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盤上の遊戯 2


 八雲にある航空自衛隊分屯基地。

 そこに間借りしている対澪特殊部隊。

 人員的には二百名ほどだが、こと陸戦に関しては日本で最も強力な部隊だろう。七十名におよぶ量産型能力者を内包しているのだから。

 常人に数倍する戦闘能力、疲れ知らずの身体、念動力(サイコキネシス)、突撃銃の弾丸ごときではよほど急所に当たらない限り致命傷を負わない強靱な肉体。

 まともに戦えば、量産型能力者たちだけで首都制圧くらいできるだろう。

 だからこそ、首相の新山も指揮官の三浦(みうら)陸将補(りくしょうほ)もこのチカラの扱いに腐心(ふしん)するのだ。

「諜報員が入り込んでいる」

 デスクに背を向け、窓の外を眺めながら三浦がいった。

 視線の先は遠く、視認できないモンスターの王国。

「は」

 陸将補の背に視線を注ぐ男が短く応える。

 情報統制に無関心な澪だ。

 いくらでも情報が入ってくる。

 かつて魔王が一人旅なんぞに出かけたときも、対澪特殊部隊はいち早く情報をキャッチして、ずっと尾行していた。

 監視しやすいという一点で考えれば、澪ほど楽な敵はいない。

 ただし、対澪特殊部隊は有利な立場にはあるが、特権的な情報網をもっているわけではない。

 彼らの掴んでいる情報は、当然のように他の諜報機関だって掴んでいるのだ。

「貴官は澪に赴き、諜報員どもの活動を阻害するんだ」

 三浦が振り返る。

 瞳に映るのは困惑顔。

「どうしで自分に命じられるのか判らない、という顔だな」

僭越(せんえつ)ながら。小官は能力者ではありませんし」

「だからこそだよ。二尉」

 対澪特殊部隊の能力者は七十名。全員の顔も名前も知られていると考えるべきだろう。

 もちろん澪に、ではない。

 逆にいえば、普通の人間のデータは、仮に持っていたとしても軽視される。

 当たり前だ。

 最新型の超音速戦闘機と戦うとき、だれが複葉機の存在など気にかけるものか。

「スパイどもも能力者じゃないだろう。これも当然だがな」

 自衛隊の能力者が澪に入れば、すぐに情報は伝わるだろう。

 その結果、勝算なしとみて撤退してくれれば良いが、まず間違いなくそんな話にはならない。

 短兵急な行動に走られたら、目も当てられない事態となる。

「民間施設の破壊とか、民間人の殺害とかな」

「まさか……」

「まさかと思うことこそまさかだよ。二尉。スパイってやつはべつに殺人鬼じゃないだろうが、人道主義者ではそれ以上にないだろう」

 必要とあれば殺人もためらわない。

 それだけ重い任務だ。

 少なくとも本人たちは、そう考えているだろう。

「つまり小官は、民間人に矛先が向かないよう、囮になるわけですな」

 男が笑い、三浦が重々しく頷いた。

 諜報員たちの耳目をひきつける()()。それが任務だ。

 目障りな自衛官を始末するためにスパイが動けば、澪の能力者たちの目に留まる。

 こちらから何か仕掛ける必要はない。

 存在そのものが牽制となるのだ。

「危険な任務だ。命の保証もないし、援護もできない。ゆえに貴官には、この命令を拒否する権利を与えよう」

 相手取るのは諜報員。

 情報収集と操作、破壊工作のプロフェッショナルたちである。

 量産型能力者ならともかく、普通の自衛官には荷が重いだろう。

 防衛大学卒のエリートだとしても、だ。

 しかし、この任務に能力者は投入できない。

「拝命します」

「おいおい……せめてもう少し悩んだらどうだ?」

「死んだら、あの世とやらで戦友たちに会えるでしょう。誇ってやりますよ。ただの人間でもここまでできたってね」

 対澪部隊の戦死者たちのことだ。

 幾度も激戦をくぐり抜けてきた彼らである。犠牲がゼロということはありえない。

「阿呆。死ぬことを前提に考えるヤツがあるか」

「判ってます。そう簡単に死ぬつもりはありませんのでご安心を」

「本当に大丈夫なんだろうな……ともかく、澪には紀舟(きふね)陸曹長もいる。いざとなったらそこに逃げ込めよ」

 言ってから、陳腐(ちんぷ)なアドバイスだと自嘲する三浦陸将補。

