僕の置かれてる状況を整理して良いですか?」

 両手を広げて前に出し、必死に制動をかける。

 なんだろう。

 理解できない領域で話が進行しているような気がする。

 琴美を誘惑し、自らの陣営に引き込もうという計画。

 事が破れた。

 本来であれば、その時点で自ら命を絶つべきであったろう。

 しかしそれはできなかった。

 そのまま消えては、琴美の記憶からもすぐにいなくなってしまう。

 それだけは我慢できなかった。

 だから琴美に殺されようとした。

 目論見は崩れ、降伏することとなった。

 当然、背後関係などについて尋問される。吐かなければ拷問だ。

 いまここ。

「ですよね?」

 自信なさげに魔王に問うスパイ。

 かなりだめっぽい感じだ。

「だからさ。琴美を惚れさせるんじゃなくて、お前さんが琴美に惚れちゃったんだろ? だから組織も何もかも捨てて、惚れた女の元に走った。ひゅーひゅー格好いいねぇー」

 からかうように辺境の魔王が笑った。

 国家の存亡を賭けた諜報戦。そのために自分は送り込まれたはず。

 惚れた腫れたの話ではなかったと思うのだが。

 あれ?

 あれれ?

 しきりに首をかしげる佐藤だった。



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