 澪に駐留する能力者との合流など、スパイどもにとっては絶対に阻止しなくてはならない事態だ。

 そんことになったら、目の色を変えて殺しにかかるだろう。

「肝に銘じます」

 だが男は突っ込まず、敬礼した。

「頼んだぞ。田中二尉」

 三浦もまた返礼する。




「いや。ホントに悪かったって。けっして迷子の小学生と思ったわけじゃないんだよ」

「……あきらかにそう思ってましたよね」

 事情を聞き、案内を買って出てくれた親切なお兄さんにジト目を向ける将太くん。

 恩知らずなことである。

「ほら。歳より若く見えるのは良いことだよ。うん」

「妙齢の女性ならそうでしょうけど……」

 小学生だと思われて喜ぶ男子高校生が、はたして存在するかどうか。

 大学の構内を並んで歩く二人。

 親子には見えない。念のため。

「見たことはないんだけどさ。うちの学科の二年生なんだよな」

「ええ。ちなみに同じ学年なのに見たことがないってのは、良くある話なんですか?」

「むしろ普通だね。同じサークルにでも入ってない限り、そうそう顔も会わせないよ」

 高校までと違って学級というものが存在しないため、学生同士の繋がりは薄いのだという。

 社交的で友人も多い、という希有な人を除けば。

 このお兄さんも、佐藤氏も、どうやら多数例の方らしい。

「楽なんだか寂しいんだか判りませんね」

「いやあ、ぼっちは気楽だよー?」

「未来ある若者が、そういう台詞を吐かないでくださいよ……」

 うちの魔王さまでもあるまいし。

 もっとも、そんなことをほざいていた魔王も、いまは恋女房や甥と姪と賑やかに暮らしている。

 気楽な独身時代とどちらが幸福なのか、一度うかがってみたいものだ。

 益体もないことを考える将太くんだった。

「でも、面識もないのにどうやって捜すんですか?」

 自分の考えに苦笑しながら訊ねる。

「教室に行って普通に呼び出すよ。君のメモの通りなら、出席してるはずだからね」

 講義はいくつもの教室でおこなわれているが、ほたるちゃんが佐藤氏の取っている授業を下調べしておいてくれた。

 まずはその情報をアテにする。

 もし自主休講などしていた場合には、あらためて作戦を練り直す必要があるだろう。

 結論からいえば、将太くんの心配は杞憂(きゆう)に終わった。

 目的の教室に到着したお兄さんが、顔見知りの学生と二、三言葉を交わす。

 指さされた先、階段式教室の中ほどの窓際に座る佐藤の姿があった。

 目立ちもせず、かといって埋没してもいない。

 ごく普通の顔立ち。

「どうやら目的の人物みたいだね」

 将太くんの視線を確認し、お兄さんが笑う。

「ありがとうございました」

「これで、子供扱いしたことは許してもらえるかな?」

「おつりがきます。何かお礼をしたいのですが」

「子供がナマイキいうんじゃありません。年長者には素直に甘えるもんだよ」

 笑顔のまま少年の頭を一撫でし、去ってゆくお兄さん。

 結局、最後まで子供扱いだった。

 苦笑しつつ見送った将太くんが、表情を改める。

 ここからが本番である。

 意を決して教室に足を踏み入れた。

 時計を確認。

 講義の開始まであと十二分。

 たった十二分で、佐藤氏の為人(ひととなり)を確かめるのは容易ではない。

 できれば、授業終了後に会う約束を取り付けたいところである。

 ゆっくりと近づいてゆく。

「あの。お隣よろしいですか?」

 携帯端末をいじっていた学生が顔を上げ、少年を見た。

 少しだけ巫の次期当主に似た穏やかな笑顔。

「他にも席はいっぱいあると思うけど、僕に何か用かな?」

「ええ。少しだけお時間をいただけたら幸いです」

「いいよ。場所を変えようか」

 机に並べていたノートやテキストを片づける佐藤。

 将太くんが面食らった。

「あ、いえ。講義の後でも……」

「大事な話なんだろ? たぶん僕の授業なんかよりずっと」

 片目をつむってみせる。

 さぼる口実を見つけたよ、と、付け加えながら。



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